2月14日(3)
しばらく歩くと、芽衣があっ、と声を上げた。
「どした?」
「ねえ、あれ」
彼女は前方を指さす。
「あれ……?」
彼女の指を指す方向を見てみると、そこにはコンビニがあった。
「コンビニ? 何か買いたいものがあるのか?」
「うん。ほら、あののぼり」
「のぼり?」
より目を凝らしてみる。
コンビニの敷地内には数本ののぼりが立てられている。そして、そののぼりには湯気の立ち込める肉まんが大きく描かれていた。
「あー、なるほど」
そこで俺も得心する。
「それじゃあ、小腹も空いたし、ちょっと買いに行くか」
「やった」
そうして俺たちはコンビニへと足を運ぶ。
自動ドアをくぐると、おなじみの電子音が俺たちを出迎えてくれた。
肉まんはレジ横にあるケースに陳列されている。そのため、俺たちは店内を見回ることはせず、真っすぐレジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
レジまで来るとさっきまで別の作業をしていた店員さんが作業を止めて対応に出てくれる。
「すみません、えっと……、肉まんを一つください」
芽衣が先に注文する。
「はい、わかりました。他には何かありますか?」
店員さんは俺の方に目配せした。
「うーん……、俺も肉まん一つください」
「はい、わかりました。それでは肉まん二つで合計三百円でございます」
「はい」
さっと百円硬貨三枚を取り出す。
「はい、ちょうどですね。それでは少々お待ちください」
店員さんは肉まん二つの準備にかかる。
直後、芽衣はくすっと笑った。
「はは、よくわかったね」
たぶん肉まんのお金のことだろう。
「そらずっと一緒にいるからな。タピオカのときもおごらされたし」
「わたしのことをよくご存じで。ありがとう」
「お待たせいたしました。肉まん二つでございます」
そのとき、肉まんを包装し終えた店員さんが戻ってきた。
「ありがとうございます」
俺は店員さんから肉まん二つを受け取る。
包装の隙間から湯気が出ており、受け取った瞬間もそれは熱く感じた。
店員さんのありがとうございました、という挨拶と来たときと同じ電子音に見送られ、コンビニを後にする。
「ほらよ」
自動ドアをくぐると、俺は先ほどの肉まんを一つ、彼女に手渡した。
「うわっ、あつっ」
「火傷しないように気をつけろよ」
「うん」
少しだけ移動して近くにあったベンチに腰掛ける。
包装を解くと先ほどよりもさらに多くの湯気が立ち込めた。
「おいしそう……。それじゃ、いただきます」
目を輝かせながら、彼女は肉まんにかぶりつく。
「ん、おいしいっ」
途端に彼女の顔が蕩けた。
おいしそうに肉まんを頬張る彼女を見て、俺も嬉しくなる。
「さて、俺も食べるか。いただきます」
そう言って、一口かぶりつく。
まふまふの生地を突き抜けると、肉のうまさが凝縮された餡に到達する。同時に、熱々の肉汁が口の中を支配した。
「うまっ」
このおいしさをきちんと表現したいがこんな言葉しか出てこない。
「やっぱり冬に食べる肉まんは格別だよね~」
芽衣は足をぶらぶらさせながら、この肉まんの味を堪能していた。
「ああ、体も温まるし、おなかも膨れる。それになにより旨い」
「分かる、分かる。わたし、肉まんに関しては一つ夢があるんだよね」
「肉まんで夢? 一体何なんだ?」
「いつかでっかい肉まんを食べてみること」
「……」
でかい肉まん。
巨大プリンとかホールケーキまるごと、とか小さい子がよく口にする類のやつだ。
俺は彼女にジト目を向けた。
「でかい肉まんって、小学生かよ」
芽衣は俺の言葉が気に入らなかったのかぷくっと頬を膨らます。
「いいじゃーん、少しぐらい子どもっぽくてもぉ。じゃあ、なに? 彰はみじんも興味ないの?」
