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ちっぽけな対価

「知っていましたよ」

 境間は、優しく言った。俺は別に恥ずかしいとか、そんな事は思わなかった。

 それは、俺が俺であるのと同じ、当たり前の事だったからだ。

 だが、こんな事はイチイチ訊く事じゃねえ。

 俺は苛ついた。


「じゃあ、何故訊く? 冷やかしたいのか?」

「違いますよ。確認です。貴方を1人の戦士として見なすために、必要な手続きです」

 胸のどこかが動いた。

 戦士。

 1人の戦士。

 良い言葉だ。ずっと蔑まれてきた俺が、村の助役に戦士として認められ、助けを請われている。

 しかも、俺が救うのは多濡奇だ。

 話としては最高だが、知っている。

 俺が死ねば良いって話しじゃないんだ。

 多濡奇に、憎悪を植えなければならない。

 つまり、俺は、あいつに憎悪されて、死ぬ。

 だがそれでいい。

 この4年間に散々苦しんだ話だ。

 

 本当は、……本当なら。

 俺は、もっと奴と、話したかった。礼を言いたかった。

 ライオンは好きか、赤は好きか、雛が好きなんだな、花が好きなんだな、とか、そういうクダラねえ話を

たくさんしたかった。

 が、そういうのは、そうだな。

 淫崩とか、別のやつがやれば良いことなんだ。


 俺は奴を酷く痛めつけて、攻撃して、憎悪されて死ぬ。

 それでいい。それで、奴が長く生きれるんなら、それでいいさ。


「戦士か。最高だな」


 俺がつぶやくと、境間は、マンゾクげに、頷いた。


「わたくし境間も嬉しいのです。なんせ、4年前の貴方の1年生存率は、10%を切っていました」


 ……なるほど。

 そうか。そりゃそうだ。

 俺はひだる神だが、弱い。

 周りは強くなる。免疫もつけていく。

 俺の位置はどんどん落ちていく。

 くそったれな成長期、てやつだ。


 だが、そうか。10分の1が、4回。

 10000分の1の確率で、今俺は、この助役さんと話してんのか。

 そら、凄えな。


「0.01%か」

「はい。そうです。多濡奇さんが、奈崩君、どんなに貴方に肩入れしても、10%は変わらないはずでした。無謀に飽かせて、肉を切らせ続ければ、肉は腐り落ちる、そういう(ことわり)です」


 俺は納得した。

 そうだ。多濡奇を救うために、俺は考え続けた。

 痛みと、恐れ。

 一番。

 この世で一等大切な、奴を守れない無力。恐れ。

 だから、俺は無謀ではなく、頭を使う事を、慎重を、手順を受け入れた。

 

「だから、悪忌のおっさんに、吹き込ませたのか」

「はい。貴方は期待に応えてくれました。ばば様に伺いを立てましたら、1年後生存率は、50%まで回復していたのです」

 それでも丁半博打か。

 だが、上等な部類だろう。

 

「そうか。半々を4回か」

「そうです。1/2の壁を、貴方は突破し続けた。素養によってではない。煩悶(はんもん)と、意志によってです」

「随分な持ち上げ方だな」

「正当な評価ですよ」

「で、俺はどうすれば良いんだ? 多濡奇を襲って叩きのめすのは良い。それで()られても本望だ。だが、淫崩の豚がいる。奴のガードは固い」

 そうだ。

 奴は俺より上手く、多濡奇を守る。

 だから、引き離す必要があるんだ。


 境間はそこで、笑った。

 悪戯を企む子供のような笑い方だった。


「違いますよ。奈崩君。貴方が襲い、屠るべきは、淫崩さんです」


 ……?

 

 なんだ、と?


「ご自分の身で考えて御覧なさい。貴方が傷つく。多濡奇さんが傷を負う。どちらが、痛いですか?」

「多濡奇だ」

「そうでしょう。それが大切なのです。貴方は淫崩さんを屠る。多濡奇さんは、酷く打ちのめされるでしょう。貴方にかけたあらゆる善意を後悔します。それが、大切なのです。後悔は罪を、罪は自責を、自責は投げやりを、傷を、傷は憎悪を、憎悪は殺意を、そして、殺意は絶望に根拠を与えるのです。それが、戦士だ。それでこそ、戦士なのです」


 悪魔がいる、と思った。

 酷く、恐ろしい存在の隣に、俺は腰を下ろしている。

 

 境間は、一度小さく咳払いをした。


「まあ、そういう事で、多濡奇さんを救うために、淫崩さんを屠ってください。まあ、別に彼女でなくても、須崩さんでも良いのです。大切なのは、罪の意識ですからね」


 俺は。

 俺は、あいつに傷をつける。

 それは、出きるだけ小さくつけたい、と思っていた。

 が。

 それじゃ駄目なのか?

