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2月15日(15)

 そのとき、父さんの言葉を何者かが遮った。


「「「「っっ⁈」」」」


 俺たちはとっさに声のした方向へと振り向く。

 俺たちがゼックスを倒した廃ビルの入り口にそいつはいた。

 紫紺の着物に身を包んだ老婆。

 その身長は百五十もない。しかし、その佇まいからはとてつもない威圧感と不気味さを醸し出していた。


「ほっ、ほっ、驚かせてすまなかったねえ。私は第四真祖かぐら。まあ、お前さんたちが倒したゼックスの同族さ」

 老婆の言葉を聞いた途端、緊張が高まる。自然と片足が後ろに下がった。

「お前さんたち、ゼックスを倒すなんてやるじゃないか。わたしも遠くから拝見させてもらったが、なかなかに楽しませてもらえたよ」

 老婆はケラケラと気味悪く嗤う。彼女の言うとおりであれば、自分の仲間が殺されたことになるのだが、彼女はそんなことを全く気にしていない様子だった。むしろ、いい余興を見せてくれたことに感謝しているように思える。

 そんな老婆の不気味さに、俺たちはまるで身動きが取れなかった。

 俺たちがその場で立ち尽くしていると、老婆がさらににんまりと笑みを浮かべる。その笑みを見て、俺は嫌な予感がした。


「で、楽しませてくれたから、何かお礼をしようと思っていたんだけど――――【色欲(ルクスリア)】」


 その途端、七海の前方の地面から植物の蔓が勢いよく飛び出してきた。

 その直径は太く、先端も尖っている。貫かれればひとたまりもない。


「――――可愛い妹の死。それがわたしからのお礼さ」


 老婆は気色悪い笑みを浮かべながらそう呟いた。

「ッッ⁈」

 植物の蔓はまっすぐ七海へと向かっていく。もう魔導を使っても間に合わない。

 とっさに体が動いた。

 七海の前に身を躍らせる。

 直後、腹部に猛烈な激痛が走った。


「「ぐっ」」


 下を見ると、極太の蔓が腹部から生えていた。

 赤々とした血液が蔓を伝って、ぼたぼたと地面に落ちていく。

 しかし、それ以上に驚いたことがあった。前にもう一人の人影があった。

 そして、その人物は……、


「な、なんでだよ……」


 夜風にたなびく栗色の髪を認めて、言葉が零れる。

 芽衣が顔をこちらに向けた。

 たぶん、俺もなんだろう。その顔からは完全に血の気が失せていた。

「あはは……、気が付いたら体が動いてた」

「な、なんだよそれ……」

 相変わらず正義感の強いやつだ。でも、今回はその正義感を発揮してほしくなかった。


 自らの身を貫いていた蔓が地面の中に戻る。

 直後、支えを失った俺たちは地面に倒れ伏した。

「ほぉ、自らが犠牲になったか。まあよい。それじゃ、これにてわたしは失礼するね」

 老婆の気配がなくなった。どうやらこの場は退いてくれたらしい。

 蔓が引っこ抜かれたことで栓がなくなり、ぶち抜かれた穴から大量の血液が流れ出していく。土色の地面が真っ赤に染まっていく。


「……」


 体を反転させ、仰向けになる。しかし、星々の光はその瞳に入ってこない。

 すでに目は見えなくなっていた。次第に意識もだんだん遠のいていく。


 そこで悟る。

 もう、長くはないと。


 七海と父さんが何か言っているような気がするが、なんと言っているのか全然わからない。

 ああ、せっかく父さんと仲直りができそうだったのにな……

 七海とももっといっぱい遊んであげればよかったな……


 俺は力を振り絞って左手を動かす。

 少しして左手が何かに包まれた。

 感覚なんてもうほとんど失っているはずなのに、それはとても温かく感じる。


 ああ、――――これは芽衣の手だ。


 直感的に分かった。

 俺もその手をぎゅっと握りしめる。

 彼女の存在を近くに感じられた。


「な、なあ、芽衣……」


 この声は彼女に聞こえているだろうか。

 でも、どうしても最期に彼女に伝えたかった。


「……大好きだ」


 どうにか言葉にする。


「ばか……」


 聞きたかった彼女の声が聞こえた。

 もう耳なんてとっくに聞こえなくなっているはずなのに、彼女の声だけはとても近くに感じられた。


「でも……、その言葉が一番うれしい……」


 はにかむ彼女の姿が目に浮かぶ。


 さらに意識が遠のく。

 もう彼女の存在以外、何も感じられなくなっていた。


「なあ……、これからも……、ずっと……、そばにいてくれよ……」


 言葉を発することができているのかも定かではない。でも、彼女にこの気持ちが伝わるようにと、精一杯、唇を動かした。

 さらに芽衣の手を強く握りしめる。それに呼応するように彼女の握る力も強くなった。


「当たり前じゃん……、わたしのこと……、離さないんでしょ……」


 これからも彼女と一緒にいられる。そう思うと、気持ちが穏やかになった。

 今の自分は笑っているだろうか。たぶん、安らかに微笑んでいるだろう。

 彼女はどうだろう。いや、彼女のことだ。どうせ笑っているに決まっている。


 ああ、――――――彼女のことを愛して、本当に良かった。


 そこで俺の意識は完全に途絶えた。


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