ありえねえ奴
色盲とかじゃねえんだ。
けど、俺は赤か灰色しか感じねえ。
色が「そこについている」のは分かる。
分かるんだ。
昼間の空は青い。雲は白い。
夜が近くなると黄色みがかって、雲は紫や金になる。
お陽さんは、白から、赤になる。
で、俺は赤だけ、ああ、赤だな、って思うんだ。
それが俺だった。
ガキん頃からだ。
俺は奈崩という。
先祖は、ひだる神だ。
分かるのはそんだけだ。
おやじもお袋も顔なんか知らねえ。
生きてんのか、死んでんのか、そんな事は関係ねえ。
だってよ、俺は村人だからだ。
歯のねえ頃から、保育士にヨーグルトを口に運ばれてた。
それで体が強くなった。
ひだる神は、ヨーグルトがなきゃ強くなれねえし、生きること自体無理だ。
逆に、ヨーグルトさえあれば、何もいらねえ。
飯だけじゃねえさ。
仲間も、友情とか愛情とか、そういうクソみてえなもんも、いらねえんだ。
餓鬼の俺はまず、ヨーグルトで免疫を強くされてから、風邪を引かされた。
3歳の頃だったか。
冬にな、熱い風呂に入れられて、茹でダコにされた後、保育士の沙叉に体を拭かれて、
「因果に耐えなさい」
と耳に囁かれたんだ。
気色がわりいと思った。喜んでいる。
興奮している。
それがどういう事か、俺はすぐに分かった。
外に出されたからだ。
雪が降ってきて、髪がばきばきに凍った。
服は着せられてたからな、凍死はしない。
けどよお、朝までそのまんまだった。
まつ毛の先まで凍りながら、雪景色ってやつを、ずっと見続けたんだ。
いや、見てたのは雪じゃねえな。
空だ。雪を降らせてくる、灰色の闇だ。
雪が降ってくるんじゃねえんだ。
とんでもねえ数の、ひらひらした雪ごと、灰色の闇に飲み込まれていく。
そんな感じだ。
ああ、灰色だなって、俺は思った。
で、朝になってよ。
保育所んなか入れられて、その日はヨーグルトは貰えなかった。
すげえきつい。
細胞っつうのか?
わかんねえけどよお、手が葉っぱになって、水が抜かれていく感じだ。
高けえ熱も出た。
赤と灰色に、目の前が染まって、で、気がついたらよお。
ヨーグルトが口にあった。
俺はぐったりして、首は沙叉の膝に乗ってたんだ。
目は半開きだった。
俺は回復した。
熱は下がってた。嘘みてえだろ?
だが、それがひだる神ってやつだ。
でさ、なんか、どうやら、知らねえやつが、いるんだ。
俺の体の、どっかにいる。
喉と鼻にいる。
そいつは、縮こまっている。
生き物みたいだ。何だこいつ? 勝手に俺の中に入りやがって!
ざけんじゃねえ!
感情が爆発した。
俺は大きく息を吐いて、途端、大仏顔の沙叉がくしゃみをしやがったんだ。
「おめでとうございます。それが、貴方の因果です」
俺は納得した。
そうか、こいつは俺の舎弟だ。
俺が怒るとこいつは外に出て、風邪を引かすんだ。
俺がいた村の保育所はよお。
俺みてえな餓鬼がごろごろいた。
どいつもこいつも、どっかの神やら妖怪やらの子孫ってやつだ。
俺はヨーグルトだが、血が吸えないと死ぬ奴もいたし、あずきばかりといでる癖に、いきなり襲いかかってくる奴もいた。
人間を食いたい、て気持ちに衝き動かされるらしい。
脚がめちゃめちゃ速い奴もいた。
で、そういう奴ら全員で、殺しあうわけだ。
奴らはどいつもこいつも、そいつしかねえ力を持っている。
それが因果ってやつだ。
けどよお。
俺には、舎弟しかいねえ。
例えばだ。
目が合った途端、鼓膜潰して喉に噛み付いてくる奴を風邪ひかせて、どうしろってんだよ?
