第六章 騒がしい秋に【1】
花火大会も終わり、季節はあっという間に秋に突入した。
起きる時間は夏の頃と変わらないのに、店の前に出た時は嘘のように薄暗い。
元の世界って江戸時代辺りがミニ氷河期とか言われていたっけ、この世界もそんな感じなのか妙に寒く感じる。
もっとも夏はちゃんと暑かったし昨日の夜からいきなり寒くなったので、偶然冷え込んだだけかもしれないが。
吐く息が白くなるのを見つめながら店の前に長椅子を出し、その隣に火鉢を置いておく。
風が吹いていようが何だろうが、周囲一メートルほどを暖かくするこの火鉢。
昨日完成したばかりなのでまだ数は無いけれど、これから冬にかけてメインの商品になってくれると嬉しい。
ここに置いておけばお客様への宣伝にもなるし、ついでに温かい甘酒の看板も横に建てて開店準備は終わりだ。
少し冷えた指先をこすりながら店内へと戻る。
夏場とは違うので扉を開けっぱなしにする訳にもいかず、店の中も火鉢で温めた状態でしっかりと閉めておく。
お客様の為にも自分の為にも換気の時以外はなるべく温めておきたい。
「そろそろお客様が来る時間なんだけど、いいの?」
「……どうして家にはこれが無いんだ?」
「昨日出来たばかりだから。接客中はどうしても寒いから、とりあえずは自分で使おうと思って。明日には家用のがもう一つ出来るから」
「個人的にも一つ買う」
「すでに柊が予約済みだからその後で良い?」
「くそ、出遅れたか」
心底悔しそうにそう言った蓮は、普段私がいる小上がりの畳部分に設置した炬燵の中に入っている。
畳敷きなのでそのまま座るとどうしても寒く感じてしまうので、敷物の上に小さな火鉢を置いてその上に炬燵を設置した。
少し特殊な火鉢なので炬燵専用として売りに出そうかとも思ったけれど、こちらはまだ一つしか出来ていない。
倒しても灰や炭が零れないし周囲に火が燃え移る事も無い良い物だが、完成まで時間が掛かる。
店で売っている火鉢では大きすぎて炬燵内を圧迫してしまうので併用はできない。
けれど二種類の火鉢を同時進行で作るのは作業場の規模的に難しかった。
他にも作らなくてはならない商品も大量にある。
「……こっちは予約制にしようかな」
「飛ぶように売れるだろうな」
「そうかな?」
この世界にも炬燵はあるし、大体の人が持っている。
私が作った物は性能が高いとはいえ、今ある物を買い替えるとなると話は別だ。
水瓶のように買い替えたからといって劇的に便利になるわけではないし、風鈴や扇子のように気軽に買える値段でもない。
「少なくとも二つ予約が入っただろうが」
「じゃあ試しに紙に書いておこうかな。今日予約したとしても渡せるのは五日後とかだけど」
蓮と向き合うように炬燵に入る……狭い、足の置き場を探さないと色々踏んでしまいそうだ。
蓮の足以外にもモフモフとした感触が詰まっている炬燵で、何とか自分の足を置く場所を見つけ出して紙に筆を滑らせる。
……これが続くようなら炬燵を一回り大きなものに変えよう。
炬燵布団から顔だけ出して眠っている動物たちを見てそう決める。
早朝、店を開ける前に「お邪魔するよ」とやってきた猫又親子は、呼吸のために顔だけ出してはいるものの炬燵の中に潜り込んだまま目を閉じて動かない。
そして最近コンちゃんが友達になったらしい子狸も、コンちゃんの横でぷうぷうと鼻提灯を膨らましている。
癒しの光景ではあるが炬燵の中が本気で狭い、ただでさえ火鉢が置いてあるのに。
「……妖怪ホイホイ」
ぽろっと口からそう零れたが、なかなか的を射ているのではないだろうか。
炬燵用火鉢と書いた下に換気不要、燃え移りの心配なし、など説明文を追加して、火鉢が置いてある辺りに張っておこうと立ち上がった。
「寒っ」
店の中は温めていても、炬燵から出ると寒く感じる。
それもあってかそろそろお客様が来る時間だというのに、蓮はまったく動く気が無いようだ。
昨日は夜中まで戦いに行っていたようで、早朝冷えた体で帰ってきて風呂に入ってからは寒い寒いと言いながら炬燵に潜り込んでいる。
最近はそこまで戦いに明け暮れてはいなかったのにどうしたのかと思ったのだが、寒すぎて体を動かし続けていたら夜が明けていたそうだ。
「その尻尾は何のためについてるの」
「少なくとも暖を取るためじゃねえよ」
彼の大きな四本の尾は背中に被さって布団代わりになっている……どう見ても暖を取るために使っているようにしか見えない。
頭頂部の耳がぺたんと情けなく垂れているのを見て、仕方ない、と湯気の立つ甘酒を一つ彼の前に置いた。
指先を温めるように湯呑を握りながらちびちびと口を付ける様子からは、妖怪の長という威厳はまったく感じられない。
「暑さも無理で寒さも無理って……今までどうしてたの?」
