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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-
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第10話『春風に乗せて』

 2人と別れて、私は体育館裏へと向かう。

 そこには既に1人の女子が待っていた。彼女の姿を見ることができて安心している。


「待たせたね、椿」


 そう、待ち合わせの相手というのは椿のことだ。理由はもちろん、彼女に本当の気持ちを伝えるため。

 原田さんの件は解決できたけれど、それでも私の中に引っかかっていることがあった。それはもちろん、椿からの告白の返事だ。

 原田さんを攻撃していたという事実を知ったとき、彼女だと椿は深い傷を負うことになる。だから付き合えない。あの時はそう言って、椿を突き放した。

 だけど、それは本音じゃないということは昨日の夜に分かった。

 誰かに対する「好意」を抱いていることは分かった。でも、遥香へキスをしたとき、遥香には好意を向けられていないことが分かった。独占したい、という「好意」とは完全に違う想いを遥香には抱いていたから。

 椿のことを考えて、今、こうして彼女の前に立つと私の中にある「好意」がどんどんと膨らんでいく。

 もう、私の本当の気持ちは分かっている。だから、こうして椿を呼び出したんだ。


「急に呼び出しちゃってごめん」

「気にしないで。2人きりで話したい、って言われたら断れないよ」

「……そう言ってくれると安心する」

「ふふっ。それで、話したい事って何なのかな」


 椿は優しい目つきで私のことを見てくる。

 今度こそ、ちゃんと自分で言わなきゃ。自分の言葉で伝えなきゃ。

 そのとき、暖かな春の風が、緊張している私の背中をそっと押したような気がした。迷うことはないと言うように。


「……実はさっき、ある人に謝ってきたんだ」

「えっ?」

「実は私、ある女の子にとても酷いことをしていたんだ。自分勝手な理由で、心ないことをしていた。椿に告白されたときも、次はどうやって傷つけようかって考えてたんだ」


 私がそう言うと、さすがの椿も少し強張った表情を見せる。


「でも、椿に告白されたことで自分の気持ちが分からなくなっちゃって。あんな風に椿からの告白を断ったのが本音だったのか。それさえも分からなくて。女の子を傷つける理由も何もかも、自分の気持ちが全く分からなくなった」

「でも、さっき謝ってきたって……」

「うん。2人の親友が本当の気持ちを分からせてくれたんだ。自分のやってきたことが間違っていたんだって」

「それで、謝ろうって思ったんだね」

「そう。親友もいてくれたおかげで謝ることができた。それができたのは、謝りたい気持ちだけじゃなかったんだ」

「どういうこと?」


 さあ、ここからが本番だ。自分の気持ちはきちんと自分の言葉で伝えないと。椿の心にはきっと届かない。


「椿に私の気持ちを伝えたかったから。椿と向き合うには、その前に自分の過ちについてけりを付けないといけないと思って」

「じゃあ、私をここに呼んだ理由って……」

「そう。椿からの告白の返事を訂正するためだよ。何を今更って怒るかもしれないけれど……あの時の返事は私の本音じゃなかったんだ。本当は……」


 あのときの私とは違う。もう、本音を言っても恐れることは何もないだろう?

 一度、大きく深呼吸をし、椿のことを見つめて言った。


「椿のことが好きだ。だから、私と……付き合ってください」


 本音はいたってシンプルだった。椿のことが好きだということ。


「はっきりとした理由なんて分からない。けれど、いつも優しく話しかけてくれて、その時の笑顔がとても可愛くて。椿のことを考えたら、頭から離れなくなって。気付いたら、好きになってて」


