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騒がしい秋に【2】

 

 噓でしょ、と引きつった顔が戻らない。

 写真を見るために下を向いているので女性からは私の顔が見えないのが救いだった。

 いやわかる、わかるけども。

 タイムスリップしたようなものなので仕方がないけれど、この世界では結婚している事が当たり前。

 私と同年代の柊だって適齢期に独身、さらに地位持ちという理由で見合い話が大量に持ち込まれているくらいだ。

 独身の女性が少ないため男性よりも女性の方に見合い話が持ち込まれる事が多い以上、私に見合い話が来るのは本当ならば仕方がない事だけれど……正直今の今まで完全に他人事として捉えていた。


「い、いえ……でもその、私来訪者ですし」

「なに言ってんだい、この町にそんなこと気にする人なんてもういないよ。紫苑さんが一生懸命やってるのもしっかり者なのもみんな知ってるさ!」


 これまで来訪者が騒ぎを起こしたのはすべて恋愛に関する事で、みんなそれを嫌な出来事だったと強く記憶している。

 いくら私が信用を得ようとも来訪者と恋愛事を進んで結び付けたい人なんていないだろう、そう思い込んで油断していた。

 私を認めてくれる人が増えたのも、来訪者への評価を振り払う事が出来たのも本当に嬉しい。

 真面目にやってきて良かったと思えるのだが。

 ……この持ち込まれた見合い話だって良いものだとはわかっている。

 面倒見が良く、まとめ役もやっているこの人なら、仲人役を引き受ける事も多いだろう。

 普段から私も本当にお世話になっているので彼女が良い人なのは知っているし、写真の男性もお客様として話した事があるが穏やかでいい人だ。

 優しそうな雰囲気で顔立ちも整っており、笑顔から人の良さがにじみ出ている方だった。

 彼女の言葉通りならば彼と結婚しても店をたたむ必要はないだろう。

 生まれた世界で親が押し付けてきた私が絶対に不幸になるような……家のためだけの見合いとはまったく違うものだ。

 相手の事も私の事も考えて、どちらも幸せになれるような条件の話なのはなんとなくわかる。

 しかし条件が良いから見合いをするかといえば話は別だ。

 助け舟を出してくれないだろうかとこっそり蓮と柊の方に視線を向けるが、二人とも少し驚いたように私を見ているだけだった。

 結婚したら今のようにこの二人と気軽に出かけることも、夜遅くまで馬鹿みたいに笑いながらお酒を飲むこともできなくなるだろう。

 夏に交わした来年の花火の約束は、私たちの関係が変わっていない事が前提だ。

 まさか一番可能性の無かった私が変化のきっかけになるとは、まったくの予想外だった……相手がどれだけ良い人でも結婚する気はないけれど。

 昨日寝る前に読んだ想い人の笑顔が頭の中に浮かぶ。

 藤也さん助けて、なんて思いながら断りの言葉を必死に考える。

 良い人だからこそ変な理由で困らせたくないし、かといって適当な理由で断った場合は次の話が持ち込まれる事は目に見えていた。


「あの、ですね」


 言いにくい、ひたすらに言いにくい。

 しかし以前自分が恋愛しない理由を話した二人がいるこの場所で、これ以外の断りの理由を言うわけにはいかなかった。


「私、この世界で結婚をするつもりはないんです。その……生まれた世界に忘れられない人がいますので」


 え、と驚きの声を上げた女性はすぐに申し訳なさそうな表情へと変わった。

 嘘は言っていないが罪悪感が凄まじい、心の中で謝り続けるがもうこれ以外に言いようがない。


「そうだったのかい……ごめんねえ、紫苑さんの都合も考えずに」

「い、いえ、とんでもないです! いつも助けていただいていますし、このお見合い話も良いお話だとはわかっているのですが、申し訳ありません。まだ私の中でこの世界での恋に対しての踏ん切りがつかないのです。自然に恋でもすれば話は別かもしれませんが、今はお見合いはお断りさせていただきたいのです」