だから俺は沙叉に頼んだ。
強え舎弟をくれってな。
それが5歳の時の話しだ。
「死ぬかもしれませんよ」
奴は言ったが、俺は構わねえ。
だってよお。風邪ひかせるしか能がねえんなら、どっちみち殺されるんだ。
俺は気合を込めて、沙叉をがんみしてやった。
気合が通じたんだろう。
奴は、ため息なんかつきやがって、薬棚からごそごそ取り出した。
黒いアンプルだ。
「明日、生きていたら、この菌の名前を教えて差し上げます」
今教えろよ、とぶっ殺してやりたかったが、そんな余裕はなかった。
鼻が熱い、と思って手で押さえたら、どろっとした赤が垂れていた。
蛭みてえだ。
俺は、ああ、赤だなと思った。
膝から力が抜けて、保健室の床に崩れた。
黒いアンプルのそいつは、三日三晩俺の中で暴れやがった。
一晩過ぎた朝、沙叉が俺が生きてんのを確認して、何かを言ってきたが、俺の耳は聞いていなかった。
チューブのヨーグルトをとにかく吸って、吸いまくることに精一杯だった。
見苦しい。みっともねえ。
けど、構わねえ。
どんだけみっともなくてもよお。俺はこいつを舎弟にして、保育所のナメた野郎共に、血を吐かせてやる。
その反吐を見たらよお、俺は、ああ、赤だと思うんだろう。
俺は笑いながら、みっともなくヨーグルトを吸って、血反吐を吐き続けた。
が、結局そいつは服従しなかった。
くそ、むかつくぜ。
三日たって、とうとうヨーグルトを吸う力もなくなって、死に掛けてたら、沙叉が抗生物質を打ってきやがった。
「貴方には早かったという事です」
畜生。畜生。畜生。
俺は強く歯を噛んだ。視界は灰色に滲んだ。
保育所には、俺以外にも、ひだる神がいた。
豚みたいな顔した淫崩って糞女だ。
そいつがひだる神だって分かったのは、あいつが廊下で、別のガキに、血を吐かせていたからだ。
それは、俺が望んだやり方だった。
この豚野郎は、豚のくせに、俺ができない事をする。
畜生。
血を吐いたガキは、廊下にうずくまり、痙攣を続けて、動かなくなった。
死んだわけだ。
ガキを殺した淫崩は、当然って顔をしてた。
豚のくせに女王みてえな顔しやがって、俺の事を見向きもしないで、横を通り過ぎていった。
そうだな。
俺はびびってたんだ。それも許せなかった。
畜生畜生、と呟き続けた。
廊下も、外の闇も、色はあったが、俺には灰色だった。
ただ、ガキの吐いた血は赤くて、俺は、ああ、赤だな、て思ったんだ。
俺が6歳の時だ。
淫崩の豚野郎の隣の部屋に、餓鬼が越してきたんだ。
いや、もともと保育所にはいた。
ただ、隔離されていたってことだ。
危なすぎる因果を持つやつは、物心ってやつがつくまで、隔離される。
じゃねえと、他のガキどもが、全滅するからだ。
俺は警戒した。
どんな奴が、来るんだ。
強え菌は、何も舎弟になってねえ。
が、遊び半分で潰してきやがったら、俺は牙をむく。
喉だって噛み千切ってやる。
そいつは、沙叉じゃねえ保育士に手を引かれて、こっちに歩いてきた。
黒く、真っ直ぐな髪だ。
眉毛が、長くて、端に行くにつれて、少し下がっていた。
目はつぶらで、不安そうで、黒目がきらきらしていた。
鼻も口も、柔らかそうだった。
頬が少しばかり、上気していて、赤くて、俺は、ああ、赤だな、て思ったんだ。
肌は肌色で、やっぱり柔らかそうで、首も細くて。
薄い緑のワンピースで、歩くたびに裾がひらひら揺れて、お陽さんをきらきらさせていた。
俺は唖然とした。
つまり、そいつは、灰色じゃなかった。
色彩ってやつが、そいつにはあったんだ。
違う。
俺は、そいつに、色彩を感じたんだ。
あいつだけが、このくそったれな保育所で、世界で、色彩があった。
鮮やかだった。
だから、俺がそいつに一番初めに覚えた感情は、憎悪だった。
なんで、お前だけが、そんなに
……綺麗なんだ?
て、思ったんだ。
そいつの名前は、多濡奇といった。
俺と同い年の駆他で、セイレーンの子孫だった。




