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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):カラカス2
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意外な盆踊り

 高速道路の高架をくぐる前に、信号に引っかかった。

「チーノ」と吐き捨てるような声は飛んでこなかった。

 対向車のドライバーの目には、プンスカ号しか入らない。

 視線避(しせんよ)けの(くせ)の影響だ。

 1月のカーニバルまでに、わたしはこの癖を何とかしないといけない。

 

 人の視線から外れる癖というのは、後天的に身についたものだ。

 この癖のおかげで、わたしは中華街をひよこ頭で歩いても、注目を浴びない。

 クリスマスにハロウィンのカボチャ頭で繁華街を闊歩(かっぽ)しても、誰もわたしを構わない。

 透明な被膜。

 でもこれはただの癖であり、スキルだ。

 これが身に備わったのは……。


 奈崩に淫崩を殺されたのが原因だろう。

 幼いわたしは、あの男をずっと助けてきた。

 そして親友を殺された。それは、わたしの『間接的な殺人』と言える。

 つまり、わたしさえ存在しなければ、淫崩は死ぬことがなかった。


 でも、この事実を受け入れるには、わたしの心は(もろ)過ぎた。

 だからわたしは責任転嫁をしたくなったのだ。

 奈崩にさえ関わらなければ、淫崩は死ななかった。

 そう強く思うようになった。

 その思いが高じて、他人にさえ関わらなければ、悲劇は起きなかった、と、わたしの深層心理は思うようになったのだろう。


 わたしは人見知りになり、他者と関わることを恐れるようになった。

 恐れの震えを殺気で埋めたのが、保育所の年長時代だ。


 誰にも関わりたくない。

 誰の目にも映りたくない。

 関わりたい友人は死んでしまった。

 死の責任はわたしにある。

 ひよこ3姉妹の生き残りとして、この生を自ら絶つことはできない。

 けれど、わたしは自分を責めるし、責められるべきだ。

 罰を受けるべきだ。

 けれど、弱虫だから心の傷が怖い。

 もう、この世から消えてしまいたい。


 ……と、思い続けた結果、こんな体質になってしまった。

 

 他者の視線から無意識に外れ続ける癖。

 カーニバルのパレードに参加しても、このままだと視線を外れながら踊り続けることになる。

 これは、わたしを推薦して下さるミリアさんに悪い。

 それに何より……。

 こんなスキルを発揮していたら、逆に悪目立ちしてしまう。

 逆忌さんを屠った関係者に、わたしが『こちら側』だと、全力アピールするようなものだ。

 これはまずい。もちろんどこで何をしても、強者は強者に気付く。

 信号待ちでいきなり敵とはちあわせて、無条件に襲われるかもしれない。


 今のところ、敵の正体が全く謎なのだ。

 どこまで理性がきくのかも分からない。

 はち合わせたとして、まず会話をするのか、人目を避けて襲ってくるのか、あらゆる可能性が考えられる。

 そしておそらくは、そのどれからも外れたことを、敵さんはしてくるのだろう。

 出会う場所も、昼のサンタ・ソフィア病院、夜のバリオス。

 テーブルマウンテンという原始の台地かもしれないし、別の国かもしれない。

 必要なのは、どういう状況が来ても大丈夫なように、備えておくことだ。

 そして、そのためには、このスキルの解除は絶対に必要なのだ。

 

 綿貫雫は、1人の日本人としてパレードで踊らなければならない。


 その場の全員の視界に介入する。

 これを一々設定するのは無理がある。

 設定している間にパレードは終ってしまう。

 少なくともその間、わたしの動きは精彩を欠くし、スキルの発動で、わたしは敵さんに発見されてしまう。

 なら、発想を変えよう。

 このスキルは『他人』に自動発動する。

 証拠に、バリオスの初日、わたしはガブリエルさんの目に映らなかった。

 他人だったからだ。

 けれど、昨夜のファナちゃんの視界にはすぐに入った。

 わたしが彼女に親しみを抱いたからだ。


 つまり、この国の全員にとまでいかなくても、パレードを楽しむ人全員に親しみの情を抱くことが出来れば、わたしのスキルはオフになる。

 

 そう、大切なのは親しみの情だ。

 友人や家族のように(ねんご)ろに思えばいい。

 愛着を抱けば良い。

 この国の人々に愛着さえ抱くことができれば、わたしの問題は解決する。

 