 まだ、とは言ったがこれからもする気はない。

 しかし来年あたりに「そろそろどうだろうか」なんて変に気を使われて新しいお見合い話を持ち込まれる可能性もある。

 その危険性を減らすためにも、あくまでも自分から恋をする気はあるがお見合いはしないという風に持っていきたいが、申し訳なさそうな顔で何度も謝られてしまって非常に心が痛い。


「その……実はねえ、紫苑さんに見合い話を持っていきたいって人は結構いるんだよ」

「えっ」


 自分がどれだけ楽観視していたのか思い知った気がする。

 女性は私の表情を見て苦笑した後、柊の方を見た。

 そのまま視線は蓮の方へ向けられ、何か言い淀むように思案し始める。


「あの……?」

「ああ、その、ね、言いにくいんだけど、紫苑さんに結婚の意思が無いなら一応耳に入れておいた方がいいかと思って。城で仲人役をやっている人は、柊一郎様との見合い話を持ってくるつもりだったらしいんだよ。それに妖怪との生活が前向きに始まったから、蓮さんとの見合いはどうだろうって話も出ててさ。」

「えっ」

「……は?」


 本当に言いにくそうに告げられた言葉に、私だけでなく蓮や柊も驚くことになった。

 驚いて零れた私の声は柊と揃い、一拍おいて蓮の口からも気が抜けたような声が飛び出す。

 二人とも目を見開いて呆然としているが、おそらく私も彼らと同じ表情をしているはずだ。


「え、柊や蓮と……私がお見合いって事ですか?」

「そういう事だねえ。柊一郎様は見合いをすべて断っているけど、紫苑さんとは仲が良いからいけるんじゃないかと思われたみたいで。蓮さんも同じだね。祭りの日に三人で連れ立って歩いてる様子を見た人たちがお似合いじゃないかと言いだしてねえ」


 思わず三人で顔を見合わせる。

 友人として仲良くはしているが、柊とは身分差があるし、蓮だって妖怪ではあるが総大将という地位を持っている。

 来訪者で地位なんてない私との間にそんな話が出るなんておかしくないだろうか……いや、この世界は恋愛事に関しては結構緩いのだった。

 真剣に想い合っている場合に限るが、多少の身分差では引き裂かれる事は無い世界だ。

 そう考えると私たちに見合い話が発生してもおかしくはないが、柊の楓さんへの想いを知っている身としては結構気まずい。

 今はもうだいぶ吹っ切ったようだが、彼が体調を崩すほどに彼女を想っていた事は知っているのだ。

 蓮だって今は見合いなんて考えていない様子だったし。


「紫苑さんが自分の事情を聞かれたくない、とかでなければ私の知り合いで仲人役をやってる人には伝えておくけど……」

「お願いします!」

「わかった、任せておきな! でももしも紫苑さんが恋愛する気が起きた時は良い人を見繕ってやるからね。遠慮なく言っておくれ」

「あ、ありがとうございます」


 確かにこの人なら良い人を紹介してくれそうだが、そんな日は一生来ないだろう。

 あの写真の人も素敵な人ではあったが、私が一番かっこよくて素敵だと思うのは藤也さんだ。

 なんせ蓮や柊のような特上のイケメンが目の前にいても一切ときめかないのだから。

 写真を女性に返すために差し出したところで、ふと写真に写る男性の顔がゲーム画面のイラストと重なった。


「……あの、もしかしてこの方って」

「え? ああ、もしかしてまた気がついていなかったのかい? 紫苑さんの前に来た来訪者のお嬢さんたちはこぞって会いに行ってたっていうのに」

「ぜんぜん気が付いていませんでした。お店に来てくれたこともあるのに」


 写真の男性は間違いなく、攻略キャラクターの一人だった。

 まさかの紹介相手だ、そこまで信頼していただけたことへの嬉しさはあるが、それ以上の微妙な気持ちをなんと表現したらいいのか。

 ゲーム画面越しにそれなりにときめいていた相手との見合いを嬉しいと思えないとは……自分がどれだけ現実での恋に興味が無いか感じてしまってもう笑うしかない。

 もっとも柊や蓮にも画面越しにはときめいていたので、今更ではあるのだが。

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