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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):カラカス2
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バリオス巡り

 夜のバリオスは静かだった。

 それもそうである。


 飲食店といった施設がない。

 新鮮な食材を格安で卸すマーケットはあるが、もちろん24時間営業などではない。

 娯楽が無いのだ。


 煉瓦作りの段々畑。

 入り組んだ階段。

 たまに広場があり、言い訳のように、若く細い木が植えられている。

 

 ルートは蛇行を繰り返すけれど、一応車輌が通行できる路もある(雨が降ると崩れるらしい)。

 路沿いには意外と車がたくさんある。

 よく都市部で見かける60年代のアメリカ車たち。


 ええと、なんだったっけ。

 武士は食わねど高楊枝。

 車好きな男に収入は関係ない。

 愛する車があればそこに命以外の全てを注ぎ込む習性。

 これは万国共通らしい。


 でも車にかける情熱のほんの少しでも、うんちとか生ゴミの山、環境衛生に注ぐことができれば、ここで育つ子どもたちも幸せになれるのに、などと思ってしまう。


 ……どうやら昼間の綿貫雫の思考が夜まで響いているらしい。

 うんちだろうが生ゴミだろうが、雨で土砂崩れが起きる無計画な宅地造成だろうが、全てはバリオスの人々の選択だ。


 それに口出しするのは傲慢というものだろう。


 - 上から目線は嫌になるなあ。-


 と思いながらガブリエルさんの背から視線をそらす。

 ちなみに彼の背は、まあ、背もだけど、月光に映える。

 筋肉のつき方が程よく実用的なのだ。

 無駄のないしなやかな豹のような背。

 まくりあげたTシャツの裾から覗く地黒の肩はたくましい。

 なんというか、どこから見ても絵になる人だ。

 彼が横恋慕していたという姉貴分さんも綺麗な人だったのだろう。


 花嫁姿を蜂の巣にされたのは不憫(ふびん)だけど、色々な人に愛されて幸福の絶頂でその生が終るのは、正直、うーん、分からない。


 わたしは村人だ。

 案件でもない限り花嫁衣裳という物を着る事は無い。

 村には結婚という制度はない。

 子どもを作るしきたりは細分化されているけれど、村は村全体で1つの家族のようなものなのだ。


 でも。正直。

 花嫁衣裳には憧れてしまう。

 キラキラしているから。

 わたしが絶対に着ることがないものだから。


 こんな事を思いながらガブリエルさんの背から視線をそらした先。

 煉瓦の家、鉄格子の窓の向こうからうめき声が聴こえた。

 女性の声。

 若い。快楽を帯びている。


 - お盛ん、だなあ。-


「娯楽がねえからな」

 ガブリエルさんが、足を止めずに言う。


「生き物としての正しい形ですね」

「男は酒と麻薬と女くらいしか楽しめるもんがねえ。ま、女からしたら男だな。で、男も女も浮気ばっかするし、気も荒いもんで、刃傷沙汰ばかり起きる」


 なるほど。

 男女関係のもつれは万国共通か。


「ガブリエルさんは」

「ん?」

 肩越しに振り返る彼を見上げる。

「たくさんの人と楽しんできたのですか?」

 

 ガブリエルさんの心音が戸惑いを刻んだ。

「俺はそこら辺が不器用でな」

「色男のくせに」

「いや、女受けはいいんだが、一対一になって付き合ってもすぐに振られるんだ」

「……なるほど」

 

 ガブリエルさんの長い指が彼の黒髪に差し込まれた。

 わたしはその動きが優雅だと思った。

 彼は『優雅』を演出していない。ただ自然に振舞う。

 過去の女性経験を訊かれて色々と嫌なことを思い出し、頭を掻く。

 それだけなのに、どうしてこうも魅力的なのだろう。


 - 九虚君がいなかったら、寝たくなるんだろうなあ。-


「こういう会話で、まじまじと見られると照れるな」

 

 彼は目を逸らす。

 照れ具合が愛嬌がある。

 なんとなく姉貴分さんの気持ちが分からないでもない。

 つまり彼女は彼にちゃんと魅力を感じていたのだろう。

 

 その事を伝えてあげたら彼は何を思うだろうか。

 悲しむのか。喜ぶのか。両方か。

 でも何故かわたしは言いたくなかった。

 意地悪になってしまった。

 だから代わりに言った。


「行きましょうか。もっとこのバリオスを見て回りたいのです」



 ……と、こんな感じでこのスラムの街を行くこと1時間。

 この間に79の夫婦たちが愛を交わす声を聴く。

 21のカップルが殴りあいの喧嘩をして、うち7は女性が男性をめった刺しにしかけていた。

 色んな意味でラテン系だなあ、と思う。


 ちなみに立派だなあと思ったのは、ガブリエルさんが刃傷沙汰は漏れなく止めに入っていたという事だ。

 これは中央(セントロ)を取り仕切る首領(ボス)としての責任らしい。

 

 首領というよりも世話焼きおじさんの方が適当な気もするが、彼の尊厳に関わる話なので黙っておく。


 1時間も歩いていると、さすがに鼻の奥も下水や生ゴミや立ち込めるアンモニア臭にも慣れてくる。

 代わりに夜風を感じるし、星星の煌きも感じる。


 バリオスの夕方、家々の窓から色とりどりの明かりが漏れる。淡い淡いイルミネーション。

 けど夜も更けると人々は(ねや)に入り愛を交わすか、大喧嘩の後に不貞寝するかで、街の灯りは消える。

 

 そして上空の星星がその存在を増すのだ。


「星が綺麗ですね」

 わたしは真っすぐ見上げた。

 夜空。雲のない満天。

 都市部の光に少しかすんでいるけれどくっきりとした煌めき。


 ガブリエルさんが不思議な顔をした。

「不思議だ」

「え」

「多濡奇さんがロマンティックだ。俺は明日死ぬらしい」

「……今、死にたいですか?」

「いや、勘弁してくれ」


 こんな軽口を叩き合いながらグアイレ川のそば、バリオスのふもとに至る。


 一台のジープが止まっていた。

 ガブリエルさんの心音が誇りを刻んだ。


「これは俺の愛車だ」

 

 - 男の車好きは万国共通。ガブリエルさん、もかあ。-


「素敵なジープですね」

 わたしは話を合わせる。


「仕事で使うからな。メンテナンスは怠けねえ」

「仕事、ですか? マフィアの?」

「バスだよ。俺の表の仕事は、バリオスのバスの運転手だ」


 ジープがバスだとか、バス代わりのジープを運転するガブリエルさんとか色々意外で、わたしは思わず、おお、と嘆息してしまった。

 これにガブリエルさんは眉ねを寄せる。


「変、か?」

「いいえ。素敵です」

 お世辞ではない。わたしは心からそう思った。

 亡き方々の意志を継ぎ、中央(セントロ)を取り仕切る。

 夜はアンジェラちゃんの散歩がてらに見回りをし喧嘩は仲裁に入る。

 昼はジープでバリオスの人々を目的地まで運んであげる。

 おそらくガブリエルさんのことだから、大きな荷物なども持ってあげたりしているのだろう。


「素敵ですよ。ガブリエルさん、貴方と同じ位」

 わたしは二度言った。

 伝えたい、と思ったからだ。それは心から。

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