2月11日(1)
芽衣と恋人になって初めての週末。
ということで、俺たちは今日、初デートを敢行することにしていた。
「……やっべ、早く着きすぎたな」
左腕につけた時計を確認する。
現在の時刻は午前九時ちょっと前。待ち合わせの時間は九時半だからあと三十分以上もある。
「待ち合わせの場所は……、もうすぐそこだよな」
目印にしていた金の時計塔が見える。そこが今日の待ち合わせ場所だ。十秒もしないうちに到着してしまうだろう。
「仕方ない。一旦、場所だけ確認して近くの喫茶店にでも入って時間をつぶすか」
とりあえず時間の使い方を決め、金時計を目指す。
この金時計はこの辺りの人たちによく目印にされる。そして今日は週末。
そのため、金時計の周りには待ち合わせで訪れた人たちで溢れかえっていた。
相変わらずの人だかりに思わず舌を巻く。
「やっぱり多いよな……」
最近は芽衣と例の事件の調査のため外を歩き回っていたが、俺自身は本来、頻繁に外を出歩く質ではない。人が集まっているところなんて言わずもがな。
久しぶりに出くわした群衆に人酔いしそうだ。
そうやって目の前の光景に顔を引きつらせていると、
「あれ、彰……?」
すっかり耳に馴染んだ声が聞こえた。
「えっ……?」
とっさに振り返る。
そこには三十分後に合う予定になっていた彼女がいた。
ベージュのニットにコートを羽織り、下にはチェックのスカートと黒タイツを組み合わせている。
そして極めつけに、いつもは何もしていない栗色の髪をアレンジし、ハーフアップにまとめていた。
明らかに今日という日を意識して念入りに準備された格好。
普段とは違う新鮮さと自分のために時間をかけてくれたという健気さが感情を強く刺激してくる。
可愛い、きれい、嬉しい、愛おしい、その他様々な感情が心の中で大渋滞を引き起こす。
「……」
結果、俺は彼女に対してどう言葉を掛ければいいか分からなかった。
そうやって無様に呆けていると、
「あはは……」
彼女が吹き出す。
「えっ、あっ、えっと……」
まだ感情を整理できていないのに、加えて彼女が笑いだしたことで混乱は最高潮に達する。自分ながらかっこ悪いことこの上ない。
彼女は目元を拭いながら口を開く。
「もう、なんでこんなにも早く来ているの?」
「いや、それは芽衣もだろ。まだ三十分以上あるんだぞ?」
「あはは……、そうだね。わたしたち何やってんだろ」
少し言葉を交わしたことで頭の中が整理できた。
心の中に余裕が生まれる。
「ほんとだな。それじゃ、少し早いけどもう移動するか?」
そう言って、芽衣に左手を差し出す。
「そうだね」
彼女もそれに応じて右手を伸ばす。
しかし、
「……、あっ、ちょっと待って」
もう少しで重なるというところで、伸ばした手をひっこめた。
「ん?」
何事かと首を傾げる。
「ねえ、何か言うことはない?」
そう言って、芽衣はくるっとその場で一回転する。
その仕草で彼女の言わんとすることが分かった。
「わるい、そう言えば言い忘れていたな……。その服に髪型、芽衣によく似合っている。とても可愛い」
すると彼女は花が咲くようにパッと満面の笑みを浮かべ、
「はい、よろしい。それじゃ行こうか」
そう口にしたのだった。




