1月27日(3)
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「お邪魔します……」
三島さんへの取材が終わると、また彼女の家にお邪魔した。
今日は家に家族もいる。だからここに寄る必要はなかったが、自然とこちらに足が向いた。
もう三度目になったリビングに入る。
「さて、晩ご飯の準備をしますか」
「今日は何なんだ?」
「聞いて驚くなよ。なんとハンバーグッッ」
紅さんがどや顔を決めた。
「おっ、いいな」
「でしょー。今朝にタネは準備していたから、あとは焼くだけ。それにサラダも今朝作り置きしたしね。今日は早くできそう」
彼女は鼻歌交じりにテキパキと準備をしていく。
タネを準備していたということは、今朝の時点で俺が来ることを想定していたようだ。
なんだか、自分が彼女に餌付けされていっている感じがする。
ただ、それが嫌だとは全く思わなかった。むしろどこか心が温かい。
「ねえ、すぐできるから、笹瀬くんは食器やご飯の準備をお願い」
「ああ」
彼女に促され、俺も夕食の準備を手伝う。
十分後、テーブルにはハンバーグをメインとした献立が並んだ。
「「いただきます」」
まずは、ハンバーグを一口大に切り分け、口に運ぶ。噛んだ瞬間、肉汁が口の中に溢れ出してきた。
「今日も美味しい。このソースもハンバーグに合うな」
「あはは、しっかりと褒めてくれるのが笹瀬くんの良いところだよね~」
「作ってくれている人に気持ちを伝えるのは当たり前だろ? それに、あんたの料理は無意識に言葉が出るんだよ」
「無意識って、それはちょっと恥ずかしい……」
彼女は手で口元を押さえながら、目線をそらす。
いつもちょっかいを掛けてくる彼女が珍しく恥ずかしがっている。ふと無性に彼女をからかってみたくなった。
「あんたが照れている姿、けっこう可愛いのな」
「は、か、かわいい……っっ⁈」
さらに彼女の顔が赤くなった。さらに、さっきよりも明らかに動揺している。
可愛いとか言われ慣れているはずなのに、そこまで戸惑うものだろうか。
「あんたなら可愛いってよく言われるだろ?」
「クラスメイトや友達に言われるのとはまた違うのっ」
彼女は赤くなった顔を見られたくないのか、片手で顔を隠すようにした。
「へー、そういうものか。……かわいい」
面白くなって、もう一度、言ってみる。今度は真剣な表情を浮かべて、彼女を覗き込むようにしながら。
言った瞬間、ちょうどハンバーグを口にしていた彼女は、
「んっっ」
と、盛大に咽る。
「あ、すまん、大丈夫か? ほら、水」
慌てて、水の入ったコップを彼女に渡す。
「ん、んん……っく」
彼女はコップを受け取ると、中身を一気に飲み干した。
「けほっ、けほっ……」
水を飲んだ後も咳を繰り返したが、少ししてそれも収まった。
完全に咳が収まってから口を開く。
「わるい、やりすぎた……。もう大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫。お水、ありがとう」
「いや、今回は俺がやりすぎたから。本当にすまん」
罪悪感で俺が縮こまっていると、彼女は恨めしそうにこちらを睨みつけた。
「もう、ほんとうだよ。笹瀬くん、意外と意地悪なんだね」
いじわる、なんて初めて言われた。でも、彼女にそう言われても全く嫌な気はしない。
無意識に口元が緩んだ。
「……笹瀬くん、なんか嬉しそう」
「えっ、嬉しそう?」
「うん、口角上がっているよ?」
はっとして口元に手を当てる。
言われるまで気が付かなかった。
「俺、笑っていた……?」
彼女は優しく微笑みながら、こちらを見つめる。
「笹瀬くんが笑うのは初めて見たかも。いや、まったく見たことないってわけじゃないけど、今までのは、なんか不自然だったから」
彼女の言う通りだった。
あの日から俺は自然に笑うことができなくなっていた。
自分のことが怖くなって。
家族からは邪魔者のように扱われ。
クラスメイトとは距離をとって。
それなのに、こうして再び笑えるようになったのは――――、
「全部、あんたのおかげだな……」
「えっ、なんて?」
よく聞こえなかったのか(そもそも伝えるつもりはなかった)、彼女が聞き返してくる。
俺は再び笑みを浮かべて、
「いや、なんでもない」
そう答えたのだった。自分でも信じられないくらいの優しい声音で。




