第10話『春風に乗せて』
2人と別れて、私は体育館裏へと向かう。
そこには既に1人の女子が待っていた。彼女の姿を見ることができて安心している。
「待たせたね、椿」
そう、待ち合わせの相手というのは椿のことだ。理由はもちろん、彼女に本当の気持ちを伝えるため。
原田さんの件は解決できたけれど、それでも私の中に引っかかっていることがあった。それはもちろん、椿からの告白の返事だ。
原田さんを攻撃していたという事実を知ったとき、彼女だと椿は深い傷を負うことになる。だから付き合えない。あの時はそう言って、椿を突き放した。
だけど、それは本音じゃないということは昨日の夜に分かった。
誰かに対する「好意」を抱いていることは分かった。でも、遥香へキスをしたとき、遥香には好意を向けられていないことが分かった。独占したい、という「好意」とは完全に違う想いを遥香には抱いていたから。
椿のことを考えて、今、こうして彼女の前に立つと私の中にある「好意」がどんどんと膨らんでいく。
もう、私の本当の気持ちは分かっている。だから、こうして椿を呼び出したんだ。
「急に呼び出しちゃってごめん」
「気にしないで。2人きりで話したい、って言われたら断れないよ」
「……そう言ってくれると安心する」
「ふふっ。それで、話したい事って何なのかな」
椿は優しい目つきで私のことを見てくる。
今度こそ、ちゃんと自分で言わなきゃ。自分の言葉で伝えなきゃ。
そのとき、暖かな春の風が、緊張している私の背中をそっと押したような気がした。迷うことはないと言うように。
「……実はさっき、ある人に謝ってきたんだ」
「えっ?」
「実は私、ある女の子にとても酷いことをしていたんだ。自分勝手な理由で、心ないことをしていた。椿に告白されたときも、次はどうやって傷つけようかって考えてたんだ」
私がそう言うと、さすがの椿も少し強張った表情を見せる。
「でも、椿に告白されたことで自分の気持ちが分からなくなっちゃって。あんな風に椿からの告白を断ったのが本音だったのか。それさえも分からなくて。女の子を傷つける理由も何もかも、自分の気持ちが全く分からなくなった」
「でも、さっき謝ってきたって……」
「うん。2人の親友が本当の気持ちを分からせてくれたんだ。自分のやってきたことが間違っていたんだって」
「それで、謝ろうって思ったんだね」
「そう。親友もいてくれたおかげで謝ることができた。それができたのは、謝りたい気持ちだけじゃなかったんだ」
「どういうこと?」
さあ、ここからが本番だ。自分の気持ちはきちんと自分の言葉で伝えないと。椿の心にはきっと届かない。
「椿に私の気持ちを伝えたかったから。椿と向き合うには、その前に自分の過ちについてけりを付けないといけないと思って」
「じゃあ、私をここに呼んだ理由って……」
「そう。椿からの告白の返事を訂正するためだよ。何を今更って怒るかもしれないけれど……あの時の返事は私の本音じゃなかったんだ。本当は……」
あのときの私とは違う。もう、本音を言っても恐れることは何もないだろう?
