2月8日(1)
「うわっ、またミスった……」
鞄の中を見て、思わず眉間にしわを寄せる。
鞄の中には彼女からもらった薬袋があった。
「また忘れずに持って行かないとな……」
先日は薬袋を忘れたせいで、紅さんに怪我を負わせてしまった。屍鬼は薬袋に近づいてこないのだから、今度こそ肌身離さず持っておかなければならない。
必要な教科書等を机の中にしまい、鞄のチャックをしめる。
「よ、おはようさん」
ちょうどそのタイミングで琢磨がやってきた。
「おはよう」
俺もいつものように挨拶を返す。
「なあ、ようやく紅さん、学園に復帰したんだな」
琢磨が教室の端に視線を飛ばす。その先には、クラスの女子数人と談笑している彼女の姿があった。
あの屍鬼との戦闘で負った傷もだいぶ回復し、昨日、めでたく彼女は退院することができた。ただ、まだ完治しているわけではなく、医者からは普段のように動き回ることはできないよ、と釘を刺されたらしい。
「ああ、そうだな……」
本当に治ってよかった。
退院するときにも思ったが、こうやって学園でクラスメイトと談笑している彼女の姿を見ると、改めて安堵する。
ふと振り返った彼女と偶然、目が合った。
その瞬間、彼女がにこっと笑みを浮かべる。まるで、もう心配はいらないよ、と言うかのように。
「……」
完全に不意打ちだった。
彼女の笑みに大きく胸が高鳴る。同時に顔が一気に熱くなったのが分かった。
「なあなあ、さっき、紅さん、俺たちに微笑んでくれなかったかっ? めっちゃ可愛かったんだがっ?」
鼻息を荒げながら琢磨が顔を寄せてくる。
「……すまん、見てなかった」
「おいおい、見てなかったって……。あれ、なんで顔を隠しているんだ?」
「……」
今の顔を琢磨に見られるわけにはいかない。俺は全力で手で顔を覆っていた。
そんな俺に琢磨は疑問符を浮かべていたが、
「まあ、いいか。……そういえば、三学期の終業式っていつだっけ?」
どうでもよくなったのか話題を変えてくれた。
「えっ、今年はたしか三月二十二日だけど……。それがどうかしたか?」
「いや、ほら、そこにホワイトボードがあるだろ? それで終業式の日が気になっちゃって」
琢磨が指さしている方向に視線を向ける。
琢磨が指していたのは、黒板の上にあるホワイトボード。そこには終業式まであと○○日、と手書きされている。
そういえば、学級委員長がちょくちょく何か書いていたっけ……
「あと何日ってあるから自分で数えようとも思ったんだけどよ、そういえば俺、二月が何日あるのか知らなくって」
「通常二月は二十八日。うるう年なら二十九日だな」
「彰はよく知っているよな~。三十一日の月もあれば、三十日しかない月があったり、ややこしくないか?」
「語呂合わせで覚えればいいんだよ」
「語呂合わせ?」
「ああ。俺は『西向く侍』で覚えている」
「西向く侍?」
「そう、西向く侍。『に』が二月、『し』が四月、『む』が六月で『く』が九月。そして、『侍』が十一月。これらの月は全部三十一日未満しかない月だ。二月以外は三十日だけど、二月だけ二十八か二十九日だからな」
「へー、そうやって覚えればいいのかー。いい勉強になったぜ。でも、あれ、侍が十一月ってのはどういうことだ?」
うんうんと相槌を打っていた琢磨だったが、説明でひっかかった部分があるらしい。ふと顎に手を添えながら首を傾げた。
「『侍』って博士の『士』とも書くだろ。そして『士』は漢数字の十一を組み合わせたもの……っっ⁈」
「あー、なるほど、そういうことか」
琢磨が隣で手を叩きながら納得している。
しかし、俺はそれどころではなかった。
「なるほど、そういうことか……」
俺は頭の中で一人の人物を思い浮かべる。今回の一連の事件を起こした犯人を……




