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騒がしい秋に【3】

 

 自分が息子夫婦と一緒に来た時の事を思い出したらしい女性は、おかしそうに笑ってから店を出ていった。

 変な気まずさが残らなくてありがたいが、問題は解決していない。

 女性の知り合いからの見合い話が無くなったとしても、別のお客様から話が来てもおかしくはない状況だ。


「ねえ、私は見合いしません。みたいな意思表示できる方法とか無いの?」


 無いとはわかっているが、微かな望みをかけて二人に問いかけてみるが、少し待っても返事は無い。

 女性を見送るために入口へ向けていた視線を店内へと戻すと、二人はまだ先ほどの話の衝撃から立ち直っていないようだった。


「……大丈夫?」

「え、あ、ああ。驚いてな」

「私たちの間での見合い話とは……いえ、来てもおかしくない状況ではありましたね」

「こっちは友人として遊んでても、周囲から見れば適齢期で未婚の男女が混ざって遊んでるんだもんね」


 お客様がいなくなったので炬燵に戻り、足を入れる場所を探りながら体を滑り込ませる。

 動物たちは暑くなってきたらしく炬燵から体を出し始めたが、すぐにまた目を閉じて眠り始めた。

 見合いなんて一切関係ない彼らが羨ましい。

 私はなんだか疲れてしまった。


「柊の権限で私に見合い話持ってこないように出来ない?」

「それが出来るならばとっくに自分のためにやっていますよ。話が来ないようにしてもいつの間にか復活するんです」

「これからお前たちのどっちに話が多く持ち込まれるか楽しみだな。賭けでもするか?」

「他人事みたいに言ってるけど、あの調子なら蓮にも話が来るんじゃない?」

「いや、あれはお前が相手になりそうだったから話が出ただけだろう。俺と見合いしたいだなんて、それこそ来訪者のお嬢さん以外でいるわけがない」

「そうとは限りませんよ。妖怪への戸惑いが薄まってきているのは皆感じていますし、このままいくと確実に数件は持ち込まれるでしょうね」

「嘘だろ……」


 柊がきっぱりと断定した事で蓮の表情が引きつった。

 私も先ほどまで見合い話を他人事として捉えていたので、彼の気持ちはよくわかる。


「柊、蓮に見合い話が何件持ち込まれるか賭ける?」

「……そう、ですね。では期限を決めて予想した数に近い方が一杯おごり、という事で」

「お前ら……いや、少なくとも俺よりはお前たちに来る可能性の方が高いだろう。城にだって世話焼きな奴らが大勢いるんだぞ」

「まあ、間違いなく一番多いのは柊だよね。少なくとも私に他の町からの見合い話は来ないし」

「それも時間の問題だと思いますが」

「嘘でしょう……」


 先ほどの蓮と同じ言葉が口から零れる。

 いつものペースで軽口交じりの会話を続けているが、二人も私と同じようにどうやって自分に持ち込まれる見合い話を阻止するか悩んでいるのだろう。

 会話しながらも何か考え込んでいるようだ。


「もういいや、断ることには変わりないんだし。私個人で断れないくらいの権力で強制されそうになったら二人に何とかしてもらおう」

「それは、構いませんが……」

「……その強制された相手が俺たちのどちらかだったらどうする?」

「もう片方に何とかしてもらう」

「俺には柊ほどの力は無いが」

「私よりはあるでしょう」

「お前が結婚させられるなら二度と道具は作らない、と宣言する方が効果があるんじゃないか」

「え、本当?」

「今や城では必須級の道具も多いですからね。誰かが強行しようとしても、快適さを手放したくない他の誰かが止めそうです」

「……城に道具売っておいてよかった。ならどう断るかは話が来たら考えることにする。柊もそろそろ休憩時間でしょう? 炬燵入って休んで行けば?」

「私が入れる隙間があるとは思えませんが」

「一匹膝の上にのせれば行けるよ」


