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変わり始める夏【6】

 時間が経過するにつれてこちらを見て驚く人は減っていき、蓮も買い物に抵抗を覚えなくなっていった。

 様々な街から集まる大勢の人々、何よりも祭り特有の熱気というか雰囲気のようなものにつられるのか、皆盛り上がりながらもいつもより寛容になっているように感じる。

 確かに柊の言う通り、今日は蓮が人の多い場所を歩く一日目としては最良の日だったみたいだ。

 そうして祭りの熱気に飲まれるように多すぎるくらいの物を買って、花火に間に合う時間に家へと戻って来る事が出来た。

 家の裏手側にある縁側に移動して、花火の時間を待つ。

 暗闇に包まれているため流れている川はうっすらとしか見えないが、せせらぎの音と共にたくさんの蛍が飛び回っていた。

 とても幻想的な光景なのだけれど、夜中に一人でこの縁側を通ると雰囲気が出すぎていて少し怖い。


「ここからならちょうど見えるよね?」

「ええ。少し木の陰に入ってしまいそうですが」


 河原に生える木は何本かが少し大きいため、縁側からだと空を少しだけ隠してしまっている。

 しかし人混みの中で見るよりも家で見た方がくつろぎながら見られるので、三人とも選択肢は家一択だ。


「なら上に行けばいいだろ」

「上? ああ、屋根の上ですか。確かに遮るものはありませんね」

「屋根かあ、上がった事ないけど気を抜いたら落ちたりしない?」

「この家の屋根ならば座ってさえいれば特に危険はありませんよ」

「じゃあせっかくだし梯子でも持ってこようかな」

「別にいらないだろ」


 そう蓮の声が聞こえたと同時に、ぐっと胸元が絞まる感覚。

 続いて感じた浮遊感に思わず目を閉じて、一瞬後に開けた時にはもう屋根の上だった。


「え?」


 お腹に回っていた蓮の片腕が離された事で、彼が私を抱えて屋根に飛び上がった事に気づく。

 肩に抱えるでもなく片手で猫でも持ち上げるかのように簡単に……以前も人を二人運んで来た事があるしわかっていた事とはいえ、いざ自分が体験して妖怪の力の強さを再認識した気がする。

 しかし私のそんな考えは、片手を屋根に掛けはしたものの、大量に買った食べ物や酒を片手に屋根に飛び上がってきた柊を見て覆されることになった。

 柊のように鍛えたこの世界の人も十分強いようだ……私が貧弱なだけか。


「ありがとう、下りる時もよろしく」

「おう」


 屋根の上に置いていかれたら絶対に下りられないので、そこはしっかり頼んでおく。

 ちょうど花火が見えそうで座っても安定するような場所に三人並んで腰かけた。

 気遣いなど無い飲み会だ、全員手酌で徳利からお猪口に酒を注いで口を付ける。


「花火始まる前から食べ始めちゃったなあ」

「早く食わないと蕎麦が伸びる」

「やはりこういうものは出来立てに限りますからね」


 ずるずると蕎麦をすする蓮の横で、串に刺さった天ぷらをかじる柊。

 私も口ではそう言いつつ寿司を一つ口に運んだので、情緒が無いのはお互い様のようだ。


「あ、これ美味しい。どこのお店の人が出してたかわかる?」

「町の東の銭湯近くにある店の方でしたよ。新しく出す予定の物を先に屋台で売っていたので買ってみました」

「あそこかあ、今度行った時に売り始めてたら買ってみようっと」

「なんでもいいが、蕎麦を先に食わんと伸びるぞ」

「そうだね。花火が始まる前に蕎麦だけ食べちゃおうか。私も天ぷら一つ入れて食べよう」

「油揚げもう無いのか?」

「ここにあるから私の分も食べていいよ。柊は何か入れる?」

「いえ、このままが好きなので」


 花火が始まるまでの少しの時間、全員で蕎麦をすすりながら穏やかに会話を続ける。

 結局場所が違うだけのいつもの飲み会になってしまったが、祭りの雰囲気は私達にも伝染しているらしく特別感はあった。

 川のせせらぎと共にわずかに祭囃子が聞こえるのも風情がある。

 途中で連れてきたコンちゃんが私達の横で嬉しそうに油揚げを食べ始めた頃、どん、という大きな音がわずかな振動と共に聞こえて顔を上げた。

 一拍おいてパチパチと音を立てながら空に広がる大輪の花。

 空を塞ぐ建物は無く空気がきれいなので、視界いっぱいにくっきりと花火が広がる。

 遠くに見えるお城の影の上に次々と打ち上げられる花火から目が離せない。

 見慣れている二人は私ほど感動はしないのだろう、食べたり飲んだりしながら空を見上げているだけだ。

 様々な色の光に照らされて、二人の色が少し変わっていくのがなんだかおもしろい。

 手に持っていたお猪口の中のお酒には先ほどまで月が映っていたのだが、今は次々と変わる花火が映りこんでいる。

 飲むのがもったいない、そんな風に思いながらじわじわと湧き上がる喜びのような感情をどうしたらいいのかわからない。

 この世界に来られてよかったなあ、としみじみ感じながらお猪口に口を付けた。


「来年もここで見たいなあ」

「たしかにここならば花火が綺麗に見えますしね」

「喧騒もないし、人混みもない。好きに飲み食いできるのも良いな」


 ふいに口をついて出た言葉に、当然のように返って来た肯定の言葉。

 どうやら来年もまたここで三人で花火が見られるようだ。

 増していく嬉しさを噛みしめながら、この世界で初めての花火を楽しむことにした。


 このまま穏やかに秋を迎えて冬を越し、二度目の春を迎えて、またこうして花火が見られますように。


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