彼女を救うために
「蝉なんです」
そう言って、境間は目を閉じた。
遊び疲れて眠る前の子供みたいな、ヤスラカな顔だ。
「蝉?」
俺は首を傾げた。
「はい。蝉です。あれは7年土の中です。子供のまま7年。で、一週間鳴いて死ぬ。何ででしょうかね?」
俺に訊き返しながら、境間は熊の腹に倒れ、横になった。
ふざけている。が、そう思えない。
倒れることが自然、という倒れ方だった。
「……奴らが『そういう種』だってこだ。そういう奴らが生き残った。それだけの話しだ」
境間の口の端が上がった。
ふふ、と笑う。
「その通りです。本当は、1年、2年、……バリエーションは他にも6つあった。けれど、7年の子供の種が生き残った」
進化論。適者生存。
「ダーウィンの話しでもしたいのか」
「いいえ。村のお話をしているんです」
境間はそう言って、上体を起こし、俺に向き直った。
瞳から余裕が消える。感情、表情、全部消える。
真顔ってやつだ。が、威圧は感じない。むしろ、そこら辺の宗教より、よほど神様みてえな顔だ。
神託、って言葉が浮かぶ。
「……神代の昔から村は、いくつもの選択をしてきました」
「ああ」
「蝉と同じです。天敵、環境の変動が常に村人を襲います。村人は強い、が恐ろしく弱い。生存の条件がきつすぎるのです。例えば、奈崩君、貴方たち斑転に不可欠のヨーグルト。これは、酪と言いますが、昔の日本では貴重品でした。他にも、ヒトの血しか飲めない者、ヒトの死体以外は口が拒むもの。異端者たちが悠久の中で集い、いつの間にか1つの形を成したのが、村です」
「歴史の授業か」
「わたくし境間と、奈崩君、貴方と多濡奇さんにつながっている、『今』と『これから』のお話ですよ」
境間は、にっ、と笑った。
俺は頷く。
「古来より村は、ヒトから外れながらも、ヒトと共に歩んできました。この国のヒトは1億人を超えて久しい。が、村人の数はそこまで増えていない。常に一定を保っている。何故だかわかりますか?」
「俺たちは、増える種ではない」
「その通りです。わたくしたち、村人は増える種ではない。生存の条件がそれぞれきつく、かつ、ばらばらです。ほおって置けば、消えていく種の集まりですからね」
「だから、村があるんだろう?」
俺がきくと、境間は小さく頷いた。
「はい。だから、ばば様がいるんです。彼女の託宣は因果ですからね。災害も、変化も、必ず起こります。預言は成就します。地震、津波、豪雨災害、凶作、社会の変化、ま、色々ですね。これに対策チームを組むのが、わたくし境間が就いています、助役の役目なのですがね。正直、人手が足りないのですよ」
俺は皮肉を言ってやりたくなった。
「タダでさえ増えないのに、殺し合わせるからな」
「その通りです。保育所のシステム、慣習は古来より続いてきました。それは伝統という形の、もっとも合理的なシステムでしたが、日本は富んでいる。日本というより、人類ですけどね。富に合わせたシステムの再構築が、いずれは必要になるでしょう。が、今はその話ではありません」
俺は、頭を教壇の角で思いっきり殴られたような、衝撃を感じた。
この男は、保育所を変えようとしている。
これが当たり前だった。ずっと続いてきた。この糞ったれな地獄を、変えようとしている、のか?