 一度炬燵から出て、完全に炬燵から這い出してきたコンちゃんを抱き上げて蓮の膝の上に乗せる。

 私がいた場所に入った柊の膝には子狸を乗せ、私は動物たちが顔を出していた部分に入った。

 動物たちは固い膝の上に戸惑ったようだが、その場でくるくると回って落ち着く体勢を探すと、すぐに眠り始める。

 ……とても平和な光景だ。


「自分の膝には載せないのかよ」

「私はお客様が来たらすぐに立ち上がらなくちゃならないし」


 家と一体化している店が多いこの世界では、元の世界とは違ってきっちりとした接客はそこまで求められない。

 他のお店でも店主さんの後ろで奥さんが子どもをあやしていたり料理を作っていたりするし、私もこのくらい緩い雰囲気の方が好きだ。

 そんなわけで私もお客様がいない時間は存分にくつろがせてもらっている。

 帳簿付けや商品作りなどもあるので毎日ずっとというわけにはいかないが、一人で切り盛りしている身としてはこうしたちょっとした時間に休めるのはありがたい。

 近くにある戸棚に手を伸ばし、中から適当な茶菓子とみかんを取り出す。


「おせんべいあるよ。それとみかんも。美味しそうなのが売ってたから買ってきちゃった」

「ああ、そういえばそんな時期でしたね」

「なんで朝から出しておいてくれないんだ」

「私が休憩する頃には蓮が食べ尽くしそうだなって思って。特にみかん」

「食べやすいせいか、蓮でなくてもつい手を伸ばしてしまいますからね」

「気が付くと皮だらけになってるよね」


 会話しながらも全員手元に視線を落として、みかんの皮を向いていく。

 まだ少し酸っぱさの残るみかんは、これから冬にかけてどんどん甘くなってくるだろう。


「そういえばこの辺りってどのくらい雪が積もるの?」

「……ああ、そういえばお前はここで冬を迎えるのは初めてか」

「頭ではわかっていますが、気分的にはもう何年もここに住んでいるような感覚でしたね」

「二人が馴染み過ぎなんだよ」

「俺はもうここが自宅みたいな感覚だからな」

「めったに城に帰ってこないせいで蓮の部屋には埃が積もり始めてますよ」

「この間久しぶりに部屋まで行ったら半分お前の物置みたいになっていたんだが」

「空いていたので有効活用しているだけです。雪ですが、積もる時は積もりますから、備えはしっかりしておいたほうが良いですよ」

「屋根の雪下ろしくらいならやってやる」

「え、やった。ありがとう」

「俺も住んでるようなもんだしな。代わりに暖房器具は作ってくれよ」

「雪下ろしやってもらえるならいくらでも作るよ。私がやったら確実に雪と一緒に屋根から落ちるだろうし」

「……蓮の都合が付かなければ私がやりますから、紫苑は一人で屋根には上がらないでください」


 祭りの日に蓮に抱えられて屋根に上がった時の事を思い出したらしい二人から呆れた視線を向けられ、苦笑いで返す。

 梯子を使わずに屋根に飛び上がれる二人と、その梯子からすら落下の可能性がある私とでは、運動神経の良さは比べ物にならないだろう。

 もっとも雪深い国の出身ではないので、道路の雪かき程度ならば出来ても屋根の雪下ろしなんてやったことすらないが。

 ゲームに雪下ろしのイベントがあれば良い道具があったかもしれないのに。

 迫る冬に向けての注意事項などを二人から聞きながら、炬燵の上に置いたみかんに手を伸ばす。

 それぞれの前に皮が山になっていくのを見て、次からはもっと大量に買おうと決めた。

 欲をいえばみかんだけでなくアイスクリームが食べたい。

 夏の暑い時に食べるアイスよりも炬燵で食べるアイスの方がおいしく感じるのはなぜだろうか。

 今年の夏はかき氷を作って満足していたので、アイスクリームまでは作っていなかった。

 アイス自体は元の世界で作ったことはあるが、材料に使った生クリームがこの世界には無い。

 牛乳と卵と砂糖だけでも作れると聞いたことがあるので、試してみようか。