一度、大きく深呼吸をし、椿のことを見つめて言った。
「椿のことが好きだ。だから、私と……付き合ってください」
本音はいたってシンプルだった。椿のことが好きだということ。
「はっきりとした理由なんて分からない。けれど、いつも優しく話しかけてくれて、その時の笑顔がとても可愛くて。椿のことを考えたら、頭から離れなくなって。気付いたら、好きになってて」
あのときの椿と言っていることはたいして変わっていなかった。人を好きになることに、特別な理由なんていらないからかもしれない。
「これからは恋人として、私と付き合ってくれませんか?」
返事だと言っておいたくせに、私の方から告白してしまった。
そして、そんな私の告白に椿は……泣いていた。
「……まさか、瑠璃ちゃんから告白してくれるとは思わなくて。信じられないよ、一度断られたんだもん。だから、嬉しすぎて涙が出てきちゃった」
「ごめん、あのときは……」
「気にしないで。だってもう、今の告白で上書きしてくれたじゃない」
椿は涙を拭って再び笑顔で私と向き合う。
「瑠璃ちゃんの告白、お受けします。恋人として……宜しくお願いします」
「……こちらこそ宜しく。椿」
こうして、私と椿は晴れて恋人同士になった。それがとても嬉しくて、思わず椿のことを抱きしめてしまう。
「ふえっ、る、瑠璃ちゃん……」
「椿、好きだ」
「……私も好き。瑠璃ちゃん」
さっきよりも顔が近く、椿の生温かな吐息が首に当たる。
気付けば椿の頬は彼女の赤髪に負けないぐらいに紅潮していた。
「……ねえ、しないの……かな」
「えっ?」
「だ、抱きしめたからきっと……く、キスをすると思って。さっきからずっと、ドキドキしてて……」
椿はそう言うと私から目線を逸らしてしまう。そんな態度がとても可愛らしく思えた。
「そう言うってことは、椿はしたいの?」
「……当たり前、だよ。だって、恋人同士になったんだもん」
「……そうだよね。私も同じこと、考えてた」
「だったら……」
あとはお願い、と言うかのように椿は目を閉じた。
もう、椿のことは絶対に離さない。
そんな気持ちを込め、私はそっと椿と唇を重ねた。それに答えるように、椿は私のことを抱きしめてくる。
10秒かもしれないし、1分かもしれない。いずれにせよ、椿と唇を重ねている時間はとても長く感じられた。
唇を離し、椿は嬉しそうに微笑んでいた。
「瑠璃ちゃん……」
「……今度は椿からしてよ」
と言って、椿がキスをしやすくなるように、互いの吐息がかかるまで顔を近づける。
私の言ったとおりに椿からキスをした。
本当に私達、恋人同士になれたんだ。
「まったく、見せつけてくれちゃって。お熱いこと」
そう言われて、私達は慌てて唇を離す。
真奈がやれやれと言った表情で私達の方に向かって歩いてくる。
「こうなることは予想していたけど、実際にされちゃうとね……」
「それよりも、どうして真奈がここに……」
「椿ちゃんに言われたからだよ。瑠璃に呼び出されたって。それで気になってね」
「ごめん、瑠璃ちゃん。驚いちゃったからつい、真奈ちゃんにも……」
「椿ちゃんが瑠璃に告白して振られたことも椿ちゃんから聞いた」
「そ、そうだったのか……」
それにしても、椿とのキスを真奈に見られていたとは。しているときは誰に見られたってかまわないって思っていたけど、見られたことを知ると途端に恥ずかしくなってくる。
「まったく、椿ちゃんには先を越されちゃったよ」
「えっ?」
「……本当は私だって瑠璃のことが好きだったんだよ。だから、椿ちゃんが振られたって聞いて、自分にチャンスが巡ってきたと思ったのに」
「真奈……」
「……でも、告白はできなかった。分かっていたんだよ、フラれるって。だって、私を見るときと椿ちゃんを見るときの表情が違っていたんだもん」
今の真奈の姿が、以前の自分の姿と重なって見えた。
このままでは自分と同じ苦しみを味わうかもしれない。そうならないためにも、私が言うべきことは言っておいた方がいいな。
「……私が好きだっていう真奈の気持ちは凄く嬉しい。だけど、私は……椿と恋人として付き合っていくことに決めたんだ。だから、真奈の気持ちには応えられない。ごめんなさい」
私はそう言って真奈に頭を下げた。
真奈からの告白を断ってしまうこともそうだけど、ここ1週間……真奈には色々な場面で迷惑をかけてきた。本当に申し訳ない気分だ。
頭を下げてすぐ、真奈の笑い声が聞こえた。
「謝る必要なんかないって。ただ、私は……これからも友人として、同じ高校のバスケプレイヤーとして瑠璃と付き合っていきたいから。あと、椿ちゃんとは別れないでね。相手が椿ちゃんだからきっぱりと諦められるんだから」
「……分かったよ、約束する」
「約束と言えば、一緒にレギュラーになる約束も絶対に叶えようね。もう、変に悩まされることもないんでしょ?」
「もう大丈夫だよ。それに、レギュラーになって……試合でプレーする姿を早く椿に見せたいからね」
「瑠璃ちゃん……」
「あぁ、熱い熱い。これが愛の力ってやつですかぁ~」
そんなことを言いながら、真奈はいつもの笑みを私達に見せる。
これで一件落着かな。
色々と悩んで、人を傷つけてしまったけれど……何とか前に進むことができた。椿や真奈はもちろんだけど、原田さん、美咲、遥香がいなければきっと今の私はなかったと思う。
そして、これからも一歩ずつ前に進んでいく。
椿という新しい恋人と、真奈という新しい親友と一緒に。




