2月8日(3)
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『今日は家の用事があるから、事件の調査に行けない。あんたもまだ病み上がりだから、明日から調査を再開しよう』
つい一時間ほど前に彼から送られていたメッセージをアプリで開く。
「もう、ほんとどういうことぉ?」
わたしは今日から彼と事件の調査をするつもりだった。
今までは、着替えや準備があるため放課後に一度、家に帰り、その後、近くの公園に集合してから調査に向かうようにしていた。そのため、今日もわたしは一度、家に帰り準備をしてから公園に向かった。
しかし、待てど、待てど、彼はなかなかやってこない。
気になって自分のスマホを開くと、彼から先ほどのメッセージが届いていた。
「家の用事って何よ……」
彼は家の人とあまり良好な関係を築けていなかったはずだ。
あの日、彼が告白していた。
もしかして、あれから仲直りでもしたのだろうか。
だとしたら嬉しいが……
「あれ、あなたはいつかの紅家のお嬢さんでは?」
顔を上げると、一人の壮年男性がこちらを窺いながら佇んでいた。
どこかで見たことある顔だ。
「いきなり失敬。私、県警の須藤です。覚えておられませんか?」
「ああ、あのビルにいた警部さんね」
相手に名乗られてようやく思い出す。
たしか、彼が襲われたビルへ事件の調査に行ったとき、入口で出会った刑事だ。
でも、こんなところに一体何の用だろう?
すると、須藤警部は口元を押さえて小さく笑った。
「別に今日は事件の調査でここに来たわけではありませんよ。もちろんサボりでもありません。私、今日は非番なのでね」
「ということは、散歩ってこと?」
首をかしげながら、須藤警部に問いかける。
「ええ、そんなところです。私の場合、いつも血生臭い事件ばかり追っているので、非番の日くらいはこうして気分転換しているのです」
つまり、今日ここで会ったのはたまたまということか。
散歩に出たらいつか見た少女が公園でたそがれている、だからちょっと声を掛けてみた、そんなところだろうか。
「そういえば、今日はあの青年は一緒でないのですか?」
「あの青年って笹瀬くんのこと?」
「すみません、名前は存じ上げていないのですが、あのとき一緒にいた青年です」
「笹瀬くんのことね。彼なら今日は家の用事があるって、わたしとの事件の調査を断ったわ。断られたわたしは今、傷心しているわけ」
「なるほど、それは失礼しました。ただ、家の用事ですか……」
須藤警部の調子が妙だった。
「ん、どうかしたの?」
「い、いえ、それが少し前に彼を見かけましたので。しかも、杁中線の電車の中で」
「……えっ?」
須藤警部の言葉が胸に突っかかる。
彼は学園に自転車で通っている。家が近いため電車に乗る必要がないのだ。
それなのに、須藤警部は彼を電車の中で見かけた、と言った。
「ね、ねえ⁈」
須藤警部に詰め寄る。
いきなり近づいてきたわたしに須藤警部は驚き後ずさった。
「ど、どうかしました?」
「笹瀬くん、誰かと一緒にいた?」
「い、いえ、一人でしたよ?」
須藤警部から離れ、顎に手を置いて思考をめぐらす。
……いよいよおかしい。
彼は家の用事と言っていた。それなのに一人で行動していたというのは不自然すぎる。それも、普段は乗らない電車に乗ってまで。
これは何かある。
紅家の令嬢として小さいときから培ってきた自分の第六感がそう伝えてくる。
「……そういえば」
とっさにポケットからスマホを取り出し操作する。
画面に現れたのはマップと彼の現在地を示すピン。
以前、何かあったときのためにと彼にGPSで追跡できるよう設定してもらったのだ。
「やっぱり……」
現在も彼は高速で移動している。まだ電車の中なのだろう。ただ、その電車は主要な駅をすでに通り過ぎている。その先には工業エリアしかない。
「わたしも行かなくちゃ……」
そうしてわたしは急いで彼がいる場所へと向かった。




