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変わり始める夏【5】

 柊と採取に行き、衝撃的な出会いをしてから数日後。

 いつものようにお店の看板を出そうと入口の戸をカラカラと引いて開ける。

 相変わらず高い位置にある太陽からの日差しが眩しい。

 目を細めながら長椅子を出していると、置いたばかりの長椅子に小さな影がぴょんと飛び乗った。


「あら、おはようございます」

「うむ」


 一言だけそう返して大きなあくびをしたその影……この前、森で会った尾が二股に分かれた猫の妖怪、猫又だ。

 普通に話せるらしいのだが、元々口数が少ないタイプだったらしく長話になる事は無い。

 親猫に続くように次から次へと長椅子に飛び乗る子猫たちは皆可愛く、まだ尾は一つのまま。

 このまま長生きし続けると勝手に二股に分かれるらしい、妖怪と言っても色々な種族がいる様だ。

 すっかり私のお店の前を定位置にした彼らもまた、子狐と同じようにお客様に受け入れられている。

 ……ここ数日、こうした小さな獣型の妖怪たちが一気に復活し始めた。

 そして彼らはたった数日で、戦争が起こる前のように町へと馴染んでいる。

 実はコンちゃんが復活してからしばらくして数匹の妖怪たちは復活していたらしい。

 ただ、操られたような状態とはいえ人々と争ったのは事実で。

 ゆえに人々を怖がらせないようにひっそりと森の中で暮らそうとしていたらしいのだが、鳥型の妖怪たちが私の家の中庭で遊ぶコンちゃんを見つけた事をきっかけにして、人々がまた共存の未来を望んでいる事を知ったそうだ。

 許されるとは思っていないが、もしもまた以前のように共に幸せに暮らせるのならば……そう思った彼らは、あの日たまたま森に足を踏み入れた私たちを見て姿を現したらしい。

 そこからの柊の対応は本当に早かった。

 あらかじめ準備が整っていた事もあるが、彼らの復活について正確な情報を聞き出し、妖怪たちが生活できる場をどんどん提供し、町の混乱が最小限になるようにしつつも正確な情報を広め……仕事が出来る人だとは知っていたけれど、あれよあれよという間に場が整っていく様子は見ていて気持ちがいい程で、その手腕をがっつりと見せつけられた数日間だった。

