面白い運命
「この山はね、早羅君と狼男の舞台なんですよ」
俺の先、斜面を上りながら、悪忌はそう言った。
戦いの舞台って意味なんだろう。
斜面は木のまばらな林になっていた。
保育所の東の山。
通称東山。工夫も何もねえ、地味なネーミングの山だ。
死体喰いの先導で、俺はこの山を登り続ける。
戦いの舞台、て事を聴いたからかもしれない。
植生に特徴があると思った。
若い樹が一列に連なっている。
その列は、他の斜面より一段低い。
巨人が指で大地を引っ掻いた、そんな感じか。
「樹が若い所は、狼男が通った跡です。早羅君を追いかけて、全てなぎ倒したんですよ」
俺はびびった。
巨人みたいな力の狼野郎にびびったんじゃねえ。
そんな狼を殺った防人に早羅にびびったんだ。
びびりながら、俺は斜面を昇り続ける。
と、崖に出た。
「奈崩君をお連れしました」
「ありがとうございます」
柔らかい声だった。
柔らかい瞳だった。
威圧感はなかった。
顔が恐ろしく整った男だった。
勿体ぶった言い方を、死体喰いがするもんだから、どんな怖えやつが待ってるんだ? と思ってたら、
想像以上に背が震えた。
背の血管に氷水入れられたみたいだった。
血が冷えていく。
戦闘態勢すら取らせてもらえねえ。
俺は奥歯が震えた。
寒かったんだ。
恐怖ってのは、グタイテキに寒いもんだと、その時分かった。
舎弟に命令する。
動悸を速くしろ。
こいつは俺と話したがっている。
怖がるとか、みっともねえとこは見せらんねえ。
それに、これだけ怖いやつのことだ。
多濡奇を救う方法を、知っている。
後は、キョウリョクすればいいんだ。
死体喰いはイチレイして去っていった。
俺はとても心細くなった。
だが、顔には出さない。どんなに怖くても、逃げ出したくても、絶対に出さない。
「こんにちは。はじめまして。わたくしは境間と申します」
恐怖が飛んだ。魅了。
黄金が煌くような、魅了。
……攻撃している、のか? 違う。俺が魅せられている、だけだ。
「奈崩だ」
俺は精一杯の平静を装って、答えた。
それから、ああ、そうかと思った。こいつは。この若い男は。
「わたくし境間が、4年前にですね。助役に就きました時から、貴方には注目していたのですよ」
境間は、綺麗な顔をした。微笑んでいる。
「多濡奇の事だろう。俺はどうすれば良い?」
「まあ、そう急かさないで下さい。わたくし境間は、貴方を4年待ったのです。ゆっくり、お話しましょう」
カラスが一羽、空から舞ってきて、境間の肩に留まった。
2mを越すだろう熊が林の奥から崖に鼻先を出して、境間の後ろまでのそりのそりと来て、眠り出した。
野鳥の群れがその上に留まった。
狐が、猿が、野犬が鼠が群れてきて、この崖は動物だらけになった。
山は春の息吹ってやつに包まれていたがまだ寒かった。
が、雲間から陽がさして来て、俺たちを照らした。
釈迦とさしで向かい合ってるような、サッカクをうけた。
つまり、この助役は、落ち着け、と言ってるんだろう。
大げさな奴だ。
俺は頷いた。
「分かった。助役さん、あんたの話しを聴かせてくれ」
境間は嬉しそうに、餓鬼みてえに微笑んで、寝そべる熊に腰を下ろした。
「座りませんか? 熊さんはフカフカですよ」
俺は首を横に振った。
「立ったままでいい」
「そうですか、まあ、良いです」
残念そうな笑顔を作ってから、境間は後ろ手を熊の背について、空を見上げた。
「まあ、多濡奇さんのお話です。あの子は中々面白いんですよ」
「……因果か」
「いえ、運命が」
そう言って、境間の野郎は俺にニコリと笑いかけた。
「まあ、貴方もですが」




