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2月8日(7)

「まずは一体」


 手をついて立ち上がる。

 地面に寝そべっていた武もちょうど体を起こしたところだった。

 武と対峙する。

「いやあ、まさかこんなにも早く俺の屍鬼しきがやられちゃうなんて。彰の魔導ってかなり強力なんだな」

 武は両手を鳴らしながら、依然、その顔に壊れた笑みを張り付けていた。


「さあ、これで降参か?」

 再び小太刀を構え、武を挑発する。

 武はそんな俺を見て、鋭く尖った八重歯を覗かせた。

「まさか。これから面白くなってくるんじゃないかぁ」

「はは、やっぱり狂ってんな……」

 額には冷汗を流しながら、緊張感を纏い直す。


 さあ、あいつはどうする?


 彼の初動を見極めるべく、彼を凝視する。

 すると、武は思いもよらない行動に出た。

 徐に歩き出し、最初座っていた鉄骨の前で止まる。

 何をする気だろうか? そんなふうに疑問符を浮かべていると、


「よいしょっと」

 武は目の前に積み重なっていた鉄骨の一本を右手で持ち上げた。彼はそのまま持ちあげた鉄骨を地面に突き立てる。

 直後、地面を揺らすような轟音が倉庫内に鳴り響いた。

「……まじかよ」

 鉄骨の長さは五メートルを超え、その重さは数百キロにも及ぶ。

 それをまさか片手一本で持ち上げるなんて……

「はは、驚いた? 俺も屍鬼だからね。こんな芸当ができるんだ」


 屍鬼だからって誰でもできるものではない。

 たしかに屍鬼の身体能力は生者のそれよりも強化されているが、武のそれは今までの屍鬼とは比べ物にならない。

 知能だけでなく身体能力、いや、もはや屍鬼という存在自体が変異してしまっている。

 ごくりと唾を飲みこむ。


「さあ、第二ラウンドの始まりだ」

 そう言葉にした瞬間、武は鉄骨を持ち上げ、地面を蹴る。

 自身の重さの数十倍にもなる鉄骨を携えているにもかかわらず、屍鬼特有のジャンプ力は全く変わらない。

 一気にこちらとの距離を詰めてくる。

 それに、もう一つの脅威は……

「ふんっ」

 武が勢いよく鉄骨を振り下ろす。

 鉄骨の長さは五メートル以上。それにやつのジャンプでこちらとの距離は一瞬で縮まるのだから、十数メートル離れていてもやつの一足一刀の間合いに入ってしまう。

「っっ⁈」

 右に大きく跳ぶことで回避。

 すぐ隣を凶器と化した鉄骨が通過する。

 直後、立ち込める砂埃ととてつもない轟音。

「けほっ、けほっ……」


「はは、やっぱり避けるんだ。うんうん、そうでなくっちゃ面白くないよねぇ」

 手ごたえを感じなかった武は鉄骨を持ち上げる。

 鉄骨が打ち付けられた地点は、コンクリートの地面が無残に抉られていた。

 もし回避できなかったらと思うとぞっとする。

「さあさあ、もっと楽しませてよっ」

 武は俺の姿を確認するや否や縦横無尽に鉄骨を振り回す。

 重さ数百キロの鉄の塊が巨大な蛇のように倉庫内を踊り狂い、獲物を蹂躙せしめんとする。

 俺も鉄骨の軌道を予測し、右へ左へと回避。

 数瞬前にいた地点を鉄骨が穿ち、地面や壁を破壊する。

 砕かれた鉄片やコンクリ片があたりを舞う。

 それにあんな超重量級の武器だ。当然、地面に激突したときの衝撃もすさまじく、たとえ交わしたとしても風圧で転倒しそうになる。

 しかし、ここで態勢を崩すわけにはいかない。武に隙を見せようものなら、瞬時にぺちゃんこにされる。


「そこだっ」

 武が鉄骨を横いっぱいに薙ぐ。

 俺は鉄骨が迫った瞬間で上へ大きく跳躍し、それを回避する。

 鉄の塊が通過して直後に、もといた地点に着地する。

「はあ、はあ……」

 まだ時間はそんなに経っていないにもかかわらず、早くも息切れしてきた。

 武は最小の動きでこちらを追い詰めようとするが、こっちは一つの回避行動が大きいため、必然的に運動量も大きくなる。


 さあ、どうする……


 このままだとジリ貧だ。体力を削られて、やがてあの鉄の塊の餌食になってしまう。

 早く打開策を見つけなければならない。

 冷静にならないといけないのに、自然と焦りが心を支配しようとする。


「ふんっ」

 しかし、武は考える暇なんて与えてくれなかった。

 すぐに次の攻撃に移ってくる。

 鉄骨の間合いギリギリからの振り下ろし。

 気づけば眼前に鉄の塊が迫ってくる。

「くそっ」

 悪態をつきながら、どうにかその場を退避。

 鉄骨が地面を穿ち、凄まじい風圧と轟音がこの身を襲う。

「ははは、まだまだ体力はありそうだねぇ。ほんと、いつまで続くんだろぉ」

 武の気味の悪い笑い声が倉庫内に響く。

「さあさあ、休んでいる暇はないよっ」

「ちっ、分が悪すぎだろ」

 悪態が零れ落ちる。

 また超重量級の鉄の塊がこちらに向かってきた。

 