口をとがらせて詰め寄ってくる。
「い、いや、まったく興味がないってわけでもないけど……。でも、そんなのどうせ食べきれないだろ?」
「もう、夢なさすぎっ。これが年を取るっていうことかねぇ」
彼女はため息を吐きながら両手を上げ、首を振る。
いつの間にか肉まんは食べ終わったようだ。
「良く言えば大人になった、だな」
「ぐっ、ああ言えばこう言う。ふーん、ならこれを見ても同じことが言えるかな?」
悔しそうにしていたかと思うと芽衣は、何やらスマホで検索し始めた。
何を調べているんだろうと思いながら、残っている肉まんを咀嚼する。
少ししてお目当てのサイトを見つけたらしい。
彼女は、はい、と言ってスマホの画面を見せつけてきた。
「はい、これが巨大肉まん」
彼女が見せてきたのは巨大肉まんの画像。
どうやらサイト主が自作したものらしい。
巨大肉まんは大皿の上に乗せられ、その隣には比較用にと通常サイズの肉まんが皿に乗せられて置かれていた。
巨大肉まんの直径は二十センチほど。通常サイズの肉まんと見比べてみると、その大きさはかなり際立っていた。
「うわっ、すっげ……。こんなにでかいんだ」
思わずテンションが上がってしまう。
すると、視界の端で芽衣がニターっと笑みを浮かべているのが見えた。
「子供どものようにはしゃいじゃって……。どう? これでも食べてみたくならない?」
「ぐっ……」
たしかにこれは一度食べてみたい。この写真の肉まんも絶対おいしい。
「ほらほら、どう? 大人な彰くん?」
こうも調子に乗られると負けたくないを認めたくない、という気持ちが強くなる。
でも、ここで興味なさそうなふりをしても彼女には全てお見通しだろう。だったら、素直に負けを認めた方がいいか。
「……俺の負け。食べてみたい」
「ふひひ、それじゃあ今度、一緒にわたしの家で作ろうか。これで次のデートの予定も決まったね」
そう言って、彼女は検索サイトを閉じ、スケジュールアプリを起動させる。そして、明後日の日付に「肉まんデート」とピンク色の文字を入力していた。
「えっ」
目を見開く。
目線の先では、先ほどの意地悪いものではなく、はにかみ笑いを浮かべる彼女がいた。
「……このタイミングでそれはずるいだろ」
「えー、何のこと?」
あくまでとぼけるつもりらしい。
でも、これは追及する側も恥ずかしさというダメージをもらうことになるので、これ以上は追及しないことにした。
「さて、そろそろ動くか?」
少し長居しすぎたかもしれない。
話題を変える意味でも彼女に移動を促す。
「ううん、ちょっと待って」
しかし、彼女から待ったがかかった。
「ん?」
立ち上がりきる寸前で、再びベンチに腰掛ける。
芽衣は何やら鞄の中をゴソゴソしていた。そして、中から一つの紙袋を取り出し、それを俺に押し付けてくる。
「はい、今日が何の日かは分かっているよね?」
紙袋は淡いピンク色を基調とした可愛げのある模様でアクセントとして金のリボンが添えられている。
「もちろん、わかっている。ありがとう、とても嬉しい」
「うん……、どういたしまして。あっ、でも美味しくなかったら食べなくても大丈夫だからね? その、チョコを作るのは初めてで、味見はしたんだけど、上手くできているかはちょっと不安で……」
いつも自信たっぷりな彼女が珍しく弱気だ。
「芽衣の手作りってだけでめちゃくちゃ嬉しいんだから気にするな。それに芽衣が作るものが美味しくないわけないだろ?」
「ぐっ、またそうやって、わたしが欲しい言葉をくれる……」
なんだか今度は悔しそうだ。
彼女から貰ったチョコを鞄の中にしまう。
「それじゃ、今度こそ行くか」
「うん……」
そうして、俺たちは再び光り輝く並木道へと戻っていったのだった。