「戦争前は平気だったんだ。力が無い状態だと外気の影響を受けやすい。後少し、おそらく後一本でも尻尾が戻ってくれば体温の調節も出来るようになるはずなんだ」
「完全に平気になるって事?」
「……寒さはな」
「夏は?」
「元々水に浸かるか木陰から出ないかで凌いでいたが、力が戻れば多少は調節できる。来年は今年と同じようにここに入り浸るがな」
別に構わないが、来年力が戻って尻尾が増えたら今年以上に夏場が地獄ではないのだろうか。
動物たちの小さないびきを聞きながらそう思っていると、カラカラと音を立てて入り口が開いた。
「いらっしゃいませ」
「おはよう紫苑さん、急に寒くなったねえ」
「おはようございます。そうですね、昨日の夜なんて寒くて布団をもう一枚引っ張り出しましたよ」
「うちの家もだよ。今からこうだと冬がちょっと怖いね。今の内にしっかり準備しておかないと」
からからと気持ちのいい声で笑うのは、すっかり店の常連さんになったまとめ役の女性だ。
この人が来てくれたことがきっかけでお客様が来て下さるようになったのでもう感謝しかない、普段も困りごとがあった時は相談にのって下さるし、買い物以外でも時折様子を見に来てくれる。
……こういう人が私の母親だったら、きっとまったく違った人生になっていただろう。
息子さんや娘さんとお店に来てくれる事もあるけれど、実の子供はもちろんお嫁さんやお婿さんとの仲も本当に良さそうで、慕われているのが一目でわかる。
そんな彼女は私の後ろで炬燵に潜る蓮を見つけて目を見開いていた。
色々と開き直ったらしい蓮は視線よりも暖を取ったようで、軽く会釈だけした後はピクリとも動かず炬燵に入ったままだ。
「……すみません、寒いみたいで」
「ははっ、そうかい。妖怪の長がこれじゃあ私たちが寒く感じるのも仕方がないね」
一瞬戸惑ったもののそう笑い飛ばした彼女は、炬燵から覗くコンちゃんたちの顔を見てさらに笑みを深めた。
あの祭りからしばらく経ち、蓮は外を歩く回数を増やしている。
私か柊が一緒の時ばかりだが徐々に会話する人も増えてきたようで……これから復活してくる仲間の為という理由もあるのだろう、彼なりに少しずつ交流をしているようだ。
「ところで紫苑さん、あの長椅子の横にあった火鉢は売ってるのかい?」
「ええ、まだ数は少ないのであそこにあるだけですが」
「良かった! 今まで使ってたのが綺麗に割れちまって、もう買い替えるしかない状態でさ。この店なら良いのが売りに出されるかもと思って来てみたんだ。正解だったよ」
「ありがとうございます。長火鉢と箱火鉢どちらになさいます?」
「そうだねえ……この炬燵用のはまだ売っていないのかい?」
「普通の火鉢を優先に作っていたので。試しに作った一個だけしかないんですよ。今から作っても五日後くらいのお渡しになってしまうので、一先ず予約制にしようかと」
「なるほど……とりあえず長火鉢と、こっちも予約させてもらってもいいかい?」
「はい、ありがとうございます!」
早速売れた、と喜びつつ女性に良かったらどうぞと甘酒を差し出す。
彼女が飲んでいる間に受け取った長火鉢の代金を数えていると、店の入り口が開く音が響いた。
入ってくる風が冷たい、冬支度を急いだほうがいいかもしれない。
「いらっしゃいませ。あ、柊」
「おはようございます、紫苑……蓮、店で何をやっているのですか」
「寒い、出たくない」
厚手の着物に羽織を着た状態で静かに扉を潜ってきた柊が、炬燵に入る蓮を見て呆れた表情を浮かべた。
寒い寒いと縮こまる蓮とは真逆のいつも通りのピシッとした立ち姿、甘酒に口を付けていた女性とも穏やかに挨拶を交わしている。
相変わらず正反対の二人だ。
「紫苑、提出が必要な書類を持ってきましたので時間が空いたら目を通していただけますか? わからない部分があればお教えしますので」
「うん、ありがとう。柊も良かったら甘酒飲んで行って」
「ありがとうございます」
小上がり部分に腰かけた柊にも甘酒を渡し、飲み終えた女性から湯呑を受け取った。
「年末は商売人は忙しいからねえ。何かわからない事があったらあたしも相談に乗るからね」
「いいんですか、ありがとうございます!」
「もちろんさ、紫苑さんの店のおかげでずいぶん便利になったからね。ああ、そうそう」
何かを思い出した様子の女性が荷物の中を探り、勘定台の上に何かの紙を置いた。
視線をそちらに向けると白黒の写真が一枚置いてある。
おお白黒写真だ、カラー写真や端末のカメラ機能に慣れた身としては新鮮……なんて思ったのは一瞬で、その写真の意味に気が付いて笑みが引きつった。
「どうだい紫苑さん。隣町の家の次男坊なんだが、良縁がなかっただけで働き者の良い子なんだよ。紫苑さんより二つくらい年上でね、今は城勤めだが商才もある子だから店の戦力にもなるはずさ。良かったら見合いしてみないかい?」




