2月14日(1)
「ふ~、さむっ」
隣で芽衣が寒さを嘆く。
「冬真っ只中だからな。大丈夫か?」
「うん……、せっかくここまで来たんだもん。我慢する」
「そうか……。それなら見に行くか? ここのイルミネーションが見たかったんだろ?」
「うんっ」
彼女は元気よく頷く。
今日は学園から直接電車に乗って市内にまで出てきた。
お目当ては駅から出てすぐの繁華街で開催されているイルミネーションだ。
俺たちの町では、冬の期間中、繁華街でイルミネーションが催される。特にクリスマスとバレンタインデーとは特別仕様になり、いつもとはまた異なった趣となるらしい。
先日の昼休み、突然、駅前のイルミネーションが見てみたいと言い出したことから、今日のイルミネーションデートに至ったのだった。
二人で改札をくぐり駅の外へと出る。
「うわっ、きれい……」
外に出た途端、芽衣が感嘆の声を漏らした。
彼女がそう言うのもよくわかる。
駅前に連なる幾本もの街路樹が赤やピンクの光を纏っている。
両側を光り輝く木々が固め、普段は真っ黒なアスファルトの地面がイルミネーションの光に照らされて淡い赤・ピンクに染まる。
目の前の道がまるで幸せへと至る道かのように思われた。
「これはすごいな……」
言葉を失う、という言葉があるが、人間、綺麗すぎるものを見ると、本当に言葉が出てこないらしい。
実際、俺もこんなありきたりな言葉しか出てこなかった。
「ねっ」
芽衣も大満足のようだ。
「それじゃあ移動しようか」
そう言って彼女に右手を差し出す。
「うんっ」
彼女は勢いよく頷くと、俺の右手をぎゅっと握りしめた。
俺たちは手袋をしていない。
冬のこの時期は寒すぎるようにも感じるが、この方がお互いの体温を直に感じることができるためだ。
そんなことを考えていると、ふと彼女の握る力が強くなったように感じた。
「どうかしたか?」
隣を歩く彼女に問いかける。
「ううん、ただ、こうやって手を繋いでいると彰のことを近くに感じられるなぁって思っただけ」
彼女はほっと顔を綻ばせる。
思わず足が止まる。
「あれ、どしたの?」
彼女は小首を傾げながら俺の顔を覗き込むように見上げてきた。
ああ、今の俺はすごく間の抜けた顔をしているに違いない。
「……まさかおんなじことを考えていたとはな」
彼女が目を見開く。
「えっ、彰も考えていたの?」
「ああ、俺もこうやって手を繋いでいると芽衣を近くに感じるって思っていた」
途端に彼女は再度、いやさっきよりも嬉しさを滲ませた優しい笑みを浮かべた。
「あはは……、わたしたち、おんなじことを考えていたんだね。……ごめん、めちゃくちゃ嬉しいかも……」
そう言って、恥ずかしそうに目を伏せる。
そんな彼女の姿をとても愛おしく感じた。
急激に彼女のことを抱きしめたくなったが、ここは往来のど真ん中。さすがにみんなの注目を集めるような行動に出るのはまずい。
頭の中で本能と理性とが激しく戦い、なんとか理性が本能に打ち勝つ。
「そろそろ進もうか」
理性が勝ったとはいえ辛勝。そのため、俺の口から出たのはそんなそっけない言葉だった。
ただ、俺の気持ちに彼女も気がついているのだろう。
彼女は仕方ないなぁ、というようにため息一つをついて、
「はいっ、これなら大丈夫でしょ?」
「っっ⁈」
彼女の突然の行動に体が硬直する。
彼女は俺の腕に自信の腕を絡ませてきた。
厚めのコートごしだというのに、彼女の存在をより強く感じられる。
「……」
恥ずかしさ、嬉しさ、心地よさ、様々な気持ちが頭の中で入り交じって、何一つ言葉が出ない。
「どう、満足?」
彼女は意地悪く笑う。
いつも見る俺をからかうときの顔。
「……とても満足です」
何とか言葉を絞り出す。
「はは、彰、すごく嬉しそうっ」
「……」
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「ああ……」
そうこうして、ようやく止めていた足を再び前へ進ませた。




