作戦会議
十三聖教会と接触した晩、僕と先輩はいつも通りの夕食をとった。
食事というものは、いつ如何なる時でもしっかり取るべきものである。
けれど僕は妖狐の末裔なので、そこまで食事という物を必要としない。頓着もしない。
実際、休暇で漫画家として連載を抱えていた時は、365日、3食コンビニ(稲荷寿司)だった。
クリスマスも元旦もバレンタインデーも土用の丑の日も関係無い。
まあ、出版社の人に、フレンチとかご馳走になると、素直に美味しいしありがたいと思う。
僕がこうなのだから、先輩ならもっと頓着しないんだろうな、と思ってたら、違った。
いや、誤解しないで欲しい。
彼女を悪く言うつもりはない。
志骸先輩は、白雪姫を具現化したような超絶美少女である。
だが、性格は一言で言うと、「オレっこ」だ。
第一人称が「オレ」なのだ。しかも手練の爆弾魔である。
判断力に優れ、仕事に厳しいが、面倒見は良いと思う。
……そういう先輩が、食事などに頓着するだろうか。
むしろ365日チョコレートバーとオリーブオイルで良いとするのではないのだろうか?
というのが、ここバルセロナに来るまでの、僕の印象だった。
けれどそれは全く違った。
「まあ、食えよ。冷めるぞ」
先輩はそう言って、白磁の小皿に盛られたプルポ・ガリエーゴの蛸にフォークを刺して、そのまま口に運んだ。
プルポ・ガリエーゴは蛸のガリシア風である。
茹でたジャガイモと蛸をオリーブオイルとパプリカで味付けしたもので、じゃがいもの黄色がかった白と蛸の赤のコントラストが綺麗だ。
先輩手製なので、オリーブオイルを大量に混ぜる、というか油のなかに具があるような惨状になりそうなのだが、そんな事はない。
多分彼女一人ならそうなるのだろうけれど、僕に気を使ってくれているのは分かる。
しかし、蛸のポーションが大きい。このため先輩はその薔薇の蕾のような口を大きく開いて、かぶりつくのである。正直萌える。アニメーションっぽい。
「あ、はい。いただきます」
手を合わせて小皿に一度分け、それから口に運ぶ。
バルセロナは魚介類が新鮮だ。蛸も例外ではない。甘みと旨みが口に広がる。
味付けの加減も、パプリカがアクセントとなって、海の幸の歓びを引き出す。
「小奇麗な食い方だなあ。まあ、それがお前か」
先輩は呆れたような感心したような顔をして、瞼を薄く落とす。
僕が十三聖教会との初接触で及第点を取れたのを、よほど嬉しく思ってくれているみたいだ。
表情が一々優しい。
ちなみに彼女の口元は、蛸の塊をほお張っている。
僕が1個噛む間に、すでに5個飲み込んでいる。
さすが、ご先祖さまが大食漢の妖怪だけある。
「癖です。すいません」
「いや、謝るとこじゃねえよ」
と言いながら、先輩はハモン・セラーノの皿にフォークの先を伸ばした。
ハモン・セラーノは白豚の生ハムである。
これはちゃんと薄切りだ。塩気が心地よく、柔らかい。
彼女は一度刺して、パスタみたいにクルクルと巻く。やはり大きく口を開けて、油と共に流し込む。
まあ、油は先輩にとっては酒だから、気にすることではない。
僕も、はい、と返す。
「昼間のよお」
「はい」
「敬虔な奴らはよお、栄養足りてるってえ感じじゃなかったなあ」
「十三聖教会ですか?」
「ああ。目に覇気がねえ。武は感じたが、月並みだわな。男も女もな。で、よお、仮にあいつらが強えやつらでよ、戦闘になって、まあ、オレが敵わなかったとする。どうしてた?」
「先輩を抱えて逃げます」
「食材ぶちまけてか?」
「はい」
「……そりゃあ、もったいねえなあ」
先輩は微笑んだ。
室温は変わらないのに、部屋が温かくなった気がする。
まあ、食事とはそういうものだ。
「案件が優先ですから」
「まあな。……ここまでで、2週間か。160万人くれえの街で週末ほっつき回って、2人。九虚的にはどうよ?」
