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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):カラカス2
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心細さは大の敵

「ありがとうございます」

 わたしは心を込めて、そう言った。

 目に感情を込めて、じっとアールオさんの瞳を覗きこんだ。

 

 彼は一瞬、毒気を抜かれた。

 間を外された、というのだろうか。


 武に覚えがあるものが、たまにする技に、『ただ歩く』というのがある。

 ステップ・インではない。

 対峙する相手が想定をしているのと違うリズムで、相手の懐に入り込む。

 

 効果的にはそういう物だったのだろう。

 が、狙った訳ではないのだ。

 わたしは本当に感謝をしていた。

 媚びたいとかではなかった。


「媚びるのか。東洋人」

 アールオさんは上目遣いにわたしを睨んだ。

 おでこに深く長い皺が走る。


-うーん。『チーノ』じゃなくて『東洋人』だからなあ。気配りされると照れる、なあ。-


 と、わたしは場違いな困り方をした。


「いえいえ、本当の気持ちです。それに」

 そこでわたしはセナイダさんに目配せした。

 彼女の顔は明らかに困っていたが、心音は、……少し、面白がっていた。

 おそらくアールオさんは日常で、ざ・俺についてこい! なのだろう。

 毒気を抜かれた彼を見る機会など、そうそうないに違いない。


「それになんだ?」

「とても、奥さんの事を見てらっしゃるのですね」

 目に怒気を込めたアールオさんに、わたしは賞賛をもって応えた。

 彼のような芸術家肌は、理屈よりも、全体的な空気で物を考える。

 波長、オーラといっても言い。

 わたしはオーラを観る占い師ではないが、感覚は鋭い方だ。

 これでも村人である。


「どういう意味だ?」

「キャベツについて、仰りたい事がたくさんある、『理由』をわたしなりに考えてみたのです」

「ほう」

 彼の心音が興味を刻む。

「病院としてはまず、栄養のバランスを考えます。お体に合う食生活を提供するのが、わたしたち栄養士の勤めです。出来れば美味しく召し上がって頂きたいです。この点も留意して、メニュー、調理法を選択します。わたしたちは、提供できる最上の物を提供することを考えますし、実際にそれを行っています。ですが」

 わたしはちらりとアルメイダさんを見た。

 でしゃばり過ぎかと思ったのだ。

 もしそうなら、今止めて欲しい。


 が、アルメイダさんは頷いた。続けて、というサインだ。


「ですが、アールオさんは、というよりも、セナイダさんが望まれていたのは、違ったのですね」

「お前は何が違うのか、分かるのか? 俺の、妻の考えが」

「コンソメ」

 

 アールオさん、セナイダさんのお2人の、心音が揃って跳ねた。


「牛コンソメを鯖の煮込みに使用していました。キャベツにもです。組み合わせとしてはそれが一番ベネズエラの方々の舌に合います。が、それではどうしても、牛を恋しく思ってしまいます。アールオさんは、バランスと仰られていました。個々の料理については、誠意は伝わっていると、手前味噌ながらわたしは判断しております。問題は、食事全体の印象です。コンソメの後味に、どうしても牛が恋しくなる。寂しさを覚える。セナイダさんのお顔を見て、アールオさんは、バランスが悪い、そう判断をされたのでしょう」

 我ながら長い。

 まどろっこしい。

 要は、牛のコンソメが悪かったのだろう。

 が、丁寧に話す必要があった。アールオさんのような方は、正論を突きつけるよりも、丁寧に話して誠意を伝える、つまり、話すことが大事なのだ。

 

 遊園地で迷子で泣いている子供に、ここはどこどこで、どういう警備体制が敷かれているから危険はないと説明するより、笑顔いかけてあげた方が、泣き止みやすい、みたいなものだ。


 アールオさんの目を見る。

 大きく見開いていた。

 

 今のうちである。

 わたしはたたみ掛ける。


「アールオさんのお言葉で、気付かされました。今後のメニューに反映いたします。ありがとうございます」

 わたしはアルメイダさんにもう一度、目配せをする。

 彼女の出番だからだ。


 アルメイダさんは、少し呆然としていた。

 間を2拍置いて、我に帰る。


「こちらとしても至らぬところがありました。コンソメは鳥のコンソメに変更します。また何かございましたら、ご意見ご要望、お待ちしております」

 冷静なアルト。

 良かった。アルメイダさんもクールダウンしてくれた。

 

 こうして、第2回怪獣大決戦は終了した。


 アールオさんに腕を抱かれて出て行くセナイダさんの心音は、安堵を刻んでいる。

 おそらく前回の入院では、もっと凄い破天荒なやり取りがなされたのだろう。

 謎の東洋人がいることで、場の空気が幾分でも緩和されるならば、綿貫雫としても、やりがいを感じるものである。


 面談室を去りざまに、アールオさんは立ちどまり、振り返った。


「おしゃべりな女はスペイン女だけではないのだな。それだけ話すことができるのなら、大事は無いのだろう」

 検査の事だ。

 わたしは感謝の微笑みを口元に浮かべた。


「ありがとうございます。問題はありませんでした」

「東洋とここは違う。足元には気をつけることだ」

「はい」

 セナイダさんも何かをわたしに言おうとしたが、アールオさんに引かれて行ってしまった。


「雫」

「はい?」

「泣きたい」

 振り返ると、アルメイダさんが大粒の涙を、彼女の美しい眼にためていた。

 唇をぶるぶる震わせて、鼻の頭と、下唇の下に皺を作っている。

 

 びっくりした。


「どうしたんですか?」

「なんであいつ、貴女とはあんなに気が合うのよ? 悔しい。差別だわ」


 わたしはとても困った。

 気が合うのよ、というのは、気が合ったらいいな、という意味だ。

 彼女なりに、精一杯アールオさんと意思疎通を図っている。

 けど、確かに難しいのだ。


 わたしは自然と、彼女の首に抱きついた。

「大丈夫ですよ。彼はただ、不安なだけです」

 できるだけ、柔らかく言うと、アルメイダさんの肩が震えた。

 そう、アルメイダさんも不安なのだ。


 ……本当に、似たもの同士だなあ、と、アルメイダさんの体温を感じながら、わたしは思った。

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