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2月15日(5)

***


 ビルに入った途端、より強烈な死の香りが全身に纏わりついてきた。

 壁面の塗装はいたるところで剥がれ落ち、床には昔の細かな商品が四方八方に散乱している。

 当然にビル内に電気は通っておらず、すでに日も落ちてしまった。頼りになるのは、窓から差し込むほのかな月明かりだけ。

 俺たちは全速力で二階に通じる階段へと向かい、勢いよく駆け上っていく。

 そして、二階に到達するや否や、フロアに通じる出入り口から飛び出した。


「七海っっ」


 自分の叫び声がビル全体に響き渡る。

 目線の先には一人の青年と一人の少女がいた。

 青年は背筋を伸ばして佇む一方、少女は片膝を地面につき満身創痍の状態だ。

 青年は俺たちの方へと振り向く。

「おや、おチビちゃんの知り合いかい?」

 その目は血のように赤く、肌は雪のように白い。そして、なによりも特徴的だったのは口元から覗かせる鋭い二本の牙だった。

 その姿はまるでそう、欧州の昔話に出てくるような……


吸血鬼(ヴァンパイア)……」


 芽衣の口からその言葉が零れ落ちる。


 吸血鬼――。

 父さんから聞いたことがある。不老不死で怪異の中でも最上位の存在。

 実際に目にするのは初めてだが、なるほど、最上位というだけあって、今まで出会った怪異とは比べものにならないほどの威圧感だ。


 耳がいいのだろう。吸血鬼と呼ばれた青年はニタっと気味の悪い笑みを浮かべる。

「へー、僕のことを知ってくれているなんて光栄だよ。おそらく君たちも魔導師ってところかな?」

「ええ、そうよっ」

 芽衣が一歩進み、強く吸血鬼を睨みつける。

 俺もいつでも戦闘入ることができるよう、小太刀を構え臨戦態勢に入った。

 吸血鬼は俺たち二人をじっと見つめ、やがて、ふっと息をついた。

「なるほど、そういうことか……」

 何か一人で納得している様子。ただ、一体何に納得しているのかはよく分からない。

「いいよ、早くそのおチビちゃんのもとに行きなよ。僕はその間、君たちに攻撃しない」

「「は?」」

 俺と芽衣の声がハモった。

 吸血鬼が一体何を考えているのか分からなかった。当然、罠の可能性を考慮して、俺たちはその場に佇む。

 そんな俺たちの様子を見て、吸血鬼は笑い出した。

「アハハ、そんなに疑わなくても。早くしないと僕の気が変わっちゃうかもよ?」

 吸血鬼は本当に俺たちを襲う気がないのか、一歩引き下がる。

 相変わらず何を考えているか分からない。

 でも、あいつは俺たちを攻撃してこない、その言葉は本当であると感じた。


 俺と芽衣は互いに顔を見合わせると、七海のもとに駆け寄る。

「七海っ」

「七海ちゃんっ」

「お、お兄ちゃん……?」

 俺たちが来たことで安心したのだろう。ふっと七海の力が抜ける。

 俺は七海が地面に倒れ込む直前で、七海の体を支えた。

「ご、ごめんね……。わたし、お兄ちゃんに魔導を使わせたくなかったのに……」

 七海は俺が魔導を嫌っていることを知っている。だから七海は俺が魔導を使わなくていいように今まで魔導師として頑張ってきてくれたのだろう。

 俺は七海に優しく微笑みかける。

「七海は気にしなくていい……。俺の方こそごめんな。こんなに七海を頑張らせて」

 七海は力のない笑みを浮かべた。

「あはは、わたしは大丈夫だよ。助けに来てくれてありがとう……」

 七海の手をぎゅっと握る。本当に頑張ったな、と褒めてあげるつもりで。

「俺たちが来たからにはもう大丈夫だ。七海は少しの間、ゆっくり休んで」

「う、うん……」

 頷いた直後、七海の瞼が下がる。息はしているから、気を失っただけらしい。


 七海が生きていてくれて本当に良かった。

 心の底から安堵しながら、七海を抱え、すみっこに避難させる。


 七海を地面に横たわらせると、芽衣の隣に並んで、吸血鬼を睨みつけた。


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