境間は俺の目をじっと覗き込んだ。
「奈崩君」
「なんだ」
「座りませんか? 見上げて話し続けるというのは、どうも首が痛い。それに、隣が空いているのは、わたくし境間は、どうにもこうにも、寂しいのです」
境間は、助けを求めるような笑顔を作り、やつの下ろしている腰の隣を、軽く叩いた。
俺は黙って、犬や狐を避けながら進み、やつの隣、熊の背に腰を下ろした。
たしかに、この熊は獣くさいが、ふかふかだった。
「ありがとうございます」
「いや、いい。話を続けてくれ」
「はい。まあ、そういう事で、少ない人員をやりくりして、大いなる危機の克服に頭を悩ませる、これがわたくし、境間の仕事なんですけどね。昔の助役さんたちも、ずっと悩んできたのですよ。村人は強い。が、強いというだけで、命が保障される案件は少ないですからね。特に、大いなる危機の場合、つまり、1つの血脈、因果の流れが絶たれる危機の場合、その克服は、多くの命を吸います」
「人身御供だな」
「まあ、そのような物です。しかも、危機は待ってはくれない。同時多発的に起こる危機。限られた人員。成功率。さあ、奈崩君。貴方がいにしえの助役なら、どうされますか?」
「……強い因果を救う。そっちに村人を割く。弱い因果は危機に全滅するだろう。が、強いのが残っていれば、いつかは復活するかもしんねえ。因果は隔世遺伝だ」
「その通りです。因果は隔世遺伝。いにしえの助役たちは、斑転の因果を『残す』ことを選択した。だから、貴方が今ここにいる。それは、幾多の壮絶な命の代償の結果です」
「ご先祖様に感謝、か?」
道徳の授業でもしたいのか?
保育所には、道徳の授業はねえ。
こんな話を聴きにきたんじゃねえぞ。俺は。
境間は首を横に振った。
「いいえ、感謝するべきは、『これからの』貴方たちです。もっと言うと、ですね。多濡奇さんです」
俺の心臓が止まった。
そんな錯覚を受けた。舎弟に確認。問題はない。そのまま平常運転を続けさせる。
だが、俺の目は自然と大きく見開かれた。
境間は、俺に目を合わせて、微笑んだ。
「多濡奇さんの因果は特殊ですからね。なんせ約200年ぶりの発現です。因果だけで、有望株ですね」
「そうだろうな」
「はい。まあ、通常は、というより、古来から、強い因果の子供は、保育所で育つのを見守る、というのが村のスタンスでした。強いなら、子供たちどうしの殺し合いも、生き残りますからね。強くても、何かのはずみで死んだら死んだで、埋葬する。そういうものです」
「あんたは違うのか?」
「違いますね。これは村としては異例ですが、なに、問題はありません。先代の助役の滅道さんも、早羅さんを防人にするために、多くの慣例を破りました」
話が見えてきた。というより、やっとこの話になったってところか。
「あんたは、どう破るんだ? 破ったんだ?」
「100年単位です」
「?」
「大きな災害ほど、100年単位で降りてきます。託宣ですね。小さな災害、変化は4年単位です。で、現在20の『100年級』の変化が、これから30年以内に発生します。うち、10年以内が5、10年先から20年以内が10、30年までは5ですね」
「そうか」
「はい。それで、多濡奇さんです。わたくし境間は、独断により、彼女が案件に参加した場合の、成功率を、ばば様にお伺いをたてました」
「……」
「どれも、どんな強者達を組んでも、達成確率は5%を切ります。ですが、彼女が参加すると、7割に近くなるのです」
「あいつの因果はすげえからな」
「貴方の因果ではありませんけどね」
にこにこした境間に、俺は恥ずかしくなった。
自分のことのように、多濡奇の優秀を喜ぶ。
くそ。俺は俺を殺してえ。
「まあ、恥ずかしがらなくても、良いことです。わたくし境間は、貴方が彼女を大切に思っている事を存じ上げております。で、問題はですね」
俺はつばを飲み込む。
「99%以上なんですよ。多濡奇さんの致死率。『100年級』の克服を、彼女は必ずするでしょう。そして、ほぼ確実に死ぬのです」
知っていた。それは、4年前の死体喰いから聴いた話だ。
が、俺の瞳は血走る。
くそ。どれも、ってなんだよ。
やっぱり、18で死ぬんじゃねえか。
「ばば様の託宣ですからね。死ぬと言ったら死ぬのです。ですが、わたくし境間は考えました。『100年級』のどれかに、多濡奇さんは挑んでもらう必要がある。しかし、その死を回避する、という案件を立てたら、より少数の犠牲で、彼女が死なない確率は上がる。少なくとも3つ位の危機は去るでしょう。1が3。これは大きな事です」
「……やっぱり、道具かよ。あんたにとっては」
「いいえ。仲間ですよ。考える事が、わたくし境間の仕事というだけです。で、奈崩君」
境間は、俺の瞳をじっと、覗き込んだ。
「……貴方は、多濡奇さんのために、死ねますか?」
「死ねる」
俺は即答した。




