意外な盆踊り
高速道路の高架をくぐる前に、信号に引っかかった。
「チーノ」と吐き捨てるような声は飛んでこなかった。
対向車のドライバーの目には、プンスカ号しか入らない。
視線避けの癖の影響だ。
1月のカーニバルまでに、わたしはこの癖を何とかしないといけない。
人の視線から外れる癖というのは、後天的に身についたものだ。
この癖のおかげで、わたしは中華街をひよこ頭で歩いても、注目を浴びない。
クリスマスにハロウィンのカボチャ頭で繁華街を闊歩しても、誰もわたしを構わない。
透明な被膜。
でもこれはただの癖であり、スキルだ。
これが身に備わったのは……。
奈崩に淫崩を殺されたのが原因だろう。
幼いわたしは、あの男をずっと助けてきた。
そして親友を殺された。それは、わたしの『間接的な殺人』と言える。
つまり、わたしさえ存在しなければ、淫崩は死ぬことがなかった。
でも、この事実を受け入れるには、わたしの心は脆過ぎた。
だからわたしは責任転嫁をしたくなったのだ。
奈崩にさえ関わらなければ、淫崩は死ななかった。
そう強く思うようになった。
その思いが高じて、他人にさえ関わらなければ、悲劇は起きなかった、と、わたしの深層心理は思うようになったのだろう。
わたしは人見知りになり、他者と関わることを恐れるようになった。
恐れの震えを殺気で埋めたのが、保育所の年長時代だ。
誰にも関わりたくない。
誰の目にも映りたくない。
関わりたい友人は死んでしまった。
死の責任はわたしにある。
ひよこ3姉妹の生き残りとして、この生を自ら絶つことはできない。
けれど、わたしは自分を責めるし、責められるべきだ。
罰を受けるべきだ。
けれど、弱虫だから心の傷が怖い。
もう、この世から消えてしまいたい。
……と、思い続けた結果、こんな体質になってしまった。
他者の視線から無意識に外れ続ける癖。
カーニバルのパレードに参加しても、このままだと視線を外れながら踊り続けることになる。
これは、わたしを推薦して下さるミリアさんに悪い。
それに何より……。
こんなスキルを発揮していたら、逆に悪目立ちしてしまう。
逆忌さんを屠った関係者に、わたしが『こちら側』だと、全力アピールするようなものだ。
これはまずい。もちろんどこで何をしても、強者は強者に気付く。
信号待ちでいきなり敵とはちあわせて、無条件に襲われるかもしれない。
今のところ、敵の正体が全く謎なのだ。
どこまで理性がきくのかも分からない。
はち合わせたとして、まず会話をするのか、人目を避けて襲ってくるのか、あらゆる可能性が考えられる。
そしておそらくは、そのどれからも外れたことを、敵さんはしてくるのだろう。
出会う場所も、昼のサンタ・ソフィア病院、夜のバリオス。
テーブルマウンテンという原始の台地かもしれないし、別の国かもしれない。
必要なのは、どういう状況が来ても大丈夫なように、備えておくことだ。
そして、そのためには、このスキルの解除は絶対に必要なのだ。
綿貫雫は、1人の日本人としてパレードで踊らなければならない。
その場の全員の視界に介入する。
これを一々設定するのは無理がある。
設定している間にパレードは終ってしまう。
少なくともその間、わたしの動きは精彩を欠くし、スキルの発動で、わたしは敵さんに発見されてしまう。
なら、発想を変えよう。
このスキルは『他人』に自動発動する。
証拠に、バリオスの初日、わたしはガブリエルさんの目に映らなかった。
他人だったからだ。
けれど、昨夜のファナちゃんの視界にはすぐに入った。
わたしが彼女に親しみを抱いたからだ。
つまり、この国の全員にとまでいかなくても、パレードを楽しむ人全員に親しみの情を抱くことが出来れば、わたしのスキルはオフになる。
そう、大切なのは親しみの情だ。
友人や家族のように懇ろに思えばいい。
愛着を抱けば良い。