 私は他の町の様子は直接見ていないので詳しくは知らないが、この町の人達はコンちゃんという前例があったため比較的早く落ち着いたようだ。

 今も長椅子でくつろぐ猫又親子を見て、訪れたお客様が挨拶している。


「あら、すっかりここが定位置ねえ。良いお魚が入ったからうちにも食べに来てね」

「……ありがとう、後で行かせてもらうよ」


 ニコニコと笑いかける魚屋を経営しているお客様と、遠慮がちに、けれど嬉しそうな声色で返す猫又さん。

 蓮や柊が危惧していた妖怪を受け入れられない人が出るかもしれない、という問題はあまり発生しておらず、むしろ妖怪たちの方が申し訳なさから遠慮してしまっている。

 他人を気遣うような性格が強いのは、人間や妖怪などの種族関係なくこの世界の人達の共通事項なのかもしれない。

 まあ、その内上手くいくだろう。

 封印や戦争の記憶が薄い子供たちはもう既に何も気にせず共に遊びまわっているのだから。


「紫苑さん、笠を売りに出したと聞いたのだけれどまだあるかしら?」

「ええ、たくさん作りましたから。今なら数種類から選べますよ」

「良かった、人気の商品はすぐに売り切れちゃうから。今日のお祭りでどうしても欲しくて」

「花火が上がるのは夜とはいえ、まだ暑いですからね」


 お客様を店内に案内しながら駆け寄ってきたコンちゃんを抱き上げ、子猫たちの中にそっと下ろす。

 すぐに四匹揃ってわちゃわちゃと遊びだした様子に、思わず零れた笑い声がお客様と揃った。

 良い遊び相手が出来たし、親猫の猫又さんが一緒に面倒を見ていてくれるので私にとってもありがたい。


「まだ人に近い種族の方たちが復活しないのよねえ。この子たちと同じようにある日いきなり、になるのかしら」

「この子たちも前兆がありませんでしたからね。ただ獣型でないのなら森の中に隠れ続けるのは難しそうですけど」

「そうねえ……でも、お祭りに間に合わなかったのは残念だわ」

「そうですね、一緒に楽しめればよかったんですけど」


 その日来たお客様の話の大半はこの話題だった。

 今日は大きなお祭りがある。

 花火は私の家からも見えるらしいので、上がるまでは出店で買い物。

 その後は家に戻ってきて、川に面している方の縁側に座って見ようと決めている。

 蓮はいつも通り私の家にいるし、柊もお祭りの担当ではないので夜は空いているらしく、結局いつもの三人で集まって飲もうという事になっていた。

 楽しみだなあ、と口元が緩む。

 友達とお祭り、生まれた世界ではやっていなかった楽しいことだ。

 少し早めにお店を閉め、着物ではなく浴衣に着替えて二人と合流する。

 浴衣は店で仕立ててもらうつもりだったけれど、町のお店で見つけた白地に梅と紫苑の花の柄が入った生地に一目惚れしてしまい……このお祭りに間に合うように仕事の合間にちまちまと縫って無事に作り上げる事が出来た。

 もともと裁縫は得意だったとはいえ、日常で必要になった今はずいぶん腕も上がったように思う。

 和服好きだった身としては毎日色々な着物を洋服感覚で着られるのが楽しくて仕方がない。

 唯一持っている洋服は初日に確認したミニスカートとシャツのみだが、少し前に部屋の模様替えをした時に着たくらいで後は封印している。

 大型の家具を移動させる時などは着物よりも足に自由が利くので便利ではあるけれど。

 しかし今は蓮が住み込んでいる状態だし、柊も仕事だったり遊びに来たりで家に来ることが多いので彼らが手伝ってくれることもあり、洋服はどんどん引き出しの奥へと追いやられている。

 いくら親しくともあの短いスカートをはいて彼らの前でくつろぐつもりはない、という理由もあるけれど。

 最近では着付けにも慣れたので動きやすい着方も把握しているし、よけいに洋服の出番は無くなってしまった。

 蓮も柊も今日は浴衣だったが、色合いはいつも着ているものに近い。

 柊は基本的に寒色系の落ち着いた色の着物だし、蓮は大体派手目な赤い着物だ。

 もちろんゲームの立ち絵とは違うので毎日違う着物ではあるのだが。

 祭囃子が響く中、彼らと並んで歩を進める。


「……まさかまた祭りに行くことになるとはな」

「去年のあなたからは考えられませんね」

「俺だって遠慮くらいするさ」


 人目を気にして、そして自分の姿を見る事で町の人が不安にならないように明るい時間での外出を避けていた蓮は、今日の祭りにも実は参加する気が無かったようだ。

 私と柊に買い物を頼んで、後は私の家で三人で花火を見ながらそれを摘まむつもりだったらしい。

 しかしそんな彼の頼みは口にした時点で柊に一蹴される事になった。


『あなたが人々に気を使ってくれていた事はありがたく思っていますが、復活した妖怪たちを皆が受け入れ始めている今、人目を避けて生活する必要はもう無いでしょう。むしろこれから復活してくる人型の妖怪たちの為にもそろそろ歩き回って町の方々が慣れるきっかけになればいいだけの話です。それに……あなたが気遣って下さっていた分、今度はこちらが気遣う番でもあります。過去を過去にして共存の道を進むことを決めた以上、一歩踏み出すには良い機会でしょう』


 それでも少し戸惑っていた蓮だが、最終的に私と柊の間を歩くという形で一緒に行くことになった。

 会場に近づくにつれて人目は増え、蓮の姿を見た人々がぎょっとしていたがそれもすぐに引いていく。

 騒ぎになる事も無くお店の人はすぐに笑顔を向けてくるので、柊の言っていた事は間違っていないようだ。

 強いて言うなら出店の店員さんがお店のお客様だった場合に私が質問攻めにあうくらいで。


「……何で私?」

「俺に話しかけるよりは話しかけやすいからだろ」


 会場に足を踏み入れたあたりで人が一気に増えたので話しかけられることは減ったが、一度驚かれるのは変わらなかった。

 蓮も慣れてきたのか、今はもう気にする素振りは見せていない。


「私も紫苑の採取を手伝うようになってから、しばらくの間は色々聞かれていましたね」

「そうなの?」

「来訪者に嫌悪感抱いてた奴が張本人と二人で仲良く歩いてりゃ気になるだろ。どっちも適齢期の独身だしな」

「あー……」

「仕事で出入りしていることを知られてからは聞かれなくなりましたよ。紫苑が町の人々に受け入れられるのが早かったこともありますが。ただ、一時的に減っていた見合い話は復活してしまいましたけれど」

