ありえない夢
任務:幻の神花、謎の敵の情報収集。
オペレーション:潜入工作員としての生活基盤の確立:継続中
短期オペレーション:ホームスティ先の家族と良好な関係を深める。
夢を見た。
色んな意味で不安になる夢だった。
たまにだけど、わたしは夢の自分と、覚醒時が違いすぎて不安になる。
ええと。
うーん。
これはどうしたものか。
なんなのか。
でんでん。
と、ええと、とか、うーん、とか、なんなのかとか、でんでんとかばかりを延々と繰り返すのもどうなのかと思う。
まあ、単刀直入に言ってしまえば、ガブリエルさんの夢を見たのだ。
おかしい。
これはかなりおかしい。
という訳で、情報を整理しようと思い、わたしは寝ぼけ眼を再び閉じた。
カーテンの隙間から朝の光と、小鳥たちの鳴き声が届く。
ついでに自身の心音にも集中する。
ミリアさんの足音がするがあまり気にしない。
必要なのは集中である。
心音はいつもの朝、起床時と何ら変わりはない。
基本わたしは朝は弱い。
気だるいテンションで、まず天井を見つめる。
夜中に何度も起きるのが昔からのくせだけど、その夜は朝までぐっすりと眠れた。
イングニス邸の天井はクリーム色の板張りだ。
欧米の住宅にはたまに見かけるタイプ。
しかし欧米人というのは何故こんなに原色というか、くっきりとしたカラーを好むのか。
ちなみに外国人から見ると日本家屋は茶色と草色らしい。
茶が木で草が畳という。
話がそれた。
もう、このまま逸らしていたい。
が、思考をまとめる必要がある。
何故わたしはガブリエルさんの夢を見たのか。
昨夜は彼から告白された。
が、わたしには好きな人がいると告げた。
もちろん九虚君のことだ。
同じ案件に臨み全てを託せる人。
不死の因果の持ち主の彼なら、わたしや、奈崩、志骸が死んでも、ちゃんと生き残ってくれる。
わたしたちが託す命のバトンをちゃんと未来につないでくれる。
だって、それが九虚君だからだ。
でも別に案件を共にするというだけが、わたしが彼に恋をしている理由ではない。
彼はあの山小屋の夜から救ってくれた。
でももし彼が救ってくれなくても、わたしは彼に惹かれていた。
振り返ればとちゃんと分かる事だ。
昨夜だって淫崩のCDに耳を傾けつつ、九虚君の漫画を読みながら眠りに落ちたのだ。
眠る前、ピカソキャラクターが見開きで
『ゴンザレス!!!!!』
と絶叫するその大口を、人差し指の先でなぞったりしたのを覚えている。
この時はガブリエルさんのガの字も頭に浮かばなかった。
浮かばないことにどこかで安心をしていたのかもしれない。
現地人に必要以上に肩入れするのも、村人としては原則的に危険だからだ。
もちろんその塩梅は各村人に任されている。
それはそうだ。
村人は悪の組織の怪人だし、共食いのような環境を生き延びて大人になった者たちだけど、機械ではないのだ。
感情はちゃんとある。
食人の因果を抱える者だって、一般人の少女をかばって死んだりする。
そういう死に方をする村人をわたしは何度も見てきた。
どういう死に方であれ案件で死ぬのは村人の自己責任だ。
その死に方も含めてばば様は死亡確率を彼女の因果でたたき出すし、境間さんはメンバーを組む。
昨日は辛かった。
カラカスの皆さんの優しさに温かい孤独を感じた。
ジャイカの業務に対しても疑問が膨らんでいた。
その孤独と疑問をガブリエルさんにぶつける形になった。
彼は受け入れてくれた。
まあ、中央マフィアの首領である。
器が大きいのはこれまでの関わりで分かっていた。
が。
何故だ。
……夢ではわたしはシモン・ボリバル空港に向っていた。
九虚君に著しい危機が迫っていたからだ。
それはひどくおぞましい、おどろおどろしい、『手』だった。
腸がむき出しになった巨大な死人の手が、彼を包んでいた。
あれはおそらく、わたしの中の『ユダ』のイメージなのだろう。
十三聖教会は新約聖書の時代の人、イスカリオテのユダが遺した教会だからだ。
その教会が九虚君を取り込む。
彼は不死と治癒の因果を血に宿す。
代わりに、非暴力の因果を抱える。
まあ、そのサポートのための志骸なのだけれど、夢には現れなかった。
わたしは気をもみながら、ジャイカ、イングニスさん、セント・ソフィア病院といった潜入任務に関わる全てをほっぽりだして、バルセロナに向った。
航空機の窓の向こう、大西洋の上空は嵐の雲が渦巻いていて、わたしは宮崎氏のアニメーションを思い出した。
多分寝言で『バルス』とか呟いたかもしれない。
まあ、それはこの際関係ない。
で、バルセロナ空港に着いた。
わたしは迷わず地下鉄に飛び乗り、バルセロナ大学に着いた。
実際に行ったことはないけれど、中世の城のような外観、教会のような神性が溢れる中庭。
午後の日差し。
これは夢にも関わらず非常な現実感を伴っていた。
九虚君は夥しい敵に囲まれていた。
わたしはその全てを屠った。
現実のわたしはベッドで詠春拳の動きをしていた……かもしれない。
よく床に転げ落ちなかったものだ。
というのはともかく、というより、枝葉にそれがちなのは、認めたくないからだろう。
だが、考えねばならない。
考えるにはまずは向き合うことだ。
わたしは夥しい敵の全てを屠ってから、九虚君に抱きついた。
強く強く抱きしめた。
そして彼を見上げる。
……。
ガブリエルさんがいた。
驚くような、とても嬉しそうな顔をして、にかっと白い歯を出して笑った。
そう、昨日のあの顔だ。
色気の溢れるいつものすかした顔ではない。
ちょっとおどけた感じのあの笑顔だ。
反射的にわたしは彼の手首を右手で掴んだ。
重心を下げ、懐に潜り込む。
長い股の間に左足と左手を差し入れ、
「なんで貴方なの!!」
と叫んで、右の手首を引っ張りながら、背中全体を使って、彼の体を夜空に投げ飛ばした。
……のと同時に、ベッドから転げ落ちて、肩と頭をしたたかに打った。
まあ、それは良い。
村人にとって戦闘は日常茶飯事。
痛みなど慣れている。
問題は何故彼が夢に出てきたか、ということだ。
加えて、わたしはかなりの大声で叫んでしまったらしい。
横隔膜の鍛錬を日ごろ意識している成果か、煉瓦くらいは粉砕可能な肺活量をわたしは持っている。
この肺活量で、かなりの大声を出してしまったらしい。
ミリアさんがドアを叩いている。
「雫! 大丈夫? 雫?」
と、ドアの向こうから聞こえてくる。
木製のドアも叩かれている。
さすがに昨夜のように破壊されることはないと思うが、扉を開けないとまずい。
が、問題は。
わたしの顔だ。
心音は正常だ。気だるい刻み。
なのに、わたしの頬は……火照っている。
理由は分からないが、かなりの真っ赤っかになっているはずだ。