この国の人々に愛着さえ抱くことができれば、わたしの問題は解決する。
それに、だ。
4分の1の生存は、九虚君に割り当てられている。
残りの4分の3。死ぬのはわたしであり志骸であり奈崩だ。
どうせ死ぬことになるのなら、誰かと関わるのが怖い、とか、この世から消えてしまいたい、とか思ったまま死にたくない。
わたし自身を、わたしが関わる世界を認めて、愛して、殺されるなら殺されたい。
人々と明るい関わり方をして、できるだけ笑顔で過ごしたいのだ。
……ここまで考えて、びっくりした。
こんなことを考えたことは無かったからだ。
もちろん、休暇の仕事に遊園地の被り物係を選び、随分と長くしたのは事実だ。
けれどそれは、ミミィちゃん頭という、被り物の被膜越しの関わり方だった。
九虚君があの夜から救ってくれたおかげで、随分と色々なことが変化を始めている。
でも、どういう変化にせよ、それが案件の遂行に必要なものなら、わたしは歓迎すべきだ。
とにかく、まず、ベネズエラの人々に親しみの感情を抱くこと。
これが肝要である。
と思いながら、プリンシパル・エル・カフェタル通りを南東に走った。
西に右折して少し進んだ先にある病院のロータリーに進入。
そのまま駐車場に停める。
「ありがとう。ちゃんと走ってくれて」
と、ハンドルを撫でながらエンジンキーを抜く。
本当に、よくぞちゃんと走ってくれた。
明後日の休日はジャイカに来て、プンスカ号の洗車をしたい、と思いながら、駐車場を通用門に向って横切った。
横風が強いので、髪を耳の上で押さえると……。
視線を感じた。
- 視線!? アルメイダさんなら声をかけてくるはずだ。視線、だと? ……敵か?-
わたしは詠春拳の構えを取って、振り返った。
「腫れているな」
しわがれた声。
アールオさんだ。
セナイダさんの旦那さん。
昨日、アルメイダさんと怪獣大決戦をした、アールオさんである。
彼がわたしをまじまじと見ていた。
- え? -
わたしは構えをしたまま、きょとんとした。
「なんだ? その姿勢は」
「あ、えっと、盆踊りと言います。日本のダンスです」
わたしは脳内で、笛の音を思い出し、歌も思い出して、踊った。
アールオさんの皺の深い眉間、笑っていない笑い皺が、さらに深くなった。
「何故、今踊る?」
「あ、ええと、何ででしょうか? いい天気で」
「風が強い」
「はい?」
「風が強い。いい天気というのは、風が穏やかでこそだ」
「そうですね」
「うむ。で、何故、腫れている? 昨日のお前の瞼は、そんなにぼってりとしていなかった」
問い詰められている。
が、びっくりした。
アールオさんの心音は、心配を刻んでいる。
しかも、そのせいか『チーノ』という蔑称に代表される、東洋人への嫌悪を刻んでいない。
これは驚きだ。
わたしは苦笑いをした。
「昨晩酷い転び方をして、頭をぶつけてしまったんです。痛くてたくさん泣きました」
「笑うな」
「え?」
「自分の不幸を笑うな。それは卑屈だ」
「あ、はい。気をつけます」
「うむ。まあ、ここは病院だ。検査も」
「あ、これから検査なんです」
わたしは明るく言った。
アールオさんは、ちょっとたじろいだが、何故かはわからない。
が、心音は安堵を刻んだ。
「なら、いい」
彼はそう言って、ぷいっ、と顔を背けて、病院正面入り口方向に踵を返した。
そのひょろひょろとした背に視線を投げながら、ふと、わたしは驚いた。
アールオさんはわたしに気付いた。
つまり、彼にわたしのスキルは発動していない。
これはつまり、わたしは彼に気を許し、親しく思っているという事だ。
あの、怪獣大決戦、の大怪獣。
モンスター家族のアールオさんにである。
「色々なことが、意外過ぎるなあ」
とわたしは肩をすくめた。
これは、ガブリエルさんの真似である。
それから、はれぼったい瞼をさすって、これはアルメイダさんにも大騒ぎされるなあ、と思いながら、職員通用門に踵を返した。