 あいつから、『奪わなければいけない』のか?

 

 俺にとっての多濡奇(あいつ)を、多濡奇(あいつ)から奪うのか?


 くそ。

 畜生。それが、傷なのか。


「……俺は、淫崩の6歳レベルだ。弱い。奴には勝てねえ」

「勝てますよ。その力を、特別なウィルスを、取り寄せ中ですからね。どれだけ強い斑転でも、あのウィルスには勝てません。いや、強い斑転ほど勝てないという、傑作です」

 ぴんと来た。

 女への感染は確認されていない。

 アフリカで産まれて、ニューヨークで声をあげた性病

「……後天性免疫不全症候群ウィルス、か」

「その通りです。さすが、勉強熱心ですね。あのウィルスは、やがて世界の全てに蔓を伸ばすでしょう。因果のように、執念深く、(したた)かなウィルスですからね」


 境間は、楽しそうに言った。


「俺が、失敗したら、どうする?」

「奈崩君、不安ですか」

「……」

「大丈夫ですよ。多濡奇さんの案件は、貴方だけにお任せするものではない。まあ、貴方がメインですが、腹案も用意しております」


 腹案。

 この悪魔の事だ。悪辣なんだろう。


「どうするんだ?」

「……貴方が、ウィルスを取り込めない場合ですが」

 そこで、境間は言葉を切って、もう一度、楽しそうに笑った。

「保育士さんを動かして、淫崩さんに、多濡奇さんを襲わせます。なあに、難しいですが、不可能ではありません。彼らには、須崩さんという、アキレス腱がありますからね」


 ……。

 そうか。須崩か。

 あれが、一番遠いい。

 そうだ。

 そうすればいい。

 淫崩は、多濡奇を守るために、必要だ。

 しゃくだが、ずっとそうだったんだ。

 じゃあ、須崩だ。


 つまり、俺はそれまで、淫崩も守る必要がある。


「なあ、助役さん」

「はい」

「俺が取り込めたら、その保育士。淫崩の野郎をそそのかす、保育士」

「はい」

「……殺していいか?」


 境間は満面の笑顔を作った。


「はい。どうぞ。取り込めたら、貴方は強者です。そして、村は強者の論理で動くのですよ」

「そうか。それが、俺の報酬だな」

 

 境間は不思議な顔をした。

「それだけでいいんですか? この案件は、貴方が『恨まれて死ぬ』案件ですのに」

「もっと、頼んで良いのか?」

「どうぞ。わたくし境間がお受けできることでしたら、いかようにでも」


 ……願えること、か。

 そんな物は、1つだ。

 俺は多濡奇に生きて欲しい。それも、できるだけ、長く。

 そして、できれば……。


「2つ、あるんだ」

「はい」

「1つは、できるだけ、あいつが生き残りそうな案件を組んでやってほしい。メンバーとか、色々考えるあんたなら、できるだろう」

「それが、わたくし境間の仕事ですからね」

 境間は口角を上げた。


「……もう1つは。俺が、淫崩でも、須崩でも、どっちでも()って、俺が多濡奇に殺されたら、よ」

「はい」

「……俺が、多濡奇のために動いていた、とか、伝わらないようにしてくれ。凶暴な俺が、訳の分からない逆恨みで、淫崩なり須崩なりを殺した。多濡奇も襲った。そういう事にしてくれ」


 悪魔は、首を傾げた。


「それでいい、のですか? そんなちっぽけな、秘密を対価としたい、と」

「そうだ。そのちっぽけで、十分だ」


 そう。十分だ。

 あいつは俺の気持ちを知らない。そして、憎み続けることになるだろう。

 それでいい。それでこそ、戦士として、生き延びれるんだ。


 俺は、穏やかな顔になって、境間を真っ直ぐに見た。


「俺は、そのちっぽけのために、死ねるぜ」

 そして、初めて他人に、笑顔を見せた。

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