屈服と喪失
奈崩のつりあがった眼から一瞬、感情が消えた。
その心音は失望と落胆を刻む。
何故かは分からない。
男という生き物は生物学的に雌に交尾を試みたがるものだ。
このことは知識として把握していた。
またその後の生で、わたしは嫌という程、男の性欲というものに接する事になる。
けれど、その瞬間の彼には、高揚も恍惚も衝動も何もなかった。
でもそれは一瞬のことで、心音はすぐさま別の感情を刻み始めた。
支配と暴力を根拠とする快楽。
言葉にするならそんなものだったと思う。
奈崩は無言で彼の横1.5mの地べたに転がる椅子にしゃがみこんだ。
それから背もたれを掴んでクルクルと回しながら立ち上がる。
向かい側の生木を背に立ちすくむわたしを向いて、無造作にそれを放った。
椅子は小屋の闇を綺麗な放物線の軌跡を描いて、4つの脚は、すとん、とわたしの左隣に着地した。
とても自然だった。創世の初めからそこに収まることが運命つけられているような、自然な着地だった。
「使えよ。脚、開くだぁろ」
意味が分からなかった。
映像学習で接していた普通のヒト達も、超音波でのぞき見てしまった年長の子たちも、みんな横になって重なりあっていたのだ。
立ってするなどと想像もつかなく、わたしは途方に暮れた。
奈崩は舌打ちをしつつスカートを指さす。
「時間がねえだぁろ? ……脱げ。下だけでぇいい。そんで左脚を椅子に乗せろ。たぁく、なんでぇ、俺がココまで言わなきゃなんねえんだぁよ?」
わたしは無言でうなずき、エレのスカートのファスナーを下ろした。
そのまま脱いで生木の上に置く。
それから下腹部を覆うカルバンクラインの下着に親指を差し入れて下にずらす。
刹那、布の優しい肌触りに、何故か震えた。
けれど動揺する時間はもうなかったので、脱ぎ終わった下着をエレのスカートの上に置く。
夜の大気が下腹部を冷やしていく。
冷やすというより、体温よりももっと大切なものが、剥かれていく気がした。
わたしを成していたものを言葉にするなら、尊厳となるのだろうか。
喪われていく尊厳に、わたしの無意識は追いすがる。
けれど容赦なく消えていくそれは悲哀となり悲哀は旋律になり、わたしに歌う事を要求した。
けれどもちろんそんなことはできず、代わりに体が足が腕が自然と細かく止まる。
そういう刻むようなためらいを幾つも幾つも抜けた果てに、ようやく、左脚を椅子に乗せた。
奈崩をむく。
体感的に恐ろしいほどの時間がかかったはずだが、彼は特に何も言わなかった。
せかす事もない彼の足元には無言で脱ぎ捨てられたジーンズと下着。
視線は横に伸ばした左手の指先の、検尿管に注がれていた。
彼のそれは硬直していたけれど、心音に感情はない。
初めて彼を手当した夜に聴いたリズムを、ふと思い出す。
悲哀が胸の奥をこみ上げてきた。
同時に、闇にたたずむ奈崩にわたしは毒虫を連想する。
何故かは分からないけれど、そう感じてしまうことも、とても悲しかった。
……その晩、わたしは、奈崩に屈服した。