 こんどは刺突か。

 それなら――――


「はっ」

 俺も強く地面を蹴り、迫りくる鉄骨に刃を向ける。

 鉄骨と小太刀。その歴然たる差に一瞬にして小太刀が敗北するかに思えるが、

「なにっ⁈」

 武が思わず声を上げる。

 小太刀と接触した部分がどんどん削られ消滅する。

「ちっ」

 分が悪いとみて、武は大きく後方に跳んだ。コンテナの上になんなく着地する。


「はあ、はあ……」

 じっと武を凝視する。

 さきほど虚無の魔導で鉄骨を削ったので、武が持っていたそれは短くなった。

 それでも人間の数倍の長さは残っているが。


「ほんと、その魔導は面倒だなぁ」

「へへ、それはどうも」

「また新しい武器を補充しないと」

 そう言って、武は近くの鉄骨に向かって走り出す。


「させるかよっ」

 俺は左手に握りしめた物を武の進行方向に向かって勢いよく投げつけた。

 同時に、地面を蹴ってコンテナに飛び乗り、武へと接近する。


「っっ⁈」

 武は俺が投げた物を払うのではなく、後方に跳んで避けた。

 その顔には最初倉庫で見せた嫌悪の表情が張り付いている。


 そう、さきほど投げたのは薬袋。

 武の攻撃をかわす傍ら、地面に落ちていたそれを予め拾っておいたのだった。


「きさまっ」

 薬袋を回避したことで鉄骨との距離も開き、さらに時間もロスする。

 その間に俺は彼との距離を詰める。

 武が俺の接近に気が付いたときには、あと少しでこちらの間合いというところだった。

「くそっ」

 武が勢いよく鉄骨を振り下ろす。

 まだこちらの攻撃は届かない一方、俺は彼の間合いに入っている。

 今までと対して構図は変わらない。

 だが、今までと全く一緒というわけでもない。

 異なるのは彼の攻撃の射程。

 射程が短くなれば、鉄骨のスピードも遅くなる。

 だから、俺はギリギリまで間合いを詰めることができた。


 鉄の塊による衝撃がこの身を襲う直前で、最小の動作による回避。

 すぐ隣を鉄骨が通過するのを確認することなく、再び彼との距離を詰める。


 そして、小太刀の間合いに彼が入るや否や――――


「はっ」


 全身全霊をもって振りぬいた。


「ぐっ」

 武がうめき声を上げる。

 彼に一太刀を浴びせると、俺はすぐさまその場を離脱。

 鉄骨の間合いからも離れた地点で一息をつく。


 いや、本当はここまで離れる必要はない。

 だって、もう――――


「はあ、くそっ、一発もらってしまった……」

 武が忌々しそうに俺を睨みつける。

 武の肩には肺にまで到達しそうな深い切り傷が刻み込まれていた。

「でも、まあ、まだ俺は動ける。さあ、勝負はこれからだ」

 武は戦いを再開しようと一歩こちらに踏み出す。

 屍鬼は身体能力だけでなく、生命力(死体なのでこう表現するのが正しいのかわからないが)も生前とは大きく異なる。他の屍鬼もこれくらいの傷ならまだ動くことができるだろう。

 しかし、


「なにっ⁈」


 武の足が止まる。

「俺の勝ちだ……」

 俺は彼を見つめてそう言い放つ。


 たしかに屍鬼はこの程度の傷でも戦闘を続行することができる。

 ただ、それは通常の切り傷であった場合だ。今回与えた一撃はそれとは全く異なる。


「な、なんだっ……」

 斬り口を中心に彼の身体へ罅が刻み込まれていく。

「さっきも見ただろ。俺の魔導は虚無。四肢ならまだしも人体の枢要部にさえ一度食い込めば、あとは消滅の一途をたどる」

 そう、いうなればこの小太刀は一太刀絶命の剣。

 彼の身体がさっきの屍鬼のようにボロボロと朽ち、崩れ落ちていく。


「くそっ、くそっ」

 悪態を吐き散らすが、体の消失は止まらない。

 肩、胸、腕、腰、足……と刻々とその形がなくなっていく。


「くそおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 最後に彼の絶叫が倉庫内に轟き、その声が聞こえなくなったときには残っていた頭も完全に崩れ去っていた。


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