わたしが望んだ告白
結局、淫崩の報復を遂げることはできなかった。
……いつでも機会はあったはずだったのだ。
でも機会を逃してしまった。
あの日、須崩に両膝を屈しながら泣いた。
奈崩の駄目押しの恥辱、被せられた下着にもなすすべがなかった。
結局わたしは負けたのだ。
彼を葬るのならあの時しかなかったのに……。
須崩への罪悪感に潰れてしまった。
頭蓋に溢れ返る憎悪に楔を打ち込んだのは、須崩の存在。
復讐に燃えていた時は彼女のことなど、すっかり忘れてしまっていたはずなのに。
そう、わたしは食堂に向かい奈崩の前で仁王立ちをして呪悔の歌を歌いかけるまで、欠片も彼女のことを思い出さなかった。
でもその須崩の存在が結局、楔になった。
そしてその時まで奈崩に抱いていた激烈な憎悪は、絶対的な自責の念に換わってしまったのだ。
それに、炭焼き小屋と食堂で屈服した相手を襲うのは醜い気もする。
なりふりを構わなくなるには、色々なものが喪われ過ぎていた。
そもそも全てはこの身が招いた因果である。
奈崩はというと完全にわたしへの興味を失ったようで、結局保育所を出るまでわたしと関わることは無かった。
思うに、彼の視界をいつも占めていたのは、淫崩だったのだろう。
彼女は卓越した斑転だった。
凛凛しい人だった。
奈崩がわたしを暗い目で睨んでいたのも、わたしが彼女の隣を独占していたからだろう。
因果の誇りゆえに人生の長さを半分にしてまで挑まざるを得ない相手が、淫崩だった。
わたしのぐだぐだで、彼は生き延びる事になった。
けれど、駆他がもっと村人らしい村人で、こんなへたれじゃなかったら、彼は十中八九死んでいた。
つまり彼はそれでも良かったということだ。
恋を募らせたゆえの無理心中的な行動。
それがあの夜の彼の行為について、わたしが至った結論だった。
わたしを蹂躙したのは、おまけ、に過ぎない。
こじつけが過ぎると思われるかもしれない。
でもそうではないのだ。
この推測に確信を与えた事実は、彼が卒業まで須崩を守り続けた事である。
……あの日以降、わたしたちひよこ三姉妹はひよこ二姉妹になってしまった。
さらにわたしは奈崩に関する一部始終を須崩に打ち明けてしまった。
それは罪悪感に促されるままに。
打ち明けたのはあの夜から一週間も経ったころだったろうか。
居室に引きこもって出てこない須崩を訪れた昼下がりだった。
締め切ったカーテンの隙間から、静かな秋の陽が差し込むその部屋で、須崩はベッドの隅に膝を抱えてうずくまっていた。
わたしは酷い痛みを胸に覚えながら一連の因果を告げる。
彼を密かに助けていたこと。
そのせいで彼は生き延び、力を手に入れてあの夜を引き起こし、淫崩を滅ぼしたこと。
胸を潰す痛みに関わらず、言葉はわたしの口から驚くほどよどみなく流れた。
「……ごめん。あたし、多濡奇姉ちゃんを、許せない」
全てを聴き終わった後の長く沈黙の果てに、彼女はわたしにそう告げる。
とても静かな声だった。
静かすぎて言葉が薄暗い部屋と一体化したみたいな感覚を覚える。
「そう」
「……淫ねえも許してないと思う」
「うん」
「だから、あたしは。淫ねえの分も、多濡奇姉ちゃんを許さない」
「そう」
わたしたちは沈黙した。
カーテンの向こうには光が溢れている。山林は紅に色づき始めていた。
― だからこそ。こんなにも喪われている。 ―
わたしは須崩に背を向ける形で、ベッドの端に腰を下ろす。
薄く明るい天井を見上げながら、こんな時淫崩だったら彼女にどういう声をかけるのだろうかと思った。
が、全く思い浮かばない。
そもそも、多濡奇として、須崩に声をかけるべきなのに。
淫崩がいないわたしは本当にダメダメだった。
ため息の代わりに歌が漏れそうだったので、唇を真一文字に閉じる。
と、後方からとぎれとぎれの嗚咽が聞こえた。
肩越しに振り返ると、須崩が抱えた膝に顔をうずめて、心音は悲哀と喪失を刻んでいた。
わたしは腰を上げる。
ベッドの上を膝立ちで彼女の傍らまで歩み寄り、右手でそっと須崩の白く柔らかな髪を撫でようとする。
と、ぱしっ、と振り払われた。
わたしの右手が受けた衝撃はとてもささやかなものだった。
けれどだからかもしれない。
胸の奥に刺すような痛みが新たに加わった。
「……出てって」
顔をあげずに、呪うように言う彼女に、
「うん、分かった」
とうなずいて、そのまま部屋を後にする。
― 望んでいた言葉だった。わたしは責められたかった。けれど、何故こんなにも、痛い、のだろう? ―
……それが須崩とちゃんと言葉を交わした最後だった。




