それでも、俺は。
気が付くと、俺はうつ伏せに倒れていた。
多濡奇は去っていた。
淫崩に向ったんだろう。
俺は倒れて隙だらけだったから、頭を踏み砕く事だってできたはずだ。
が、まあ、そうか。
俺なんか眼中にねえか。
俺は寝返りをうつみたいに、天井を見た。
淫崩は生きているだろうか。
すぐ済ませるはずが、結構な時間がかかっちまった。
だが、傷は刻まれた。
もう、あいつは大丈夫だ。
俺は上体をむくりと起こし、脱ぎっぱなしのボクサーパンツに手を延ばし、履く。
この時、血まみれのモノが、目に飛び込んできた。
赤い。
多濡奇の血だ。
赤い。
俺が突き刺し、押しのけ、動いて粉々にした多濡奇から流れた、血だ。
赤い。
くそ、赤い。
見たくねえ。知りたくねえ。
初めての女とやると、こんな血が流れるってのは、知っていた。
が、くそ。
赤い。
赤い。
赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い。
赤くて、気が狂いそうだ。
だが、奥歯を噛んで耐える。
転がってるパックを指でちぎり裂き、指で掻きだす。
回復しねえといけねえ。
いや、死にてえ。
いや、まだ、やるべきことがあるんだ。
生きてるってことは、やるべき事があるはずなんだ。
ヨーグルトを口に含む。
この指は、さっきまで多濡奇の湿りを触っていた。
夢中でよお。
猿みてえによお。
くそ。
指を噛みちぎりたくなる。
まて、駄目だ。
落ち着け。
俺は、どうするべきだ?
まず、ズボンを履け。
パンツ一丁はみっともねえ。
履く。
改めて、見回す。
須崩と目が合う。
腰が抜けているのか。
「ひ」
と言われた。
……もう、こいつは用がねえな。
殺すか。
俺は、須崩に一歩を踏み出す。
餓鬼は俺を見上げながら、後ろ手をついて、足をばたばたをさせた。
みっともねえ。
何の覚悟もねえ。
こういう奴が死ぬべきなんだ。
村っつうのは、そういう所だ。
保育所とか関係ねえ。
鼠が一匹、割り入ってきて、俺を見上げた。
覚えがある。
東山で境間のそばにいた、鼠だ。
境間のそばに。。
境間。
まだ殺すなってことか。
何かが、まだ足りないのか?
分かんねえが、いいぜ。こいつは弱い。いつでも殺せる。
俺が頷くと、鼠は小屋の隅に駆け去った。
舌打ちをする。
鼠を使って覗いてやがったのか。
趣味が悪いな。
免疫不全、引っ込め。
俺はイラついている。須崩も境間も殺してえ。が、暴れるなよ。
俺は須崩にしゃがみ込む。
「お前はここにいろ。多濡奇や、淫崩といる資格はない」
ソッチョクな評価だ。
淫崩の生き死には分かんねえ。
が、こいつは、あいつらと一緒にいる資格はねえ。
もし、淫崩が生きているなら、傷ついた多濡奇を慰めるのは、淫崩の役目だ。
淫崩が死んでいるなら、多濡奇はさらに傷つく。悲しむ。が、須崩に、奴と一緒に悲しむ資格はねえ。
須崩は、訳がわからない、といった目で、俺を見上げた。
俺は吐き捨てる。
「お前は無能だ」
だが、頃合いを見て、餓鬼を帰す。
それから丸太の上に、多濡奇の忘れ物を見つけた。
下着とスカートだ。
須崩に預けりゃ良かった。
とりあえず手に取る。
よくわかんねえ、ため息が出た。
「お疲れさまです」
境間が入り口に立っていた。
オダヤカナ声をしやがって。
殺してえ。
くそ。免疫不全、暴れるなよ。
俺は何も言わなかった。
「素晴らしい殺気ですね。奈崩君、貴方も一皮剥けた。喜ばしいことです」
俺は奴に飛び掛かっていた。
刹那、膝から崩れていた。
「気持ちは分からなくもありませんが、冷静になりましょう」
俺は、這いつくばって、ヤツを見上げる。
「免疫不全ウィルスは効きませんよ。淫崩さんに注がれた残りを頂きましたからね」
淫崩は、生き残ったのか?
「まあ、彼女は亡くなった後でしたが。淫崩さんに、回復薬を注ぐ多濡奇さんの姿には、わたくし境間にも、迫るものがありました」
奴は綺麗な顔をして、ぽろぽろと涙を流した。
淫崩が死んだか。なら、俺が傷をやる必要も無かったんだ、な。
何にせよ、奴の傷は、罪は、自責は、後悔は、確定した。
もう本当に大丈夫だ。
俺は安心して、ため息をついた。
少し笑った。
このまま帰って、多濡奇に殺されれば、おしまいだ。
「じゃあ、俺は用済みだな」
「奈崩君。貴方は分かっていない」
心臓を掴まれた、気がした。
分かっていない? もう、十分やっただろう?
これ以上、奴から何を奪えというんだ?
境間は、俺にしゃがみ込んだ。
入り口から差し込む月光を背にして、奴はとても大きな、化け物に見えた。
「彼女はまだ、ちゃんと『殺していません』。奪われただけです」
ああ、そうか。
淫崩は、俺に命を奪われた。
処女も、俺が奪った。
確かにそうだ。
「君を殺すのは、彼女の自然でしょう。けれど、確実な戦士となるには、彼女が須崩さんを『殺す』必要があるのです」
「つまり、そうか。俺への憎しみに、須崩を巻き込め、ってことか」
境間の顔は、真っ暗で見えない。
暗黒が溢れているだけだ。
こいつ、悪魔だもんな。
「貴方も、須崩さんも、多くの子供たちを巻き込んで、彼女は歌うべきです。そうすれば、彼女は完璧な戦士となる」
完璧な戦士。最上級の表現だな。
「おそらく、『100年級』を10以上こなせる力が付与されるでしょう。そうすれば、彼女はさらに長く生きます。村は安定的に危機を乗り越えられます。今の子供たちの犠牲によって、村には未来が約束されるのです」
境間は、高らかに、歌うように力説した。
こいつは、ええと。
そうだ。
あれだ。サイコパスって奴なんだな。
恐ろしく色々分かって、色々こなすために、手段を選ばねえ。
だが、そうだ、な。
ここまでしたんだ。
全部、乗っかってやるよ。
多濡奇を粉々にした俺だ。幸せを祈る資格はねえ。
もう、誰がどれだけ死のうが関係ねえ。
すげえ、悲惨だ。悲惨過ぎる。
しのぎを削り合う、卒業後の休暇を夢見る保育所の奴らが、一気に、大量に死ぬ。
それでも俺は、奴を生かす。
そうだ。それだけだ。
それだけのために俺は生きてきたし、死ぬんだ。
「ああ、分かった」
俺は言った。
境間は笑ったんだろう。
雰囲気が柔らかくなった。
「感謝いたします。わたくし境間も、多濡奇さんには、生きて頂きたいのですよ」
奴の声が優しく響き、俺は、改めて死にたくなった。
せっかちだな、俺は、と我ながら思った。