「平日は、先輩も俺も学校ですからね。彼らを探して回ってるってわけでもなく、遭遇というのは、結構な確率だと思います」
「正解。蟲と同じだ。1匹いりゃ、100匹いる。まあ、2匹だから200匹だな」
彼女はそういって、あどけない手つきでブニュエロス・デ・バラカオにフォークの先を伸ばした。
ブニュエロス・デ・バラカオは、鱈のすり身の揚げ物である。チキンナゲットの鱈版と言っていい。
先輩の調理したこれは本当に鱈をすって作っているので、甘みが違う。
僕も頂く。すり身なのに程よく弾力があり、旨みが弾ける。
「九虚がよぉ」
「はい」
「こなしてきた、案件では、どうやってた? こういう日の後」
「所持品、服装から居場所を割り出して強襲します。で、拷問担当が吐かせます。それから、親玉との駆け引きですね」
白雪姫は堪える仕草をした。何とか口のものを飲み込み、それから盛大に笑い出す。
僕は眉をひそめる。
「……おかしいですか?」
「ああ、すまねえ。いや、それがお前の現場だったもんな。お前が悪いわけじゃねえが」
彼女はそこで一度言葉を切って、くっきりとした涙袋の上の目じりに浮かんだ滴を、ぬぐった。
ぬぐう人差し指も仕草も、とても幼い。
「随分と脳筋なやり方だなあ」
「そうですか」
「ああ。まあ、お前のは清清しいとも言えるやり方だが、今回は違う。カルト教会だからな。例えばどこどこの川原にきて下さいっつっても、全員集合はありえねえ。もっとジメジメした戦いだ。しかも今回は逆忌のおっさんが殺られてる。そいつがあっち関係だったら、目もあてられねえ」
「先輩の中では、ありえますか? 十三聖教会が、村人を殺す程の人材を取り込んでるって」
見かけ12歳の爆弾魔は黙った。
アバス・ア・カタラナに食指を伸ばす。
ちなみにこれは豚の血を混ぜたカタラーナソーセージを、そら豆と香草で煮込んだものだ。血の独特の臭みが香草で消されて、コクがでて旨い。ソーセージの弾力がやはり爆弾みたいに口で弾ける。
僕もこれを頂きながら、回答を待つ。
「……取り込むのが宗教の仕事だからな。十三聖教会の高位聖職者の実力次第じゃねえか、と思ってたんだが、違うかもなあ」
「理由は」
「顔がな。お前は見てねえが、覇気がなかったからなあ。村人ぶっ殺すくれえの奴とよ、組んでる感じじゃねえなあ。ま、手首の逆十字も、入れて長い感じでもなかったからなあ」
「つまり、向こうも余裕がない。けれど、武に覚えのある者を寄越してきている。危険を察知しながら、荒事も踏まえて、200人かそれ以上で、何かを探している」
「そういう事だな。それがオレらの学者なら、万々歳だ。だが、勝手に探されて持ち帰られても困るからな。最低限の接触は取らねえといけねえ。だから、楽しく餌を撒いたのさ。そういう訳で、待ちと受けなら、待ちだな。オレらは敬虔なる十三聖教会様の襲撃を待つ。まあ、清々しいのはこっちから仕掛けるってえ奴だがなあ。今回のメンバーは、無条件殺戮の多濡奇、細菌兵器の奈崩、で、あいつらには見劣りするが、爆弾どっかーんのオレだ。対多人数戦闘の専門が呼ばれてる」
そこで彼女は一度言葉を切り、分厚いチョリソーを3本まとめて口に放り込んだ。
とても幸せそうに噛みしめ、油と共に飲み込んでから、続ける。
「……九虚は完全受け専だがなあ。内気な女には、お前くらいが丁度いい。分かるだろ? 女ってのは、下手に追うと逃げる。手順を追って、向こうが近寄ってきたら、そっと腕を掴んで抱きしめてやればいいのさ。それがいい男ってもんだ。今回は臆病なカルトだからなあ。並みの女より、逃げられたら扱いづらい。しかも一回ぶん殴って壊滅させてっからなあ。だから、こっちから動いても、そんな旨くはねえんだよ。ま、思わせぶりな男が動かねえと、女は気になるもんだ。こっちは大きく構えてだな、敬虔なるカルト様の襲撃を待とうぜ」