「やっぱりそういう話も来るんだね」

「地位持ちだからなこいつは。お前と恋仲なんじゃないかと噂になっていたこともあったぞ」

「えっ」

「その噂が無くなったからこそ、私の見合い話は復活したのですがね。今の所受けるつもりはないですし、持ってこないように言ってからは正式な話は無くなりましたが……」

「人伝に親戚の娘の紹介とかがあるんだよな」

「大変だねえ」

「こればかりは私の年齢のこともありますし、仕方がないことですので」


 世界の違いを一番感じるのって、この結婚観な気がする。

 結婚が常識の世界観は私にとって少し生きにくいけれど、その他の事は理想な世界なのでまあいいかと思えるけれど。


「あ、あそこの天ぷら欲しい。適当に買って来るけど二人は何か食べたいのある?」

「色々買って来て好きなの摘まめばいいだろ。あそこの寿司もいいな、田楽も欲しい、蕎麦はのびるか?」

「蕎麦は最後に買えばいいでしょう。寿司は私が行ってきますので田楽はあなたが買って来て下さい」

 

 柊、結構厳しいな。

 人目に付く場所を歩くことになった一日目に一人で買い物に行かせるとは……蓮に一緒に行くか聞かない時点で私も人のことは言えないけれど。

 くぐもった声を漏らした蓮だが、一つ溜息を吐いて田楽の店へと歩いて行った。

 あそこの店主さんはコンちゃんを可愛がってくれているのでまあ大丈夫だろう、同じ狐だし。

 自分もてんぷらを買ってこようと屋台の方へ足を向けた。

 お祭りの雰囲気は同じだけれど、売っている物は全然違う。

 日用品を売っている屋台が多いし、そもそも出店自体が祭りでなくても普段から出ていたりする。

 お祭りという事でいつもより種類は多いし、盛り上がってはいるけれど。

 顔見知りの店主さんにおまけしてもらったので、想定よりも増えたてんぷらを抱えて先ほどの場所へと戻る。

 揚げたての天ぷらは良い香りだし美味しそうなのだけれど。


「たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、唐揚げ、りんご飴……」


 小さく呟きながら、食べ物のこととはいえあの世界のことを恋しく思う日が来るとは、なんておかしくなって笑った。

 お祭り会場特有のあの香りを思い出したからだろうか。

 もちろん市販のソースなんて無いのでイメージと一致するたこ焼きなどは作れないが、唐揚げやりんご飴なら自分で作れるだろう。

 今度作ってみようと決めて、二人との合流場所を目指す。

 日が暮れてきて、空が橙色から闇色へと変化してきている。

 弓形の細い月がうっすらと浮かんで見える空の下、どん、どん、と太鼓を中心に和楽器の音が響いている。

 提灯や行燈に照らされている出店の並ぶ道で、動物のお面を被った浴衣姿の人達とすれ違う。

 まるで異世界に迷い込んだみたいだ、この世界に来た時よりも強くそう感じた。

 そんな空気の中で一人きり。

 生まれた世界では当たり前だった一人、誰かと会話できる環境に慣れたせいか、なんだかとても寂しい。

 置いて行かれたような焦燥感で不安になり、周囲の音が遠くなっていくような気がしてなんとなく早足になった。


「せっかくだし酒も買うか」

「紫苑の家に置いてある物が少なくなっていたのでちょうどいいかもしれませんね」

「次に屋台があったら覗いてみるか」


 少し離れた所から聞こえた会話で、ふっと現実に戻されたように喧騒が戻って来る。

 彼らに気づかれないように小さく息を吐き出してから二人の名前を呼んで、こちらを見た彼らの顔に安堵する。

 妙な気分だったが、きっとお祭り特有の空気に飲まれていたんだろう。

 二人と合流した時には、先ほどまでの不安は綺麗に消えていた。


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