2月15日(14)
「あっ、出口が見えたよっ」
前を歩いていた七海が声を上げる。
ビルの外に出ると、そこには父さんがいた。
休憩をとったことで少しは体力が回復したのだろうか。まだ万全には程遠いが、その顔には血の気が戻り、きちんと自分の足で立っていた。
「あっ、お父さんっ」
トタトタと七海は父さんのもとへ走り出す。そのまま七海は父さんに抱きついた。
「おっと」
父さんはよろけながらも、しかっと七海を抱きとめる。そして、優しい父親の笑みを浮かべながら、七海の頭を撫で始めた。
「良かった……、生きていてくれて……」
その目にはわずかだが涙が浮かんでいる。それほどまでに七海が心配だったんだな、と改めて感じた。
七海がふっと頭を上げる。
「あのね、あのね、お兄ちゃんと、あとそこのお姉ちゃんが七海を助けてくれたのっ。お兄ちゃん、魔導を使って、あの怪異をやっつけたんだよっ」
七海が興奮気味にまくしたてる。
そのとき、父さんの顔に驚愕の色が浮かんだ。
ゆっくりと、父さんがこちらに顔を向ける。
「彰……、お前、魔導を使ったのか……?」
「ああ……、あっ、いや、はい」
あのときと同じようについ敬語が抜けそうになるが、はっと我に返り、言葉を正す。
しかし、父さんは首を振った。
「いや、別に直さなくていい」
「えっ」
「まずは七海を助けてくれてありがとう。感謝する」
父さんが頭を下げる。
父さんが頭を下げるのなんて初めて見た。というか、自分に感謝の言葉を口にするのだって初めてだ。
「えっ、いやっ、ちょっ、父さんっ」
初めて見る父さんの姿に戸惑いを隠せない。
そんなあたふたする俺を見て、芽衣がくすくすっと笑った。
「もう、彰ってば何してんの? 彰のお父さんなんでしょ?」
とはいってもここ数年はほぼ他人みたいに扱われていたんだから、急に頭を下げられれば取り乱すのも仕方がないと思う。
そこで父さんは芽衣の存在に気がついたようだ。
「あっ、あなたが……」
父さんは芽衣に向き直る。
「はい、彰くんとお付き合いさせていただいている紅芽衣です。初めまして、お義父さま」
そう言って芽衣は深々とお辞儀をする。さすがは良家のお嬢様というべきか、そのしぐさはとても優雅で気品があった。
うっ、自分の彼女が親と対面するのってこんなに恥ずかしいのか……。しかも、お義父さまって……
思わず顔が熱くなる。
そんな俺にかまわず、父さんも深々と頭を下げた。
「まずは七海を助けてくれて、本当にありがとうございます。そして、私の息子が大変お世話になっております」
少しの間そのままにして、やがて、ゆっくりと頭を上げる。
「それから、さらにこちらからお願いをするようで厚かましいかもしれませんが、これからも彰のことをよろしくお願いします」
そう言われた途端、芽衣がいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「はい、よろしくお願いされましたっ」
ぐっ、すごく照れ臭い……
そんなむず痒い気持ちを紛らわせるように右手で頬をかく。
そのとき、
「それと、彰」
父さんが俺の名前を呼んだ。父さんが俺の名前を呼んだのは実に七年ぶりだった。
「は、はい……」
無意識に背筋が伸びる。
父さんはじっと俺の目を見据えた後、ゆっくりと目を閉じた。
「すまなかったな……」
「えっ……」
突然の謝罪に頭の中が混乱する。
「彰は小さいときから優秀な魔導師だったから、将来、こいつはすごい魔導師になるって期待していたんだ。だから、魔導師をやめるって聞いてときは、すごく残念に思った。そして、その失望は怒りに変わっていった。いまさらながら、身勝手だな。勝手に期待して、勝手に失望して。そして、彰にも事情があったはずなのに、頭に血が上るあまり聞こうともしなかった」
「……」
父さんの言葉が胸に響く。
たしかに、あの日から父さんは変わった。
俺に冷たくて、俺を無視して、まるで他人のように扱った。
それどころか、母さんや七海にまでその待遇を強要した。
俺はいつもあの空間にいるのが辛くてしょうがなかった。
でも不思議だ。
こうして父さんの素直な気持ちを聞いていると、自然と今まであった心の靄がすうっと晴れていく。
父さんのことが嫌で嫌でしょうがなかった、と思っていたはずなのに、そんな憎しみに似た感情が消え失せていく。
なるほど、これがいわゆる親子の絆なのだろうか。
父さんがゆっくりと目を開ける。
その瞳にしっかりと俺の姿を映す。
「ゆっくりでいい。もう一度私たちと――――」
「――――いやぁ、家族の絆というものは、いつ見ても美しいものだねぇ」
そのとき、父さんの言葉を何者かが遮った。