……先輩は今日、カルトの武力担当達に写真を撮らせた。村は旧ソ連時代に、彼らを一度滅ぼしている。その頃の記憶を受け継ぐ者が、先輩の写真を見たら、気づくのだろうか? 僕らが村人だって。
「食いつきますかね。写真撮らせただけで、襲ってくるとか、どうなんでしょう」
「人を鑑るのも宗教の仕事だからな。少しづつ、お近づきになってこうぜ。潜入案件っつうのは、忍耐だからなあ。切れた方が負けって状況が多々ある。……とりあえず、明日からだな。敬虔な奴らは結構な数で、この街に来ている。つうことは勿論、九虚、お前の大学にもいるわけだ」
「ですね」
「それで、何を探してるのか、今んとこわかんねえからよお。……奴らが、何を消したかを探した方が早いかもな。消したのが決まってるのが、学会ビデオだろう。他にも『消して』いるはずだ」
志骸先輩は、そう断言して、その雪のように透き通った頬から、表情を消した。
不思議な事だが、12歳、まあここでの設定は9歳、の先輩は、素で考え込んでいる時は、一人の成人女性に、一瞬だけど見えたりする。その姿は妖しいほど艶やかで美しい。ちなみにこういう事を書くと感情の古傷が痛むので、控えたいとは思う。
「ま、それは明日からの話だな。逆忌のおっさんをぶっ殺したのが羽根野郎だとして、ほぼカルトじゃねえってことで、揉め事は大分、分かりやすくなった。結構な収穫だ。そのうち、近々カルトと羽根野郎のどんぱちがあるかもしんねえしな。どういう雲行だろうが、知っといて損はねえ。むしろ、知らないうちに終わってた、てのが怖いな」
……僕は納得した。
つまり、この人は、十三聖教会を生贄にして、羽根の人の情報を集めるつもりだ。
カルトよりも、羽根の人の方が、学者に近い。これは明らかだ。
「ぶつかりますかね」
「十中八九な。ま、俺らは高見じゃねえ、ぎりぎりの見物させてもらおうじゃねえか。楽しいよなあ」
……楽しくない。けれど、こういう事を楽しそうに言える先輩は頼もしい。
そしてこの先輩と、ぎりぎり、を越えてしまった時……、彼女を救うのは僕だ。
自然と気合がみなぎる。
「……はい」
息を深く吐くように低く返事をした僕に、先輩は微笑んでくれた。
黒目がちな瞳の光はとても温かい。
彼女は席をたち、身の丈の何倍もある冷蔵庫の冷凍部分を開く。
クレマ・カタラナの大皿を両手で持って、戻ってきた。
ちなみにクレマ・カタラナは、スペイン風のクリームブリュレである。
一度焼いたカスタードクリームが濃厚で、表面の茶色のキャラメルが香ばしい。
日本ではカタラーナと言われている。
僕は嫌いではない。けれど……。
先輩は、やはり無邪気に大口を開けて、ブリュレをぱくつく。そして尋ねてくる。
「なんだ、食わねえのか?」
僕は頭を下げた。
「すいません。腹、限界です」
「……食わねえ男は育たねえぞ。だらしねえなあ」
言葉ほど本気で言ってないのは穏やかな表情から見てとれるけれど、地味に傷つくのも事実である。
先輩の大食いは因果とも言えるレベルだけれど、こんなちょっとした所で、男を下げたくないのだ。
でも勿論顔には出さない。
「すいません」
「気にすんな。……洗い物はお前がやれよ」
僕は勿論了承する。
だって、今晩の料理は(いつもだけど)ほぼ全部、先輩が腕を振るったものだからだ。
僕は横で細々と野菜を切ったり、高いところから食器を取り出したに過ぎない。
何よりも、彼女は洗い物が億劫なのである。
だからこれは、正常な役割分担と言える。
……洗い物をしながら、明日の大学の事を考える。
例えば、十三聖教会の高位聖職者といきなりはちあわせて、「教化」を使われたら、僕はどうするのだろうか。どうなるのだろうか?
そして白雪姫な彼女に、何をしてしまうのだろうか?