 あのときの椿と言っていることはたいして変わっていなかった。人を好きになることに、特別な理由なんていらないからかもしれない。


「これからは恋人として、私と付き合ってくれませんか?」


 返事だと言っておいたくせに、私の方から告白してしまった。

 そして、そんな私の告白に椿は……泣いていた。


「……まさか、瑠璃ちゃんから告白してくれるとは思わなくて。信じられないよ、一度断られたんだもん。だから、嬉しすぎて涙が出てきちゃった」

「ごめん、あのときは……」

「気にしないで。だってもう、今の告白で上書きしてくれたじゃない」


 椿は涙を拭って再び笑顔で私と向き合う。


「瑠璃ちゃんの告白、お受けします。恋人として……宜しくお願いします」

「……こちらこそ宜しく。椿」


 こうして、私と椿は晴れて恋人同士になった。それがとても嬉しくて、思わず椿のことを抱きしめてしまう。


「ふえっ、る、瑠璃ちゃん……」

「椿、好きだ」

「……私も好き。瑠璃ちゃん」


 さっきよりも顔が近く、椿の生温かな吐息が首に当たる。

 気付けば椿の頬は彼女の赤髪に負けないぐらいに紅潮していた。


「……ねえ、しないの……かな」

「えっ?」

「だ、抱きしめたからきっと……く、キスをすると思って。さっきからずっと、ドキドキしてて……」


 椿はそう言うと私から目線を逸らしてしまう。そんな態度がとても可愛らしく思えた。


「そう言うってことは、椿はしたいの?」

「……当たり前、だよ。だって、恋人同士になったんだもん」

「……そうだよね。私も同じこと、考えてた」

「だったら……」


 あとはお願い、と言うかのように椿は目を閉じた。


 もう、椿のことは絶対に離さない。


 そんな気持ちを込め、私はそっと椿と唇を重ねた。それに答えるように、椿は私のことを抱きしめてくる。

 10秒かもしれないし、1分かもしれない。いずれにせよ、椿と唇を重ねている時間はとても長く感じられた。

 唇を離し、椿は嬉しそうに微笑んでいた。


「瑠璃ちゃん……」

「……今度は椿からしてよ」


 と言って、椿がキスをしやすくなるように、互いの吐息がかかるまで顔を近づける。

 私の言ったとおりに椿からキスをした。

 本当に私達、恋人同士になれたんだ。


「まったく、見せつけてくれちゃって。お熱いこと」


 そう言われて、私達は慌てて唇を離す。

 真奈がやれやれと言った表情で私達の方に向かって歩いてくる。


「こうなることは予想していたけど、実際にされちゃうとね……」

「それよりも、どうして真奈がここに……」

「椿ちゃんに言われたからだよ。瑠璃に呼び出されたって。それで気になってね」

「ごめん、瑠璃ちゃん。驚いちゃったからつい、真奈ちゃんにも……」

「椿ちゃんが瑠璃に告白して振られたことも椿ちゃんから聞いた」

「そ、そうだったのか……」


 それにしても、椿とのキスを真奈に見られていたとは。しているときは誰に見られたってかまわないって思っていたけど、見られたことを知ると途端に恥ずかしくなってくる。


「まったく、椿ちゃんには先を越されちゃったよ」

「えっ?」

「……本当は私だって瑠璃のことが好きだったんだよ。だから、椿ちゃんが振られたって聞いて、自分にチャンスが巡ってきたと思ったのに」

「真奈……」

「……でも、告白はできなかった。分かっていたんだよ、フラれるって。だって、私を見るときと椿ちゃんを見るときの表情が違っていたんだもん」


 今の真奈の姿が、以前の自分の姿と重なって見えた。

 このままでは自分と同じ苦しみを味わうかもしれない。そうならないためにも、私が言うべきことは言っておいた方がいいな。


「……私が好きだっていう真奈の気持ちは凄く嬉しい。だけど、私は……椿と恋人として付き合っていくことに決めたんだ。だから、真奈の気持ちには応えられない。ごめんなさい」


 私はそう言って真奈に頭を下げた。

 真奈からの告白を断ってしまうこともそうだけど、ここ1週間……真奈には色々な場面で迷惑をかけてきた。本当に申し訳ない気分だ。

 頭を下げてすぐ、真奈の笑い声が聞こえた。


「謝る必要なんかないって。ただ、私は……これからも友人として、同じ高校のバスケプレイヤーとして瑠璃と付き合っていきたいから。あと、椿ちゃんとは別れないでね。相手が椿ちゃんだからきっぱりと諦められるんだから」

「……分かったよ、約束する」

「約束と言えば、一緒にレギュラーになる約束も絶対に叶えようね。もう、変に悩まされることもないんでしょ?」

「もう大丈夫だよ。それに、レギュラーになって……試合でプレーする姿を早く椿に見せたいからね」

「瑠璃ちゃん……」

「あぁ、熱い熱い。これが愛の力ってやつですかぁ~」


 そんなことを言いながら、真奈はいつもの笑みを私達に見せる。

 これで一件落着かな。

 色々と悩んで、人を傷つけてしまったけれど……何とか前に進むことができた。椿や真奈はもちろんだけど、原田さん、美咲、遥香がいなければきっと今の私はなかったと思う。

 そして、これからも一歩ずつ前に進んでいく。

 椿という新しい恋人と、真奈という新しい親友と一緒に。

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