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2月11日(3)

***


 リンクに着氷してから三十分後――――


「解せない……」

 リンクの中央で芽衣は優雅に滑走していた。

 栗色の髪が柔らかにたなびかせ、氷の上をまるで妖精が散歩するかのように華麗に移動する。

 周囲の人も彼女の美しさに目を奪われていた。


 一方の俺は……


「うわっ」

 うっかりバランスを崩しそうになり、すぐさま手近の手すりを掴む。

 そう、まだ手すりを離すことすらままならなかった。

「なんで……」

 ブランクがあるとはいえ、俺も魔導師だ。そんなに彼女との間で運動神経に差があるとも思えない。

 しかし、今の彼女と俺とでは月とスッポンくらい差が生じている。

 正直、悔しい。

 俺と彼女とで何が違うのだろうか、そう、彼女に嫉妬していると、


「彰、まだ滑れないの?」


 彼女がリンクの中央から戻ってきた。

 彼女の言葉がぐさりと胸に刺さる。

「なんで芽衣はそんなに簡単そうなんだよ……」

 悠然と氷の上に立つ彼女に恨めしそうな眼を向ける。

 彼女は、人差し指を頬に置き、

「うーん……、わたしが天才だから? というか早く一緒に滑ろ?」

 横目で俺を捉えながら、意地悪くそう答えてきた。

 その瞬間、頭の中で小さな血管がブチっと切れた気がした。

 そういえばそうだった。最近は彼女の可愛い部分しか見てこなかったので忘れていた。

 彼女は自信家で、俺にたびたびちょっかいをかけてくるやつだった。

 俺は彼女に何回イライラさせられたと思っている。

 先ほどの言動が呼び水となって、次から次へと彼女に迷惑を掛けられた日々を思い出す。


 しかし、今までの彼女との関係と今の関係とは全く異なる。

「ぷっ、はは……、彰、怒っている……」

 怒りが顔に出ていたのだろうか。芽衣は俺の顔を見ると吹き出した。

「ごめん、ごめん……。ちょっとからかいたくなったの。そんな怒らないで」

 彼女は笑いをこらえながらこちらを覗き込んでくる。

 そして、少し離れたかと思うと徐に両手を差し出した。

「さ、一緒に滑ろ? 大丈夫、わたしが彰を支えてあげるから」

優しく顔を綻ばせる彼女。

 今度の笑みには嫌味も意地の悪さもない。

 本当に心から一緒に楽しみたい、という素直な彼女の気持ちが全面に表れていた。

「……」

 彼女はずるい。惚れている女子からそんな顔を向けられては、俺の中にあった彼女に対する嫉妬や怒りが霧散してしまう。

 恋は盲目というがその通りだと思う。彼女に多少嫌なことを言われても、彼女の笑顔を見るだけでさらに彼女を好きになってしまう。


「ねえ、早くわたしの手を掴んで?」

 彼女は待ちきれない様子でせがんでくる。

「……、それじゃあ頼む」

 ゆっくりと両手を彼女の方へ伸ばす。

 そして、彼女に触れると、しっかりとその両手を包み込んだ。

「はい、頼まれました。それじゃあ行くね」

 そう言うと、彼女は俺を誘うようにバックで滑り始める。

「うわっと」

 動き始めたことでバランスをとるのが一気に難しくなった。

 俺がこけると彼女も巻き込んでしまう可能性があるので、なんとかして踏ん張る。

「ブレードを八の字にして、進むときは軸足に重心をずらして……」

 彼女の言われるまま足を動かす。すると、ゆっくりと前に進んでいく。

「そうそうそのまま……。うん、いい調子」

 彼女にそうやって言われると、よりうまくできるように感じた。

 一つ一つ丁寧に、彼女に言われたことを実践していく。

「うん、いい感じ」

 補助付ではあるが俺が滑り出したことで彼女も嬉しそうだった。

「それじゃ、次は手を離すね」

「あっ、ちょい、まっ」

「はいっ」

 俺の言葉を待たず、彼女はぱっと両手を離す。

「うわっ」

 いきなりサポートがなくなり、さっそくバランスを崩しそうになる。

「ほらほら、八の字、八の字」

 芽衣の声が聞こえる。

「……」

 集中する。

 彼女に言われたことを頭の中で反芻し、自分の体に命令を送る。


「……、あっ、できた」

 気づけばゆっくりではあるものの前に進んでいた。ちゃんとバランスを崩すこともない。

「やったね。さ、このまま、このまま」

 彼女に言われるまま、追いかけるように体を動かす。

 すると、どんどん前へ進んでいく。

 なんだかコツを掴めた気がした。

 足を動かすたびにスイーっと氷の上を滑っていく。

「おー、すげー。俺、ちゃんと滑れている……」

 自分でもびっくりした。

 彼女に少し手伝ってもらえただけで、こうもいとも簡単に滑れるなんて。

 補助なしで滑れるのが嬉しくて、つい体が動いてしまう。

 その度にどんどん前へ進んでいく。

「あはは……、いいね、それじゃ、リンクの中央に行ってみようよ」

「ああ」

 少しスピードを上げ、彼女の隣に並ぶ。

 その瞬間、彼女がにこっと微笑んだ。

 ああ、やっぱり俺は彼女に敵わないらしい。


 この後、俺たちは一日中、スケートデートを楽しんだ。


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