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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):現在まで
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春霞の桜

 4年という時があっという間に過ぎた。

 

 この間にも変わらず、能勢さん一家は遊園地を訪れ続けてくれていた。

 奈亜ちゃんは5歳から9歳になったけれど、やっぱり案内センターの常連。

 彼女はわたしに手をひかれたいばかりに、わざと迷子になる(ふし)があった。

 これはちょっと困る。


 そう、困るくらいの、愛着。


 わたしを見上げてぱあっと笑顔を作る彼女の、黒い瞳は美しい。

 能勢さんご夫婦のおしどり具合も変わらなかった。

 

 図らずも淡い憧れを抱いてしまうくらいの、おしどり具合だった。


 わたしは村人である。

 死を歌うセイレーン。

 休暇といえどもこの事実を忘れることはない。


 けれど、村人とか普通のヒトとかの区切りが馬鹿らしくなってしまうような眩しい何かが、彼らの笑顔にはあったのだ。



 ……一家が事故に()ったのは、この春先のことだった。

 

 その日、たまりまくっていた有給と代休を無理やり取らされて、する事もなく暇の極みだったわたしは、DVDでも借りようかと、近所のケオに(おもむ)く。


 ケオは家電量販店の2階にあり、エスカレーターに乗る前に、大量のテレビ画面たちが、ずらりと並んでこちらに画像を示していた。


 いつもは特に目もくれない。

 けど、その日は違った。

 

 わたしの目は画面に釘つけになる。

 勤続4年の遊園地と、能勢さん一家の名前が、液晶の右端に貼られていた。

 

 中央では、桜の花弁たちが雪のように舞っている。

 慣れ親しんだ桜並木。


 その前で、2台のステップワゴンたちが、先っぽを溶かしあいながら交わっていた。

 

 モニターたちの前で、わたしは立ちすくむ。

 口は半開き。


 14台のモニターたちはどれもこれも同じ映像で、謎の非現実感を覚えた。

 口腔から水分が急速に喪われていく。

 

 思わず、

「のせ、なあ、……ちゃん」

 と(つぶや)いてしまった。


 ※※※


 この事故で、彼らを乗せていたステップワゴンは大破したが、能勢さんご夫婦に大きな怪我はなかった。

 奈亜ちゃんの心臓は停止した。

 体質的に、シートベルトの圧力に耐え切れなかったのだ。


 すぐに蘇生の措置がとられたが、彼女の小さな脳への血流は、数分間途絶された。

 結果として彼女は昏睡に引きずりこまれることになる。


 

 ……と、まあこんな感じで、奈亜ちゃんはあの春の日以来、昼夜を問わず、この病室のベッドで眠り続けている。


 わたしは彼女を見舞いたかった。

 が、どうしてもできなかった。


 勤務は秋まで続けたけれど、遊園地の光景から、彩りのようなものが抜けてしまったような感覚、喪失感にさいなまれるようになる。


 でも何故だろう。

 出勤時は思ってしまうのだ。


 今日こそは、奈亜ちゃんがきてくれるかもしれない、と。


 もちろんそんな事はない。

 奈亜ちゃんがいるのは病院だ。

 彼女の一家は遊園地に『来たから』事故に()ったのだ。


 ……という事実に耐え切れなくなったわたしは、村に依頼を出した。

 この4年間の休暇が楽しすぎて、案件をいくつも断っていたから、必要になったら出すというのはかなり都合が良い。


 けれど、わたしは耐えられなかったのだ。


 奈亜ちゃんの喪失に。

 罪のない幸福が喪われることに。


 ……案件を引き受けるので、依頼を申請したいと言うと、境間さんはすぐに、

「九虚君を派遣しますね」

 と言った。

「多濡奇さんも噂は聴いたことがあるでしょう。新約聖書レベルの治癒能力者です。大船にのったつもりでいてください」


 この後に、境間さんは九虚君という治癒能力者との合流日時をわたしに告げた。


 なんでも彼も休暇真っ最中で、今すぐとはいかず、一週間ほど待たねばならないらしい。

 けれど、わたしは安心した。


 大丈夫。

 因果は絶対だ。

 つまり、奈亜ちゃんの回復は約束されたのだ。


 ……約束の日。


 わたしは4年間の歳月を過ごした遊園地で、精一杯、これでもかとコミカルに踊り、跳ね、手を振り、ゲストたちをもてなした。

 汗だくになってシャワーを浴び、着替えて身支度(みじたく)を整え、事務所に戻って、部長に辞表を提出した。


『多濡奇さんにお願いする案件は海外になります。身辺の整理をしておいてくださいね』

 境間さんの言葉に従った行動だった。

 

 海外案件に出る時点で、『着ぐるみ係りの32歳女性』の記録は、戸籍ごと抹消される。

 それは悲しむべきことではない。


 村人にとっては、当たり前のしきたりなのだ。

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