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黒疫(くろえ) -異能力者たちの群像劇―  作者: くろすろおどtkhs
多濡奇(たぬき):カラカス1
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ダメダメ多濡奇

 わたしはいつも通り、バリオスの頂上部の暗緑色の木立に至った。

 

 カラカスという巨大金魚鉢に視線を投げる。

 木立の奥から風が吹き抜けてきて、わたしの髪を後ろから揺らした。


 先ほどのガブリエルさんを思い返す。

 野生的な色気を感じさせる人だ。

 月を眺めるのが好きで、わたしの強さが『分かる』くらいには腕が立つ。

 

 しゃがむ彼の心音は、終始、甘い痛みを刻んでいた。

 彼は昔、東洋人に恋でもしていたのかもしれない。

 ハードボイルドな空気を醸すガブリエルさんの事だから、やっぱり色々あったのだろう。

 

 まあ、色々あったというのはわたしも同じだ。


 ふと、昔の奈崩を思い出す。

 今の、最悪なあの男ではない。視界に入るだけで吐き気を催すような、あの醜悪な奈崩ではない。

 昔の、まだわたしが無邪気に、そして愚かに関わる事ができていた頃の、奈崩だ。


 例えば、あの頃の彼が、ガブリエルさんみたいに、友達になろう、と言ってくれたら、わたしはどうしたのだろうか。

 

 ……どうして、こんな事を思ってしまうのだろうか。

 わたしはしばし考えあぐねた。

 

 そして、分かった。

 環境が似ているのだ。

 バリオスは、保育所があった村と似ている。

 あの村は外部を拒絶していた。

 奇跡的に迷い込んだ登山客などを、解剖学の素材にするくらい、徹底的な拒絶加減だった。

 

 閉ざされた場所。

 そこで生き延びる子供たち。

 

 後ろから吹き付けてくる夜風に髪を乱されながら、わたしはとてもノスタルジックな気持ちになってしまった。葉が擦れあう音に合わせて、また感情が昂ぶる。

 歌いたい、と思う。


 歌の衝動は、セイレーンの因果(のろい)だ。

 わたしが今、歌い、その旋律が風に乗ってバリオスに届けば、起きている人々は死亡する。

 (ねや)で交わる親たち、夜に紛れて怪しい活動をする若者たち、そしてガブリエルさん。

 みんなみんな死んで、日が昇り、少数の大人と子供たちだけが起きて、身内の死体を目撃する。

 駄目だ。

 そういう事はしてはいけない。


 致死率75%の案件に臨んでいるせいか、それとも九虚君に恋をしているせいか、この頃のわたしは、やけに感傷的になっている。

 良くない兆候だ。


 でもまあ、スリーパーというものは、そういうものなのだろう。

 

 わたしはため息をついて、立ち上がり、木立の葉むらに両手を伸ばした。

 散歩のつもりが、思わぬ収穫があったのだ。

 喜ぶべきだ。

 

 ガブリエルさんが、友達になってくれた。

 親友は淫崩1人でいい。

 スリーパーとして、現地の情報を集める。

 昼間はサンタ・ソフィア病院。

 夜はこのバリオスで集めることができたなら、効率は上がる。

 

 なんせ、今は何も分からないのだ。

 何がわたしの命を奪うか。

 何が幻の神花に繋がるか。


 分かるためには情報が必要だし、現地のルートが必要だ。

 ガブリエルさんという情報ルートが開拓された。これは願ってもない。

 現地に入って3日目でこれは、良い成果だろう。


 と、わたしは納得して、木立を離れ、バリオスの斜面を駆け下って、イングニス邸への帰路についた。




 ……夜のアスファルト舗装された道を駆け、いつも通りに沢で靴底を洗う。


 沢を覆う木立の葉むら、その隙間からさしこむ月光に、水の流れが淡く煌く。

 

 その煌きに、心を奪われながら、思う。


 - そう言えば、ガブリエルさんにも、急き立てられないなあ。-


 そうなのだ。

 利用価値のある現地人。

 良好かつ円滑な人間関係を築くためには、寝ておくことが好ましい。

 わたしは案件では尻軽になるけれど、抱かれる事で物事が円滑になるのなら、村人だろうが一般人だろうが構わない。

 そんな拘りやプライドは、淫崩を喪った時に捨てた。


 つまり、ガブリエルさんとも寝ておくべきなのだ。

 が、そういう気にならない。

 でも、明日のバリオス案内を、わたしはとても楽しみにしている。


 これは、どういうことだろう?

 わたしは余程、彼の事を気に入っている、ということなのだろうか。

 だから、綿貫雫ではなく、多濡奇という本名を教えたのだろうか。


 自分の気持ちがよく分からない。

 淫崩を喪って、ずっと閉ざしていた心が、奈亜ちゃんに解かれて、九虚君に救われて恋をして、今はガブリエルさんと友人になれた事を、嬉しく思っている。


 もやもやする。

 わたしの駄目駄目加減が増しているきがする。

 

 わたしは色々な事に納得がいかないまま、イングニス邸に戻り、シャワーを浴びて着替え、ベッドに仰向けにぱたん、と倒れてる。

 ちょっとごろごろして、枕もとの九虚君のゴンザレス! を丹念に見入っているうちに、うとうとして、意識は眠りに吸い込まれた。


 こんな感じで、カラカス生活の3日目は終了した。 

任務:幻の神花(しんか)、謎の敵の情報収集。

オペレーション:潜入工作員としての生活基盤の確立。


これまでの関係人物等


ガブリエル:

バリオスの色男。長身。ロシアンフック使い。アンジェラの飼い主。多濡奇の強さを直感する程度には達人。


アンジェラ:

黒い毛並みの雌犬。3歳。ガブリエルが飼っている。


セルジオ・イングニス:

綿貫雫のホームステイ先の人物。国営石油資本職員。60歳。

丸眼鏡の奥の瞳は理知的。口ひげが艶やか。痩せ型。


ミリア・イングニス:

セルジオの妻。美術館職員。50歳。ふくよかな女性。

 目も鼻も口も大きい。心も広い。


チャベス大統領似の守衛:警備員。愛妻家の55歳。



安原弘樹やすはら ひろき

ジャイカの職員。白髪混じりの短髪。彫りの深い顔の52歳。


中島保なかじまたもつ:

ジャイカカラカス事務所長。禿げ上がった60代。穏かな性格。


安原ノエミ:

ジャイカの現地職員。安原弘樹の新妻。安原とはできちゃった婚をしている。常に物憂げな27歳。

大仏顔。


アルメイダ:

サンタ・ソフィア病院の管理栄養士。28歳。カラカス上流階級。豊かな胸のプラチナ美人。芸術家のアールオと折が悪い。


アールオ・エンポリオ:

ベネズエラでは有名な芸術家。専門は彫刻。とても気難しく、ことあるごとにアルメイダと衝突。入院患者のセナイダの夫。


セナイダ・エンポリオ:

糖尿病でサンタ・ソフィア病院に入院。


セルジオ・イングニス:

綿貫雫のホームステイ先の人物。国営石油資本職員。60歳。

丸眼鏡の奥の瞳は理知的。口ひげが艶やか。痩せ型。


ミリア・イングニス:

セルジオの妻。美術館職員。50歳。ふくよかな女性。

 目も鼻も口も大きい。心も広い。


プンスカ号:

アメリカ車。黒のシボレー。ライトバン。2回キーを回さないとエンジンがかからない。ジャイカの社用車。



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