2月15日(9)
炎蛇に漆黒の軌跡が刻み込まれ、蒼炎の蛇は虚空に霧散していく。
ゼックスは先ほど、芽衣の魔導を【虚無】で無効化した。それならば、俺にも同じことができるはずだった。
どうやらその思惑は当たったらしい。
炎蛇が完全に消滅すると、ゼックスは感心したように口笛をピュっと吹いた。
「なるほど、紅家のお嬢さん以外は雑魚だけだと思っていたけど、どうやらそっちのきみも意外と戦えるようだね。でも……、やはり格の違いっていうのがあるようだ」
彼は少し残念そうに俺を見つめてきた。
「はあっ……、はあっ……」
肩で息をする。
一撃を防いだだけで、どっと疲れを感じた。
それに体中が熱い。
彼は事も無げに芽衣の魔導を無効化させたが、俺の場合は体の至るところに火傷を負った。俺の魔導では彼の【蒼炎】を完全に防ぐことができなかった。
そのとき、呆然としていた芽衣が我に返った。
「彰っ、大丈夫⁈」
彼女が駆け寄ってくる。
「あ、ああ、大丈夫だ。心配するな……」
彼女は泣きそうな顔をしていた。自分が呆けていたばかりに恋人が傷ついたのを悔やんでいるのだろう。
「それよりも今はあいつを倒さないと……」
全然余裕の表情を崩さないゼックスを睨みつける。
「う、うん、そうだね」
そう頷くと、芽衣も彼と対峙した。
「うんうん、そうこなくっちゃ。――――【虚無】」
大鎌に漆黒の粒子が纏わりつく。
月が雲に隠れたのか、外から差し込んでいた月明かりがなくなった。
それを合図とするかのように、ゼックスと俺が動き出す。
離れていた距離が一瞬のうちに縮まる。
ゼックスが大鎌を振り下ろした。その攻撃速度は屍鬼と同等、いやそれ以上か。常人からすれば大鎌が突然消えたようにしか見えない。
「っっ⁈」
彼が大鎌を振り下ろす直前、俺は重心を右にずらし、大鎌の軌道から外れようとする。もちろん、それだけでは彼の攻撃速度の方が速いため回避することはできない。
しかし――――、
「へえ」
大鎌を振り下ろした瞬間、ゼックスが感心したような声を上げる。
俺は重心を逸らすと同時に、小太刀を下方から大鎌に向かって打ち合わせた。
防御不可能である【虚無】だが、【虚無】同士なら互いに反発すると俺は予想した。その思惑はうまくいったようだ。大鎌と小太刀が衝突した瞬間、両手にはその衝撃が伝わった。
反動で大鎌の軌道が絶妙に変わり、おかげで、俺は死神の鎌に掴まることはなかった。
彼の攻撃を上手くいなした俺は、一歩踏み込み、小太刀の勢いそのままに横から薙ぐ。
大鎌はリーチが長いため中距離戦には利があるが、この短い間合いであれば小回りのきく小太刀に分がある。
しかし敵もさるもの。即座に後方へステップを踏み、小太刀の刃先をすれすれで避ける。さらにつま先を振り上げて、こちらのあご先を狙ってきた。
「ちっ」
上半身を大きく逸らし、足刀を回避する。
ゼックスは蹴りの勢いをそのままに体を一回転させ態勢を立て直した。さらに、これによりまた大鎌の間合いに戻ってしまう。
仕切り直しか……、いや。
「《――――、灰も残らぬよう喰らい尽くせ》」
詠唱を完成させた芽衣の声が気高く鳴り響く。
ゼックスの右方向から蒼炎の蛇が襲い掛かる。
「彰っ」
「分かっているっ」
俺は地面を強く蹴り、巻き添えをくらわないよう後方に大きく跳んだ。
炎蛇がゼックスを呑み込まんとする。
彼に炎蛇を回避する余裕などない。したがって、彼は大鎌で炎蛇を迎え撃った。
炎蛇に漆黒の軌跡が刻み込まれる。
先刻と同じだ。
炎蛇は【虚無】によってその姿を消失させていく。
しかし、先刻と全く同じというわけではない。
彼が炎蛇を迎え撃とうと初動に入った瞬間、俺は小太刀の間合いに彼を捉えるべく動作を開始していた。
炎蛇が完全に消滅する。
同時に俺がゼックスの懐に飛び込む。
「なにっ」
初めてゼックスの表情から余裕の色が消えた。
俺は力いっぱい小太刀を振り抜く。
直後、ゼックスの左腕が宙を舞った。




