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意地悪な鬼

 裏事情、ってやつはどこにでもある。

 歳末バーゲンセールってのは、バーゲン用のシナモノを作っている。

 冬の初めに高く売って、バーゲンで安く売る。高くても安くても、売り上げだ。

 ただ、ショウヒシャの目を騙くらかしているだけだ。


 そうだ。

 この保育所も、俺たちを騙くらかしていた。

 強者こそ至高とか言っておいて。

 強者を目指す餓鬼どもを殺し合いに仕向けておいて。

 

 純粋な強者には、真実を告げない。


 弱え餓鬼どもは、死と苦痛、憎悪、非情と罪悪を学ぶ。

 殺し合いの日々の中で、それは自然と身に着く。

 濁り、穢れ、汚れ。

 騙し打ち、蹴落とし、見捨てる。

 ダチの死。狩られる恐怖と苦痛。復讐に駆り立てる憎悪。そして、罪悪に穢れる心。


 それが、餓鬼どもを戦士にする。

 狡猾で、残忍で、(したた)かな戦士だ。


 ……バーゲンセールの騙くらかしに似ている、と思った。

 俺たち底辺が、日々の潰し合いでひいひい言っているうちに、多濡奇たちは才能にあかせて、武を磨いていた。

 淫崩は達人になり、俺なんかじゃ挑戦すらできねえ菌を舎弟にしていく。

 どんだけ知能が高くても、怪力でも、ソウジュクでも、餓鬼は餓鬼だ。

 大人たちが正しいって事をしたがる。

 強者を目指して潰しあう。

 ここは、そういうデス・ゲームの場所だと思っていた。

 全員思っている。


 あいつらだって、そう思って努力しているんだ。

 だから、差は開くばかりだ。

 だが、この差は、差こそが罠だったんだ。


 多濡奇は苦痛を知らない。

 恐怖を知らない。

 復讐を知らない。

 憎悪を知らない。

 罪悪を知らない。

 穢れない、世界で一番綺麗な花だ。


 だが、あいつがこのままここを出れば、死ぬ。

 あっさりと死ぬ。

 

 あいつは歌でヒトを殺せる。

 殺せるが殺すのを我慢している。

 本当は、歌うべきだ。

 ここで歌っておかなかったら、保育所を出ても、あいつは歌えない。

 淫崩みてえなダチができて、そいつが人質に取られたら、どうする?


 ああ、俺なら見捨てるぜ。

 俺は、多濡奇以外の奴なら、容赦なく見捨てる。それは、普通の餓鬼が自転車に乗るのを習うみたいな、通過儀礼だ。


 だが、多濡奇はどうだ?

 あいつは、「見捨てられない」だろう。

 ダチはおろか、そこら辺の餓鬼すら、犠牲にできないだろう。

 そうだ。

 

 死体喰いの言葉は正しい。

 くそ。

 正しいんだ。


 強いあいつは、保育所を出たら、あっさりと足を取られて、死んじまう。


 そう、死んじまうんだ。

 

 死と苦痛、憎悪、非情と罪悪を植え付ければ。

 奴は、他人を殺せるようになる。

 村人は死をまき散らす。

 あいつもそうなればいい、てのは分かる。

 

 だが、それは、『多濡奇』か?


 俺が、好きな多濡奇は、花のような女だ。

 花のように笑う女だ。

 色彩をふりまき、セカイに輝きを与える女だ。


 踏みにじられて敵意と憎悪に歪む、残酷を身に着ける、多濡奇。

 そんな多濡奇は、多濡奇なのか?

 そんなあいつを見て、俺は嬉しいのか?


「時間はたくさんあります」

 呆然とする俺に、悪忌はインギンに言って来やがった。

 俺は我に帰った。

 目を大きくひらいて、やつの紳士面に食い入った。


「俺は……!」

 言葉が出てこねえ。

 出てこねえんだ。


 死体喰いは、笑った。


「貴方も多濡奇さんも、まだ10歳です。卒業まで、後8年もありますよ」

 

 違う。

 その分だけ、奴は『甘やかされる』。

 歌の『我慢』しか覚えない。武術も、裁縫も、どんな知識も、甘さにまみれた死には、無力だ。

 

 くそ。

 弱いのは俺だと思っていた。

 死ぬのは俺だ。

 けど、違った。


「あんたは意地悪だな」

「屍鬼の子孫ですからね」


 俺は、死体喰いを睨んだ。


「……8年しかねえ、だろうが」


 死体喰いは満面の笑みを浮かべた。


「そうですね」

「俺は、どうすればいい? どうすれば、奴を救える?」

 

 死と苦痛、憎悪、非情と罪悪、こんなもん、弱い俺では無理だ。

 俺はヤツに植え付けるまえに、淫崩に殺される。


「そうですねえ……。まず、強くなることです。それが最低限、ですね」


 死体喰いは、その後、ナニゴトもなかったみてえに、三位一体だの、神と子と聖霊だの、処女懐妊だの、キリスト教あるあるを話し始めた。


 そんなもんは聴きたくねえ。

 俺が知りたいのは、どうやって強くなるか、だ。

 今のままじゃ、絶対無理だ。

 淫崩すら、差は餓鬼んころからひらきっぱなしだ。


 くそ。

 くそ。

 くそ。


 ……その日の授業は、上の空のはずだったが、妙に記憶に残った。

 

 そしてその夜、夢をみた。


 18歳になった多濡奇がいた。


 綺麗だった。

 髪は黒々としていて、瞳もきらきらと、透き通った光があった。

 純粋で、穢れも汚れも知らない。


 18歳だと何故か分かったが、16歳くらいにみえた。

 幼さが残る。


 多濡奇は、案件に向った。

 海を越えた。どこかの国で、黒人たちとやりあった。

 敵から逃げる。

 囲まれた。

 倉庫だ。

 錆のにおいがする。窓から光線が挿し込む。

 砂漠の陽がカレツだ。

 床を焼く。


 多濡奇は歌おうとした。

 が、歌えなかった。

 屠ろうとした男たちの中に、少年兵がいたからだ。

 戸惑って立ちすくむ、多濡奇に、俺は叫んだ。

「馬鹿野郎! 隙だらけだ」

 少年兵士の三日月刀が、あいつの鳩尾(みぞおち)にめり込んだ。


 あいつは血を吐いて、何故か微笑んで、きたねえ床に崩れた。


 馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎……!!!!!!


 強烈な悲しみが、俺を引き裂いた。

 馬鹿野郎は、多濡奇だ。違う、俺だ。

 俺が悪い。何故死体喰いの言葉を聴かなかった?

 何故できなかった?

 分かっていただろう?

 こいつは俺の聖女だ。満足か? 満足なのか? じゃあ、この悲しみは痛みはなんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? なんだ? 


 疑問は響く。反響し増大していく。


 【何故】


 それは俺の全存在を蹂躙する。


 【お前は】

 そして、トマトを踏み潰すみたいな。


 【この子を】



 俺をぺしゃんこにする、疑問が、真上から降り注ぐ。



 【見捨てた!?】


 心臓をぶち抜かれる衝撃に、俺の身体は腰を中心にして、びくんとのけぞった。

 ……俺は目が覚めた。


 朝だった。


 頬が濡れている。

 目が涙を流して、筋を頬に作っていた。


 俺は、初めて、夢で泣いた。

 

 腰、股間にキョダツを感じて、モノに手をやると、べとついている。

 10歳の俺は、その朝、初めて精をだした。

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