 黙々とみかんを口に放り込んでいる二人と一緒にこたつでアイスを食べるのも楽しそうだし。

 今度材料を買ってみようと決め、自分もみかんを一つ口へ放り込んだ。



 その日の夜、火鉢が想定よりも多く売れてしまい在庫不足になったため、道具作成の予定を立て直すことにした。

 自室で自分用の火鉢に火を入れて机に向かい、紙に筆を走らせる。

「組み紐は次の納品には十分間に合う。口紅はしばらく持ちそうだから、この日の予定を化粧品作りから火鉢作りに変えて……」

 すべて 手書きでゆっくりと文字を書くこの時間は頭は使うが、何となく好きだった。

 元の世界では作業予定をパソコンで立てていたので少しもどかしく感じるけれど、最近はこのもどかしさすら楽しいし、字も綺麗になったので良いこと尽くしだ。

 仕事全部楽しいだなんて、本当にこの世界に来られてよかった。

 見合いの件に関しては驚いたが、元の世界とは違い強制的に結婚させられるわけではないし、このままお断りを続けていけばいつか来なくなるはずだ。


「よし」


 計画をしっかりと立て直し、今日の仕事は終わり。

 同時に出たあくびを噛み殺したところで日付を越えていたことに気が付いて、ずいぶん久しぶりに夜更かししたな、と苦笑した。

 眠いわけだ、この世界に来てから習慣になった寝る時間を三時間近く過ぎている。

 明日は店を開けずに道具を作る日だし、明後日も完全な休みなのでまあいいのだけれど。

 思いっきり伸びて強張った体をほぐし、机の上をさっと片付けてから布団に潜り込んだ。


「……あ、今日更新日だった」


 布団の中でスマホをのぞき込んだところで、今日が漫画の配信日だという事に気が付いた。

 最近は早々に寝てしまうから朝起きてから読むのだが、私の利用している電子書籍サイトは日付変更と共に最新話が掲載されるので公開自体はもうされている。

 読みたい、気づいてしまえば気になって仕方がない。

 なにせ最近は藤也さんの戦闘シーンが続いている。

 少し悩んでから、一話程度ならばさっと読めるだろうとスマホを操作した。

 行燈の薄明りの中、指先を動かしてページを移動していく。

 平和な日常パートの優しいお兄ちゃんな藤也さんも素敵だが、戦闘パートの強い藤也さんもとてもかっこいい。

 ただ、これが最終決戦のような雰囲気なのでそろそろ完結してしまいそうで、それがすごく寂しい。

 最終回は読みたいけれど、これまでの伏線らしきものがどうなるのか気にもなるけれど……終わらないでほしい。

 この気持ちは好きになった漫画やゲームで毎回感じるが、私にとって特別なこの漫画ではいつもよりもずっと強くそう感じる。

 電子書籍なのでいつでも読み返せるし、むしろ書籍購入用のポイントが買い足せない今はポイントがなくなる前に終わってくれた方がありがたくはあるけれど。

 指先で動かす画面、その中心で戦う彼の活躍を見るのもこれが最後なのだろうか。

 どれだけ強い敵が出てきてもこの人が出てくれば大丈夫、そんな安心感があるキャラクターなせいでラスボス疑惑があったりする彼だが、どうやらその心配はいらないようだ。

 以前主人公をズタボロにした相手を、藤也さんが圧倒的な力で追い詰めていく。

 そろそろ決着がつくだろうと予想していたが、やはり藤也さんのパートは今週で終わりのようだった。

 寂しい気もするが、やはりこの人が勝ってくれると気分が上がる。

 見合いの話題で感じた少しの憂鬱さなどどこかへ飛んでいき、良い気分で笑顔になったまま最後のページへ移動した。

 最後のページではいつものように藤也さんが不敵に笑っているのだろう。


 そんな私の予想を嘲笑うかのように目に飛び込んできたのは、血まみれになって地面に倒れこむ藤也さんの姿だった。


「…………え」


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