奈亜ちゃん
わたしが勤めることになった遊園地は多摩丘陵にあった。
境間さんから
「根回しは完了しましたから、面接を受けてくださいね」
という手紙をカラス便※で受け取り、リクルートスーツ姿で指定された施設に向かう時の事だ。
わたしの心臓は早鐘を打ちっぱなしだった。
面接という言葉にめちゃくちゃ緊張している。
もちろん境間さんが根回しをしてくれたのだから、わたしが何をしようが、それこそブレイクダンスとかやらかしても、受かるのは分かっている。
けどやはり緊張するのだ。
銃を構えた敵100人に囲まれた方が、まだましと言えるくらいに。
地下鉄から乗り継いだバスが丘陵に沿ったカーブを上がっていく。
わたしは後部座席の窓側に座り、リクルートスーツの肩を窓枠に寄せながら、車外に広がる景色を眺めた。
ひたすら住宅街。
向こうにビルの群れ。東京タワーも小さくその突端を覗かせている。
眺め的にはとても地味だ。
紹介された遊園地の名前は耳にしたことはあったし、ネズミーランドとまではいかなくても、それなりの動員数を誇っているのは知っていた。
けど、こんなに、繁華とは無縁な、うら寂れた場所で営業していて、夢の国でも花のお屋敷でもないのに、どうしてそんな動員数を誇れるのか。
そんな不思議と不安を覚えた時、バスがカーブを昇りきった。
視界が開ける。
真っ直ぐな桜並木。
その奥にメルヘンチックなパステルカラーの建物たちが見えた。
ジェットコースターに観覧車。
ウニヴァーサルスタディオを嘘月と訪れた時の緊張と高揚が、胸に温かく甦る。
― 遊園地だ、なあ。ちょっと、いやかなり好き、かも。―
バスは遊園地の名前を冠した停留所に到着。
わたしはそこから地図を頼りに、職員通用門に向かって歩く。
平日のために車のまばらな駐車場を横切る時、黒のステップワゴンが一台進入してきた。
停車。
お子さんを抱えたお母さんが助手席から降りてきた。
佃煮ノリのキャラクターみたいな、ちょっと垂れた鼻と丸眼鏡、ハの字を描いた眉の女性。
胸にかかえている女の子は5歳くらいだろうか。
ほっぺたがふくふくとしていて可愛らしい。
運転席から降りてきたのはお父さん。
ちょっとお腹が出て、髪も薄いけど優しげな男性だ。
女の子がお父さんに両手を伸ばし、だっこー、とねだる。
お父さんは笑う。
お母さんも。
すごく微笑ましい。
わたしは立ち止まり、ゲートに向かう彼らの後ろ姿を見送りながら、面接を頑張ろう、と思った。
ちょっとリラックス。家族連れに感謝である。
……そしていざ臨んだ面接。
わたしは再び緊張してしまい、がちがちになって噛み噛みの問答を繰り返し、特技を訊かれて
「踊れます!!」
と小さく叫んでリクルートスーツでブレイクダンスをして面接官、事務部長にどん引きされた。
が、受かった。
境間さんの根回しは完璧。さすが村の助役さんである。
教習期間を経て、ゴールデンウィーク前の平日に着ぐるみデビュー。
まあ、ひよこの被り物は普段から装着していたので、視界には慣れたものだ。
が、熱い。
でも、楽しい。
ゲートをくぐって入園してくるゲストたちに、両手のひらを向けて、全力で手を振る。
動きはコミカルで大げさに。
これでもかっとウェルカムの気持ちを伝える。
― あ。この前のご家族だ。―
ふくふくとした頬の女の子を胸に抱えたキリギリス顔のお母さん。
隣のぽっちゃりお父さん。
わたしは駐車場で和ませて頂いたお礼も込めて、全力でコミカルに踊る。
『最近ダンス覚えました!!』
のたすきをかけているので、多少派手に踊っても問題はない。
ちなみにこのたすきは、面接時のダンスを見た部長のアイデアだ。
「ミミィちゃん、ミミィちゃん」
と、きゃっきゃと笑う女の子。
自然と巻き起こる拍手。
凄く嬉しい。
それは世界がキラキラするほどに。
ちなみにミミィちゃんはこの遊園地のマスコットキャラクターである。
ネズミーランドのミニーちゃんのぱくりキャラクターと揶揄されるが、歴史はどっこいどっこいだ。
一応、中の人などいないという触れ込みだが、実は複数いる。
今回採用されたわたしもその1人だ。
ゲストたちに手をふりながら敷地内を練り歩き、コミカルかつ茶目っ気たっぷりにパフォーマンスをしているうちに、交代の時間になった。
遊園地のバックヤードは西の外れにある。
その見捨てられた防空壕のようなひっそり感あふれるドアの前に、小さな人影を見つけた。
朝、きゃっきゃと笑ってくれた女の子だった。
あの時の笑顔はかけらもなく、握った拳で目をごしごしするみたいに、しくしく泣いている。
悲しくなる。
周囲を見渡すと、人はいない。
通常こういう場合は係員、ヘルプスタッフにサインを出して引き継ぐのだが、誰もいなかった。
実は、わたしの不安はちょっと的中していたのだ。
この遊園地は夢に溢れているけれど、お金には溢れていない。
経営成績は赤字転落のぎりぎりを水平飛行している。
人だって足りないのだ。
という事で、わたしは彼女を案内センターに案内することにした。
このセンターは迷子のちびっこたちの駆け込み寺である。
が、案内した先でも、スタッフがではらっていた。
わたしは困った。
声をかけて名前をきいたり、大丈夫だよと言ってあげたりしたいが……。
センターにきても、一層泣きじゃくる彼女の前では、そんなことはできない。
中の人などいないのである。
ちびっこの夢はいかなる場合でも壊してはならない。
それは新任着ぐるみ係としての、わたしの信念でもあった。
なので、とりあえずコミカルさに全力を傾けて踊ったりする。
踊りながら、朝の嬉しい気持ちを思いだしてほしいと願う。
そんなダンシング着ぐるみのわたしを見上げてきょとんとする女の子。
泣くことを忘れて、けたけたと笑う彼女の黒く濡れた瞳は、とても可愛らしい。
わたしは物凄く嬉しくなって、何故か。
……淫崩が生きていて、髪の黒かったころの、天真爛漫な須崩の笑顔を思い出した。
悲哀が胸をこみ上げた時、女性が案内センターに飛び込んできた。
「うちの奈亜はいませんか!?」
お母さんである。血相を変えている。
彼女を認めて、とことことこっ!!
と一生懸命に走る女の子。
―可愛い。奈亜ちゃんというのかあ。名前も可愛い、なあ。―
お母さんはほっとしたような怒ったような顔をして、両膝を床につけて、奈亜ちゃんを迎える。
素晴らしい光景だと思った。
……そして、わたしはこの光景を、定期的に目にすることになる。
何故か。
奈亜ちゃんには失踪癖があるからだ。
お母さんの目をぱっと外れては、思いもしない所をさまよったりする。
つまり彼女は案内所の常連であった。
おかげでフルネームも覚えてしまった。
彼女の名前は能勢奈亜ちゃん。
わたしが28歳でこの遊園地に就職した時、彼女はまだ5歳だった。