 それに、だ。

 4分の1の生存は、九虚君に割り当てられている。

 残りの4分の3。死ぬのはわたしであり志骸であり奈崩だ。


 どうせ死ぬことになるのなら、誰かと関わるのが怖い、とか、この世から消えてしまいたい、とか思ったまま死にたくない。

 わたし自身を、わたしが関わる世界を認めて、愛して、殺されるなら殺されたい。

 人々と明るい関わり方をして、できるだけ笑顔で過ごしたいのだ。


 ……ここまで考えて、びっくりした。

 こんなことを考えたことは無かったからだ。

 もちろん、休暇の仕事に遊園地の被り物係を選び、随分と長くしたのは事実だ。

 けれどそれは、ミミィちゃん頭という、被り物の被膜越しの関わり方だった。


 九虚君があの夜から救ってくれたおかげで、随分と色々なことが変化を始めている。

 でも、どういう変化にせよ、それが案件の遂行に必要なものなら、わたしは歓迎すべきだ。


 とにかく、まず、ベネズエラの人々に親しみの感情を抱くこと。

 これが肝要である。

 

 と思いながら、プリンシパル・エル・カフェタル通りを南東に走った。

 西に右折して少し進んだ先にある病院のロータリーに進入。

 そのまま駐車場に停める。

「ありがとう。ちゃんと走ってくれて」

 と、ハンドルを撫でながらエンジンキーを抜く。

 本当に、よくぞちゃんと走ってくれた。


 明後日の休日はジャイカに来て、プンスカ号の洗車をしたい、と思いながら、駐車場を通用門に向って横切った。

 横風が強いので、髪を耳の上で押さえると……。

 視線を感じた。


 - 視線!? アルメイダさんなら声をかけてくるはずだ。視線、だと? ……敵か?-


 わたしは詠春拳の構えを取って、振り返った。


「腫れているな」

 しわがれた声。


 アールオさんだ。

 セナイダさんの旦那さん。

 昨日、アルメイダさんと怪獣大決戦をした、アールオさんである。

 彼がわたしをまじまじと見ていた。

 

 - え? -


 わたしは構えをしたまま、きょとんとした。


「なんだ? その姿勢は」

「あ、えっと、盆踊りと言います。日本のダンスです」

 わたしは脳内で、笛の音を思い出し、歌も思い出して、踊った。


 アールオさんの皺の深い眉間、笑っていない笑い(しわ)が、さらに深くなった。

 

「何故、今踊る?」

「あ、ええと、何ででしょうか? いい天気で」

「風が強い」

「はい?」

「風が強い。いい天気というのは、風が穏やかでこそだ」

「そうですね」

「うむ。で、何故、腫れている? 昨日のお前の瞼は、そんなにぼってりとしていなかった」


 問い詰められている。

 が、びっくりした。

 アールオさんの心音は、心配を刻んでいる。

 しかも、そのせいか『チーノ』という蔑称に代表される、東洋人への嫌悪を刻んでいない。

 これは驚きだ。

 

 わたしは苦笑いをした。


「昨晩酷い転び方をして、頭をぶつけてしまったんです。痛くてたくさん泣きました」

「笑うな」

「え?」

「自分の不幸を笑うな。それは卑屈だ」

「あ、はい。気をつけます」

「うむ。まあ、ここは病院だ。検査も」

「あ、これから検査なんです」

 わたしは明るく言った。

 アールオさんは、ちょっとたじろいだが、何故かはわからない。

 が、心音は安堵を刻んだ。

「なら、いい」

 彼はそう言って、ぷいっ、と顔を背けて、病院正面入り口方向に踵を返した。

 そのひょろひょろとした背に視線を投げながら、ふと、わたしは驚いた。


 アールオさんはわたしに気付いた。


 つまり、彼にわたしのスキルは発動していない。

 これはつまり、わたしは彼に気を許し、親しく思っているという事だ。

 あの、怪獣大決戦、の大怪獣。

 モンスター家族のアールオさんにである。

 

「色々なことが、意外過ぎるなあ」


 とわたしは肩をすくめた。

 これは、ガブリエルさんの真似である。

 それから、はれぼったい瞼をさすって、これはアルメイダさんにも大騒ぎされるなあ、と思いながら、職員通用門に踵を返した。

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