ソバカスのソフィ
「顔だけ見りゃあ、20代半ばの女だった。
長袖の白ニットに、ダークグレーのノースリーブコートを重ねていたな。
インディゴブルーのデニムジーンズに、黒革のロングブーツだ。
スラブあたりの金持ちの愛人がしてそうな身なりだった。
両耳のイヤリングはダイヤだったな。カラットもでかくて、切り方にも品があった。
耳たぶが厚いわりに孔は小さかったからな、薬をきめなくても、抱いたら天国行けそうだなって思ったぜ。
ブロンドを束ねて右肩にかけてたんだが、揺れ方も色っぽかった。
そうだな、あの女にはロマ族かと思っちまうような明るさがあったな。
ジプシーは踊りが好きだから、今にでもステップを踏みそうな空気は、あの女に合っていた。
目も鼻も気が強そうだったが、頬のソバカスが強く、愛嬌を感じたな。
女の肌は白くて、耳の下に産毛がうっすら生えていて、抱いたらごわごわしそうだなと思ったよ。
この街に長い事いれば、陽が染みてくるもんだが、そんな感じはなかった。
だから、短期滞在の観光客かと思ったよ。
麻薬にハマる目じゃねえ。
後ろめたさも飢餓感もねえ。
金持ちとデキて、地中海のお日様でも楽しみ来た若い女、と言われても納得できる余裕加減だった。
つまり俺たちみたいな屑加減は、どこにも見当たんなかった。
だからよ、驚いたぜ。
俺はその時上等なタバコをくわえてたんだ。
週に一度、一番だるい日に、俺は上等なシガレットをくわえる。
それがジャンキーになり下がった俺の……まあ、今は関係ねえな。
とにかくそのシガレットは時間かけて、ゆっくり肺に入れて味わおうと思っていたんだ。
けど落としちまった。
もちろんそんなもんは拾えばいい。
が、俺は拾えなかった。
目の前の女から目が離せなかったからだ。
女は俺がシガレットを落とす前にこう言ってきた。
『純正のヘロインを70㎏欲しいのです』
てな。
70kgつったら、2億5千ペソだ。円なら20億円だ。
俺はスラブ女にからかわれてる気がしてきた。
女は小首を傾げた。
『取引を重ねなければ、売ってはいただけませんか?』
酷く悲しそうな言い方だった。
俺は、ああ、もしかしてちょっと頭が飛んでる女なのかな、と思った。
つまりスラブの田舎からバルセロナにやって来た女が、前の日にクラブではめを外して、酒とか薬とかが残ってるのかな、とか思った。
まあ、何にせよ上客にはなる。
『信頼も実績もあった方がいいけどな。要は金だぜ、セニョリータ(お嬢さん)』
そう言ったら、女は上目遣いで笑いながら、イヤリングを外したんだ。
外す時の首の傾げ方がやっぱり色っぽくてな、しかもソバカスがきらきらするんだ。
だから俺は逆に混乱した。
なんで、この女はこんなに、嬉しそうなんだ? てな。
女は視線を俺から外さない。
ダイヤのイヤリング、それと財布から取り出した名刺を2つ、俺の手に握らせた。
財布はペーターペトロフのチャコールグレーの長財布だったよ。
俺はそん時女の手を見た。
まず、女が財布から名刺を取り出す時に、ちらりと見た。
白ニットの袖口から、逆十字の入れ墨がのぞいたんだ。
ロシアではネオナチもどきが流行っているって話は聞いていた。
田舎もんが都会に憧れてまず真似するのは、ロックだ。
逆十字位、ロックにかぶれる印としては、大したことじゃない。
シド・ヴィシャスの真似して首に南京錠はめるのとそう変わらない。
常識的にはそうだったんだがな。
そもそもヘロインを70kg買いたいとかぶっ飛んだことぬかす女だ。
大したことじゃない。
けどな、異様だったんだ。
刺青はそこまで手は込んでなかった。
なんならもっと腕のいい野郎を紹介してやってもいいくらいだった。
そいつもジャンキーだからな、俺が紹介してやれば、割引もきくだろう。
だが、そういうのではなかった。
刺青の周りの皮膚だけがな、40代だったんだよ。
俺も仕事柄、女の肌は色々見てきた。
だから、種類もそれなりに分かる。
女の肌っつうのは酒と一緒だ。
若けりゃいいってもんでもねえし、古けりゃいいってもんでも、もちろんねえ。
だが違いはある。
女の手は、間違いなく40代だった。
他は女ざかりの20代なのにな。
『これは、信頼のための手付けです』
女はそう言った。
俺は、2つのイヤリングをまじまじと見て、名刺をお日様にすかしたりした。
名刺には、ソフィ・ロマノスキーって名前と、携帯電話の番号が書かれていた。
『この名刺、焼いていいか? イヤリングは店に届けておく』
『焼き滅ぼしたいのですか? 全てを。貴方も』
女は楽しそうに訊いてきた。
この時ぴんと来たよ。
こいつは本物で、関わったらヤバいヤツで、ヘロイン70㎏相当の金は持ってるってな。
『違う。あんたを守るためだ。俺がパクられて、名刺からアシがついたら困るだろう』
『つまりアシがついたら困るくらいには、取引は成立しつつあるのですね?』
女が嬉しそうに訊いてきたもんだから、俺は頷いた。
『ボスには連絡する。大きな取引になる。あんたの身元も色々洗うだろう』
『存分にどうぞ』
女はとても幸せそうに答えた。
満ち足りたっつうのかな、場に似合わない笑顔だったよ。
俺は目を逸らした。
見てられなかったからだ。
『今晩、別のもんがあんたに連絡する。エルパスティスの件って言うから、覚えといてくれ』
って、俺は言った。
言うまでもねえが、エルパスティスっつったら、ケーキだ。
ま、ジャンキーにとっては麻薬もケーキも変わんねえからな。
女は了解して、新市街の方に歩いて行った。
俺はヤツが角を曲がって消えるまで待った。
それから、組の奴らに連絡をして、イヤリングを渡して、色々引き継いでから、部屋に戻って名刺を焼いた。
いい商売がなだれ込んできたってことだし、ダイヤはでけえし、本物だ。
女は囮捜査ってわりには話が下手過ぎる。
つまり本当に買いたい。
何も『困ったこと』は無いはずだった。
もしあるとしても、俺には関係ねえ。
俺はただの窓口だ。
残りは組がやる。
ということは、頭では分かってたんだがな。
何か、ひでえものに触れた気がした。
こんなのは薬を『打たれた』時以来だ。
だからひでえ不安な気持ちのままにな。
パエリア作って飲みながらヤク売ってバッドトリップして、もっと苦しんでから、寝た。
起きたら夜になっていた。
あの女の事を考えながら、とりあえずヤクきめようと思って、準備して、さあ打つぞって思ったら、あんたたちが乗り込んできたわけだ。
まあ、これが、俺の知ってる一部始終だ。
訊きたいことがあったら、何でも訊いてくれ。
俺は包み隠さず答える。
死にたくないし、正直、拷問はもう懲り懲りだからな」
ミゲル・ランゲルの独白は終わった。




