権能の継承
今から18年前の1986年、十三聖教会は壊滅しかけました。
当時のユダ様は10歳の男の子で、第77代の聖女の小間使いをしていらっしゃいました。
『彼ら』が現れたのは、マスレニツァの最終日のことでした。
マスレニツァは春の祭りです。
太陽の神ヤリーロに、その年の豊作を願うためのこの祭りは一週間続きます。
ヤリーロの崇拝は古代スラヴの異教文化です。
けれど、異教を弾圧するロシア正教、宗教自体を禁止していたソビエト政府も、この祭りを行うことを許していました。
ロシアは冬の長い土地です。
だからこそ国民は春を喜ぶのです。
雪を融かす陽光の中、広場に集まって人々は巨大なカカシを組み立てます。
このカカシを中心に人々は踊りますし、ズダ袋に入って徒競走をしますし、弾き語りの歌声も響きますし、屋台も並び、色鮮やかな飾り物や土産物、お菓子やクレープが売られます。ウクライナではパンケーキだそうです。
地方によっては、まだ寒い川に入って入浴の真似事をしたり、未婚の若い男女たちには、罰の枷や鎖がつけられたりするそうです。マスレニツァまでには結婚する! というのが男女たちの目標だったりします。
この祭りは一週間行われます。
最終日の夜には巨大なカカシを広場に組み立て焼きます。
炎に赤く包まれるカカシに人々は豊作と幸福を願います。
1986年のマスレニツァは3月3日から9日まで行われました。
この7日間、十三聖教会では大量のパンケーキを焼かれ、教徒たちにふるまわれました。
春を祝う気持ちは、教会と一般のロシア・ウクライナ人たちに変わりはありませんでした。
が、別の希望がありました。
マスレニツァのためにKGBとは停戦状態にあった教会ですが、雪がもう少し融けて国境を越えやすくなったら、中東諸国に本拠地を移すつもりだった……そうです。
この頃の前筆頭様が冬の間、よく聖女様におっしゃられていて、そのお言葉を当時10歳の少年ユダ様もお聴きになられていらっしゃいました。
当時の十三聖教会の本拠地はウクライナの片田舎にありました。
ソビエトの治安当局、KGBとの戦争は2年目を迎えていました。
元々異端としてひっそりと続いてきた教会です。
伝統教会の目をくぐるために、私達の教会は、『ロシア正教の聖職者』を中心に受け継がれてきました。
木を隠すなら森の論理です。
ただ森自体が焼き払われたら、どうしても木は目立ってしまいます。
あらゆる宗教が禁止となったソビエト時代になっても、教会は隠れ続けましたが、どうしても姿を晒してしまう時期がありました。
聖女の交代。
十三聖教会は、聖女様の予言に基づいて、各地から候補者の少女を攫います。
この行為は教会のアイデンティティです。
10年から20年周期の教会の祭りと言っても良いかもしれません。
つまり、十三聖教会版のマスレニツァです。
が、この祭りをきっかけとして、KGBの目は十三聖教会に向けられました。
激烈な弾圧が行われたと、ユダ様は話してくださいました。
前代の聖女様は当時13才。
聖女になりたての彼女と少年ユダ様は、御歳80を越された前筆頭様に導かれて、冬のウクライナを点々とされました。
吹雪に煙る原野を歩き、体力が低下しないように、農家の納屋で体を寄せ合って眠る日々。
教会の地下に泊まることができた時は運が良かったそうです。
氷点下の外風が吹き込まないから。
聖女様の小さかった肩は、雪荒ぶ風に納屋が揺れるたびに、酷く震えたそうです。
少年ユダ様の胸はその度に潰れました。
10歳という存在の小ささを思い知らされたそうです。
彼らが逃亡を続ける間、教徒たちは銃を取って敵を足止めしをしました。
聖職者たちは機関のスパイたちを教化し、情報を自白させました。
芋づる式に敵の全容は明らかになります。
この時、高位聖職者たちはユダ様の前で震えたそうです。
それは感動に。
全て記されていた通りだったからです。
始祖の福音書はこの教会の教義を記すものでしたが、予言書でもあったのです。
異端であるこの教会がウクライナの片田舎で、細々とでも続いてきたのは、この予言書によることが大きいのです。
予言書に事態は記されていました。
前任のユダ様は教化したスパイたちをKGBの本部に帰し、銃を乱射させました。
戦況が激化すると自爆も頻発させることになります。
それでも教会も無傷ではありませんでした。
高位聖職者たちは、ぽろぽろと倒れていきました。
継承をされないまま、保持者の高位聖職者がお倒れになると、その権能は筆頭様の元に還ります。
