2月15日(1)
今朝も芽衣と一緒に登校して、教室に入った。
芽衣は既に教室に来ていたいたクラスの女子と談笑をしに行く。
彼女と付き合うようになっても四六時中、一緒にいるってことはない。
朝のこの時間、芽衣は俺のもとを去って、クラスの女子と話している。
自分の交友関係を大事にしている、ってだけではなく、俺の交友関係にも配慮しているのだろう。
彼女は俺が琢磨とこの時間に話すのを楽しみにしていると勘づいている。
「ほんと、どこまで気配り上手なんだよ……」
視界の端に彼女の姿を映しながら、小さく独り言ちる。
「さて、今日は琢磨と何を話そうかな……」
しかし、この後、琢磨の欠席が担任から告げられた。
***
放課後、一度制服から着替えるため芽衣とは別れた。
芽衣と別れ少しして自分の家にたどり着く。
「……ただいま帰りました」
玄関の扉を開けて挨拶をする。どうせ返事は帰ってこないとわかってはいるが、惰性でこの習慣は続けていた。
「……ってあれ?」
扉を開けてすぐ、玄関には黒衣に身を包んだ父さんが立っていた。
黒衣――、それは父さんが怪異の討伐に向かうときの装束だ。
小さいときからこの姿の父さんを見ていたので、今さらどうってことない。ただ、まだ日が出ているような時間帯で父さんがこの装束を身に着けているのは初めて目にした。
「……どうしたんですか?」
思わず父さんに問いかける。どうせ、お前には関係ないって一蹴されるんだろうな、とか思いながら。
しかし、今回は違った。
父さんは徐に口を開く。
「……七海が帰宅途中に怪異の気配を感じた。二、三年前に所有者が倒産した廃ビルだ」
「えっ?」
俺は父さんが返事をしてくれたことと怪異の気配がしたこととの二重の意味で驚いた。
怪異は通常、日没後にこの世に生まれ落ちる。日の光に弱く、夜行性の種が多いためだ。
しかし、冬とはいえまだ太陽は空に浮かんでいる。こんな時間に怪異が姿を現しているとはかなりのレアケースだ。
「七海が今、装束に着替えている。七海の準備ができたら、本当に怪異なのか確かめに行くつもりだ」
なるほど、だから父さんは黒衣に着替えているのか。
一人納得していると、階段からトタトタと七海が降りてきた。
七海も怪異討伐用の黒衣に身を包んでいる。
七海は俺の姿を認めると、パッと顔を輝かせた。
「あっ、お兄ちゃん、お帰りなさいっ」
その天使のような笑顔は何回見ても心が癒される。
俺も自然と表情が緩んだ。
「ああ、ただいま」
七海はそのまま玄関までやってきて足袋の準備をする。
「ねえねえ、お兄ちゃん、今日わたしたちこれから……」
俺と会えたのが嬉しかったのか、準備をしながら七海は俺に話しかけようとするが、
「七海、早く準備をしなさい」
父さんの厳格な声で窘められた。
「は、はい……、ごめんなさい」
これはいつものことなんだな、と苦笑いを浮かべる。
前までは父さんのこうした発言が俺を陰鬱な気分にさせていたが、こう心の余裕ができたのは紛れもなく芽衣のおかげだろう。
家族との関係は前と全然変わっていない。相変わらず、家の中でもいないものとして扱われている。
でも、芽衣が俺を肯定してくれたから、俺にはここ以外に帰る場所がある。
自分の居場所がある。
だから、こうして邪険に扱われたって、いちいち凹んだりしない。
父さんはちょっとした俺の変化に気が付いたのか、
「お前、変わったな……」
近くにいる俺でも聞き取れるのがやっとの小さな声でぼそりと呟いた。
「えっ……?」
変わった、と感じたということは以前から俺のことを見ていたということだ。父さんは俺に全く興味がないと思っていた。
しかし、父さんはごほんっと咳ばらいをする。
「いや、なんでもない。ほら、行くぞ、七海」
「う、うんっ」
そうして足袋の準備をした七海とともに父さんは玄関を後にする。
俺は二人の後ろ姿が閉まる扉によって遮られるまで、呆然とその場に佇んでいた。




