クリスマス妄想
MRIという機械の乳白色に、わたしは故郷の村に積る雪を思い出した。
一晩止むことなく降った雪は、こんな感じのこんもりとしたフォルムになる。
なめらかな曲面を描く、生クリームみたいなぽってりとた筐体。
この空洞からはみ出た検査台に仰向けになる。
と、台はゆっくりと筐体の空洞に侵入する。
わたしはオーブンを思い出した。
電磁波の手違いでチンされたらわたしは死んでしまうな、と思うが、もちろんそんな事はない。
オーブンでやかれて白いこんもりに包まれるもの……と言えば、ケーキだろう。
わたしは赤ワインでコンポートにした無花果とチョコレートの生地で作ったタルトにヴァニラ・アイスを添えたものが好きだ。
コンポートというのは煮るという意味だ。
タルトの三角の先をフォークで切り離して、アイスも乗せて口に運ぶ。
無花果のプチプチとした食感が弾け、赤ワインの風味とヴァニラアイスのふんわりとしたコクも相まって、口の中で無限のハーモニーが生まれる。
雪の日のオペラ、御伽話みたいな世界が口の中に広がり、わたしは頬っぺたを押さえる。
足は踊り出したくなる。
こんな感じが好きで、わたしは月に一度はそのタルトを提供するケーキ屋さんに足を運んでいた。
あの洋菓子店があったのは東京だ。
やはり東京ぐらいの大都市になると、無数にケーキ屋さんが存在する。
店ごとに売り物にする甘味も違う。
爽やかな桃のムースをリキュールをたっぷりと染みこませたブリオッシュ生地で囲み桃のゼリーで包んだもの。
林檎の蒸留酒で風味付けをした生クリームが秋の幸福に誘う、林檎のタルト。
ケーキ屋さんばかりではない。
甘味処も創業100年を越える老舗がひしめき合い、資本主義の中で生存を競っている。
ぜんざい屋さん、団子屋さん、人形焼き屋さん。
緑茶にすっと溶ける和菓子屋さんのきらきらした感じも好きだ。
でもやはり、甘味の王道と言えば冬はクリスマスの生クリームケーキではないだろうか。
ペコチャンのにっこりと舌を出すお人形さんが可愛らしいあのチェーン店のケーキが、わたしは一番好きだ。
あんな素晴らしいケーキ屋さんが日本の津々浦々に存在するのは、なんと幸福なことだろうか。
来月はクリスマスだ。
わたしは生きていれば、このカラカスでクリスマスを迎える。
やはりペコチャンの店のあのケーキを恋しく思うのだろうか。
……と、まあこんな感じで、わたしはMRIの空洞の中で、ケーキやら甘味やらペコチャンやらに思いを馳せた。
泣き喚くような磁気嵐の音は、普段鼓膜に渦巻く旋律に比べれば、無邪気で無機質なものだったので、やはりパニック障害とかそんなことにはならなかった。
スィーツが大好きなわたしだが、なんだかんだで村人である。
こんな音に動揺はしない。
というのは嘘だ。
検査室に呼ばれる前は、アールオさんに緊張を指摘された。
MRIがわたしの肉体を電磁波で千切りし始めた時は、電子レンジを連想して死の不安を覚えた。
わたし、多濡奇は臆病のへたれである。
が、こういう物事については切り替えが速いのだろう。
甘味について思いをはせ、来月のクリスマスに配るプレゼントは何がいいかな、と思ったりした。
いつもお世話になっているイングニスご夫妻。
アルメイダさん。安原さんご夫妻に中島所長と事務員の方々。
チャベス顔の守衛さん。
分け隔てないキリストの慈悲を体現するべく、(いや、キリスト教は信徒とそれ以外を明確に区別している。でなければ、神の名の下にあんな虐殺ばかり繰り返すサイコパスな歴史を編みはしない)アリアさん。
アリアさんにはタランチュラとか毒蜘蛛が喜んでもらえるかな。豚がトリュフに喜ぶみたいに。
……わたしは陰険だ。絶対悲鳴をあげられるに決まっているだろう。村人は死を振りまくものだが、わたしは弱いもの苛めは嫌いだ。彼女は弱い人なのだから、タランチュラではなく、ギニア高地の食用芋虫くらいが適当なのではないだろうか。あれは意外に美味しいらしい。いや、だから何故思考をそっちに寄せる。本当にわたしは彼女が嫌いらしい。嫌い嫌いも好きのうち。つまり、わたしは彼女に感情を抱くことができているし、おそらく相互理解を深めれば、好きにもなれるのだろう。が、注意が必要なオペレーションだ。ならば芋虫ではなくバッタ……。
むう。
意外とわたしは彼女のことを気に入っているのかもしれない。こんなに考えるなんて。
でも考えたいのは、やはりファナちゃんのことだ。
おまけでガブリエルさん。
せっかくクリスマスなんだから、ガブリエルさんにはトナカイの格好をしてもらって、わたしはサンタになって、バリオスの子供たちにプレゼントを届けまくるというのも楽しいかもしれない。
うん、これはいい。
後で必要なものを書き出そう……。
とか思った時、唐突に磁気嵐は止んだ。
祠に静寂が訪れる。
わたしを乗せた寝台は祠から外部にせり出す。
おもむろで緩慢な動きだ。
男性の技師さんが話しかけてきた。
心音は、仕事に対する熱意と、遠まわしの嫌悪、そして微かな情欲を刻んでいる。
熱意は尊敬できるし、嫌悪は東洋人だから仕方ないとしても、情欲はどうなんだろう。
日本人女性の肌は吸い付くようなビッチだ、と以前中東で殺し合った男から聴いたことがある。
世界的にそういうイメージなのだろうか。
あまり嬉しくない。
でも、微かな心音の刻みを責めるのは酷というものだ。
それにわたしは結局アルメイダさんやアールオさんから頂いたお言葉について、全く考えなかった。
そのまま検査が終了してしまった。
長い長いと聴いていたから油断して、お菓子とクリスマスについて考えていたら、終ってしまったのである。
プラネタリウムや映画の上映時間よりも全然短かった。
まあ、当たり前か。
わたしは技師さんと看護師さんにお礼を言って、検査着から普段着に着替えて、診察室前に移動した。
長椅子に腰を下ろし、背と後頭部を白い壁につけて、蛍光灯を見上げる。
宿題については考えなかったけれど、分かったことはある。
ガブリエルさんにトナカイ役をやって欲しい。
そう思うくらい、わたしは彼に心を許している。
男性の友人枠という範疇でも大丈夫なら、彼がブリキのきこりでわたしの隣に最適ということになる。
まあ、男性の友人枠ということで、アルメイダさんは不服だろうけれど、人見知りの多濡奇としては上出来だろう。
尻軽になる以外に、案件でちゃんと男性と友情を築くことができる。
これはヒトとしては小さな進歩だが、わたし多濡奇にとっては大いなる前進である。
これも九虚君のおかげだ。
彼がわたしの世界を変えてくれた。
どうやら、恋をすると女性の世界というものは変わるらしい。
そして、わたしはこの変化する世界の中で、瞼の裏にいつも思い描くのは、九虚君の笑顔なのだ。
それは切ないほどに。




