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復讐の決意

 なんでだ?

 なんで多濡奇が俺にキスしてるんだ?

 

 その時、俺は必死だった。

 舎弟に命令してたんだ。心臓を動かせ。

 平常運転に押し込めろ! てな。

 じゃねえと、多濡奇にも聴こえる。

 こいつの耳がいいのは常識だった。

 奇襲がきかねえ。仕掛けても歌で終わる。

 だから、こいつは保育所で一番強え。


 舎弟に心臓をまかせながら、俺は訳が分からなかった。

 例えばよ、俺は今ロシアに向ってんだが、このボーイングなんちゃらがよお、

 ハイジャックされるとするだろう。

 客はどう思う?

 分かんねえだろう。真面目に、あ、はい。ハイジャックされたんですね、なんて

思えるやつはいねえはずだ。

 戦場でもそうだ。腕が吹っ飛んだ。はい、吹っ飛びました、とかは思えねえ。


 だから、俺も、多濡奇にキスされました、とは思えなかった。


 意味も、意思も分からなかった。

 

 混乱する俺から、唇を離して、奴はむせた。

 苦しそうだった。俺は胸が苦しくなった。

 それは、死ぬとか、戦闘とか、そういうのとは違う痛みだ。

 しいて言うなら、そうだな。

 淫崩の豚野郎が、多濡奇を吐血させてたとき、あいつをぶっ殺したかった。

 あれと似ている。

 そうだ。俺はこいつが、俺のせいで苦しむとか、嫌なんだ。

 それなら、戦闘で惨めに笑われてるほうが、よっぽどましだ。

 それで、また気付いた。

 多濡奇は、俺を笑ったことが無い。

 何故だ。

 いや、今考えるべきは、心臓だ。こいつ、絶対聴いてやがる。

 抑えろ。

 幸せだとか、どきどきだとか、悲しいだとか、感謝だとか、全部抑えろ、

 舎弟、働け。


 やつは俺をじっと見て、また、回復薬を口に含んだ。

 期待と拒絶。

 口付けか。お前の柔らかい唇がまた俺に触れて唾液が入ってくるのか?

 俺はひだる神だ。病原菌の塊なんだぞ。お前はいいのか?

 お前は……。


 俺を嫌わないのか?


 疑問は全部押し込める。こんな期待、こんな幸福、悟られたら、俺は生きていけないだろう。

 誇りが喪われるだろう。

 

 多濡奇の口付けは続く。

 回復の因果は発動する。

 

 もう、いい。大丈夫だ。

 俺はお前に感謝している。


 助かったと言いたい。ありがとう、と言いたい。

 夢でしてたみてえに、笑いかけたい。


 唇がうごきかけたら、多濡奇は俺の脇に両手をはさみこんできた。

 体が触れる。

 近い。そのまま起こされる。


 やつは俺の呼吸が整うのをまって、じっと俺の目を見てきた。そらせない。

「歩ける?」

 相変わらず、透明な声だ。俺は返事をしなかった。

 今口を開いたら、俺は何を言い出すかわからねえ。

 そんな危機感があった。

 やつはため息をついて、俺の脇に肩を差し入れて、歩き出した。

 先は俺の部屋らしい。

 ……こんなことってあるか?

 夢じゃねえのか?

 こいつを守るって夢は、俺の願望だった。

 それがもっと欲しがりになって、俺はこいつに看護されたいとか、肩をあずけたいとか、

そんな乞食みてえな欲しがりになっちまったんじゃねえか?

 俺は混乱した。が、現実は現実だ。

 歩きながら、多濡奇の体温と、柔らかさを感じた。俺は胸が苦しくなった。


 部屋に連れてかれてベッドに寝かせられた。


 多濡奇は勉強机の前の椅子に座って、ぐるりと見渡す。


 小さな机、ライオンのポスター。

 服の山。

 

― くそ、片付けとけば良かった……!―

 と思っていると、奴は鼻から出血した。この状態の俺は、菌の抑制がきかない。

 駄々漏れだし、この部屋は俺の菌だらけだ。

 当たり前だ。


 奴は立ち上がり、部屋を出て行った。


 

 やっと、舎弟に命令を解除する。

 心臓が暴れた。

 内臓をかき乱す。肺を潰す。

 そんくらい、暴れた。

 顔に血が昇る。

 熱い。全てが、熱い。

 多濡奇のおかげで、回復は十分だった。

 が、多濡奇のせいで、俺は今までに無い苦しみを感じた。

 それは興奮だったし、自分を責める気持ちだった。


 なんせ俺は、あいつが部屋を出て行くときに、手を伸ばしかけた。


 行くな、と言いかけた。


 情けねえ。くだらねえ。


 畜生、しかも、これが一番情けねんだが、嬉しかった。

 嬉しかったんだ。幸福だった。

 幸福な俺が許せなかった。それは、俺を否定することだ。


 ノックがあった。

 俺は舎弟に助けを求めた。


「入るね」

 多濡奇が入ってきた。

 服の山から、俺が気に入っている赤のシャツを抜いて、奴は、裁縫を始めやがった。

 裁縫?

 何故だ?

 

 服が好きなのか?

 それがほしいのか?

 なら全部やる。


 が、すぐに違うとわかった。


 多濡奇が、俺をみたからだ。


 穏やかな、冷静な、天使みたいな慈みってやつが溢れる瞳で、俺を見てきた。


 そのとき、分かったんだ。


 キスは看護で、こいつが俺を助けたのは、気まぐれだ。

 裁縫は、ごっこ遊びなんだ。


 こいつは、優しく看護する遊び、をしているだけだ。

 

 俺の幸福も興奮も、胸の苦しさも、全部、空回りなんだ。

 俺はこいつが好きだ。


 だが、俺は弱いから、ただの遊びの道具でしかない。

 底辺で殺しあってたガキどもは、まだ俺をみていた。

 向き合っていた。命のやりとりをしていた。

 軽蔑や憎悪があった。


 こいつ、俺に、なんの感情も抱いていない。

 くそ。


 お前は俺を救い、乱し、幸せを感じさせて、それで。

 平然としてやがる。

 それが、強者か。


 多濡奇。

 俺はお前が好きだ。


 だがそれ以上に、俺はお前を憎悪する。

 全てを憎悪する。

 俺を幸福にした、お前を一番憎む。

 いつか、お前を屈服させてやる。

 俺の強さで、ぐうのねもでないくらい、こてんぱんにして、

 助けを求めさせてやる。


 俺は、お前に勝ってやる。



 俺はベッドに横たわったまま、首だけ曲げて多濡奇と目を合わせた。


 そして、

「……お前も潰してやる」

 と静かに言った。

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