足止めとしてお残りになり、教徒たちと共に戦った高位聖職者の権能が筆頭様に還るたびに、彼は呻くように泣いたそうです。
戦争が始まって1年目の秋、十三聖教会の高位聖職者は筆頭を含めて4人だけになっていました。
筆頭の前任ユダ様。ピョートル様。ヤーコフ様。ヨアンナ様。
前年の秋までに教徒たちの大半は戦いに殉教をされていらっしゃいましたので、ピョートル様、ヤーコフ様、ヨアンナ様の3人は筆頭とお別かれになり、田舎の村々を先にお回りになり、改宗を促してまわることにされました。
予言書の記述にそって、教化された信徒たちは集まり、KGBとの熾烈なる戦いに備えます。
前筆頭様は少年であったユダ様と新しい聖女様を連れて、冬を逃げ惑いました。
追手の足取りは速やかでした。
反面、聖女様の体力には限界がありました。もちろん、少年ユダ様も。
少年ユダ様は吹雪の中で脚が動かなくなるたびに、腰にさした短刀でその太ももを小さく突かれました。
痛みで動かすという。
エメラルドで装飾が施されたこの短剣は、冬のウクライナを逃げ回るにあたり、前筆頭様が少年ユダ様に賜ったものです。
「この剣を振るい、聖女様を守りなさい」
皺だらけの節くれだった手のひら全体で包むように、少年ユダ様のまだちいさい手に、この短剣の柄を握らせながら、前筆頭様は穏やかにそうおっしゃられました。
少年ユダ様は手の内の柄を強く握られました。
冬の逃亡生活で直面する、吹雪、疲労、飢え、寒さ。
まだ幼かったその心が折れそうになるたびに、少年ユダ様は密かに短剣の柄を握られ、聖女様に笑いかけられました。
「大丈夫です。筆頭様も僕もいます。主は貴女と共におられます」
馬小屋などに身をお寄せになられた時、筆頭はよくお話されました。
試練の冬の向こうには春があります。
雪が融けたら高位聖職者たちと合流できます。
こうお話になる時の、前筆頭様の皺だらけのお顔、その皺の奥の瞳は穏やかで、お声にも幸福がおありだったそうです。
彼は高位聖職者たちとマスレニツァを祝えることが嬉しかったのでしょう。
1年前、KGBとは自然休戦が成立しました。今年もそうなるだろうという見込み。
加えて、住民の教化が済んだ村ほど安全な村はありません。
一時の平安。
『現れる4つの影』で予言書の記述は終っていますが、4人の敵対者に何ができようという自信。
各地で教化し、戦争を生き延びた教徒たちの数は1000人を超している事が、報告で分かっていました。
彼らはイラーコフという湖畔の村で高位聖職者たちと合流する予定でした。
それから別れ、ウクライナの港町、オデッサで船に乗りイスタンブールに渡ります。
そうすれば、その後は自由です。
教徒たちはモルドバ、ルーマニア、ブルガリアの3つの国境を渡る必要がありますが、このための春です。
聖女様に力付けられた教徒たちは、必ずやり遂げるでしょう。
イラーコフに至る前の、イアンカラカという山村でのことです。
聖女が酷く怯えた。
「……!!!!」
彼女は言葉にならない声をお喚きになり、癲癇の患者のように痙攣されました。
可憐な瞳は白目を剥かれ、花びらのような唇からはよだれを垂らされました。
お困りになりつつも、
「イラーコフに着けば、安全です」
と出立しようとする筆頭。
ほら、お前も手を引いてさしあげなさい、と、少年ユダ様に視線を向けられます。
刹那。
少年ユダ様は、その腰から剣を抜かれました。
前筆頭様の裏に回り込まれ、膝の裏をお斬りになります。
斬られた彼は後ろにお崩れになります。
その背に向って少年ユダ様は剣を両手で構えられ、真っすぐに突き立てになりました。
前筆頭様は血を吐かれ、振り向かれて、お問いなりました。
「何故、このような……」
「聖女様のお言葉を聴かない貴方様から、主は去られました。権能に驕る貴方様に、筆頭の資格はありません」
その静かなお言葉に、前筆頭様は膝からお崩れになりた。
少年ユダ様を見上げます。
「……では。お前が次の筆頭、ユダとなりなさい」
「承服いたしました」
少年ユダ様は辞儀をして、逆十字を切られました。
聖女様の痙攣は続いているのを目の端に確認されながら、少年ユダ様は前筆頭様の背から短剣を抜かれ、彼の顎を横からお掴みになり、上を向かせられました。古い木の幹のような喉が露わになります。
「主の平安を」
少年ユダ様のお声に、
「アーメン(そうあれかし)」
と前筆頭様はお答えになられました。
それから新しい筆頭様は穏やかに頷かれて、老人の喉を切り裂かれました。




