嘘月の遺言
敵のアジト。ウォーターパークにて。
「今から歌います、ね。これは、雪解けの歌、です」
響き渡る清冽なる旋律。わたしの心は旋律に高揚し、陶酔する。
歌い終えたころには、館内は巨大な棺となっていた。
中々の手練たちが立ちはだかったが、歌で殲滅。
味方の避難は確認していたから、放送室を制圧、敵をまとめて屠るべく歌って任務は完了。
嘘月と合流。
彼は味方の避難誘導、破壊工作を担当していた。
「ま、最後の仕事にしちゃあ、簡単すぎたけどな」
と、案件の帰り道で彼は笑った。
少し寂しげな笑顔。
嘘月は32歳で死ぬという呪いを受けた一族の末裔だ。
そして彼は来月で32歳。
と、寿命が真近にしてはさばさばとしている。気持ちの良い筋肉ダルマだ。
わたしは彼とも寝たが、炭焼き小屋のフラッシュバックがそこまできつくなかったのは、この男の人徳かもしれない。ぶっきらぼうだがとても優しい。
案件の顔合わせ時に頼み込んで抱いてもらったのだが、
「本当は嫌なんじゃねえか」
と心配してくれたり、
「無理にあれしなくても、オレはお前を守るぜ」
とか、本気で言ってくれたりした。
炭焼き小屋のトラウマのために、人間関係に臆病なわたしでも、嘘月とは友人関係を続けたい、と思った。
が、彼の余命は一ヶ月だ。
これは因果の定めである。避ける事はできない。
悲しくなったわたしは、何かしたいことないの?
と帰り道に訊いた。
「遊園地ってやつによお。行ってみてえなあ」
と潤んだ目で照れ笑いされた一週間後、わたしたちは大阪の遊園地に赴いた。
ウニヴァーサルスタディオというハリウッド映画のテーマパーク。
嘘月はもちろん、わたしにとっても、それが初めての遊園地だった。
わたし達はそこでアトラクションに並び、コースターに絶叫し、3D眼鏡の立体映像に驚愕したりした。
大きな骨付き肉にかじりつき、シェイクを飲みながら音楽の溢れる空間を闊歩。
びっくりしたのが、着ぐるみ達がわたし達に手を振ってくれたことだ。
筋肉だるまの嘘月は怖いし、わたしは基本『他人の視線から外れる』体質だ。
が、着ぐるみたちがわたしを認識できたのは、遊園地特有のわくわく感にわたしが当てられていたのか。
あるいは、彼らの愛らしい仕草に、魅力を感じたのか。
まあ、両方だろう。
開園から終園まで楽しみまくり、ちゃんとパレードも3回見終わったわたしの隣で、嘘月は巨大地球儀を見上げた。
「思い残すことはねえなあ。つうかよお。生まれ変わったらよお。ここで働いてみてえなあ」
「うん。わたしも働いてみたい。まあ、ここじゃなくても良いけれど」
「じゃあ、働けよ」
「え」
「俺の分も働け。でよお。笑わせてやれよ。かっちんこっちんだった俺たちをよお。着ぐるみの野郎どもが笑わせてくれやがったみてえに、よお。おめえも笑わせてやれ。色んな奴らをよ」
何言ってんの、とごまかしたかったが、嘘月の目は真剣だった。
わたしは、
「うん。まあ、落ち着いたら頑張ってみる」
と言って、地球儀を見上げた。
それが7年も前の話だ。
嘘月は遊園地の3週間後に寿命を迎え、村の共同墓地に埋葬された。
わたしは彼の墓参りに赴く暇も無く、目白押しの案件で、ヨーロッパ、中東、アフリカ、知床、那覇、香港と飛びまわり、気がつけば3年という月日が流れていた。
修羅をひたすら歩み、おびただしい生を歌で屠って、ふっと案件が途切れた。
「多濡奇さんが頑張って下さったおかげで、村はしばらく安泰です」
「良かった、です」
嬉しそうな境間さんに、わたしは心からの笑顔を作った。
この人の優雅な感じは、何年たっても変わらない。
「どうですか。しばらく休暇をとってリフレッシュされませんか」
「リフレッシュです、かあ」
「はい。普通のヒトの仕事でもしながら、英気を養うのも良いですよ。多濡奇さん、貴女が望むのならば、わたくし境間がどんなお仕事でも手配して差し上げましょう」
境間さんは左手を背に隠し、右手のひらを胸にあてて、そう言った。
執事さんみたいだ。
― 普通のヒトのお仕事、かあ。ー
わたしは上を見上げる。
ふと、亡き嘘月と眺めた巨大地球儀の輝きが、脳裏によみがえった。
「着ぐるみ係りをやってみたいです」
「はい?」
「ネズミーランドとか、ウニヴァーサルスタディオで手を振っているあれです。ローカルの遊園地で良いので、着ぐるみ係りとして働きたいです」
……こうしてわたしは遊園地で働くことになった。
それが4年前。
わたしが28歳の春のことだった。




