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変わり始める夏【4】

 相変わらずコンちゃん以外の妖怪は見つからず、日々は過ぎていく。

 季節は夏真っ盛り、朝方とはいえ太陽からは日差しが降り注いでいる。

 強い日差しから逃れるために被った笠と夏用の着物のおかげで多少涼しくはあるが、照りつける暑さに参ってしまうのは元の世界と変わらない。

 隣を歩いている柊も涼しさを感じる浅葱色の着物を身に着けている。

 ぴしっと着ているのは彼の性格からだろう。

 同じように夏用の赤い着物を着ていた蓮は少しでも風を取り入れるために着崩せるだけ着崩しているし、離れの中では上半身だけ全部脱いで諸肌脱ぎ状態だ。

 最近では早朝か夕方の涼しい時に戦いに行き、暑い時間は風鈴の下で倒れている。


「これ、良いですね。とても涼しいです」

「気に入ったなら持って帰っていいよ」

「ですがこれは商品では?」

「うん、でも明日からお店に並べるつもりで数は確保してあるから。柊には試してもらった、って事で。採取に付き合ってもらうんだから笠の一つくらい贈らせてよ」

「……ありがとうございます」

「持って帰ったらお城の人達に宣伝よろしく」

「ふふ。ええ、任せてください」


 私と柊が今被っている笠は風鈴と同じ効果があり、頭の部分から涼しい風を送ってくれる。

 クーラーほど冷やしてくれるわけではないが、それでも熱中症対策にはなるだろう。

 水瓶や風鈴、扇子と並んで目玉商品になるはずだ。

 オンライン版のイベントに季節感があったのは救いだった。

 “暑い夏を乗り越えよう”とか“寒い冬の対策”とか……そんなイベントがあったおかげで季節限定の道具も多く、元の世界ほどは快適に出来なくとも気候に負けずに生活出来ている。


「蓮は今は家に?」

「うん、離れで死体みたいになってた」

「……どうなっているのかがすぐ目に浮かびますね」


 今朝の蓮は私が採取に行くために支度していた頃に戦場から帰ってきて、すぐに風呂に入ると離れで倒れこんでいた。

 背中の上にコンちゃんが丸まって乗って寝ていたが、熱くなれば勝手に離れるだろう。

 一応彼の傍に竹の皮に包んだ稲荷寿司を置き、その上に冷蔵効果のある風呂敷をかけてきたのだが、まるでお供え物のようだった。


「あ、そうだ。包んだ物を冷たい状態で保てる風呂敷も作ってみたんだけど、売れると思う?」

「私が買いますので確実に一つは売れますね」

「むしろ柊には一つあげるからお城で堂々と使ってほしい」


 さっきは宣伝よろしくなんて言ったけれど、柊が使っているのを見たお城の人が新商品を買って行ってくれる事も多いので、彼が何も言わなくとも宣伝効果は凄まじい。

 時々扇子で仰ぎながら会話を続けている内に、いつも花や葉を採取する場所にたどり着いた。

 季節柄向日葵が多いが他にも様々な色の花が咲き誇っている。

 近くに湖があるので町よりも涼しいとはいえ、熱をはらんだ風が汗ばんだ顔を撫でていくのが少し気持ち悪い。


「雲一つ無いのは気持ち良いけど、この暑さは堪えるね。風がぬるいし」

「今日は湖からの照り返しも強いですからね。少し離れましょう」

「うん、あっちの森に行こう。木陰に入りたい」


 すまして見える柊も顔に出にくいだけで暑いのは変わらないらしい。

 足早に森の中に入ると思っていたよりもずっと涼しく快適だった。

 額の汗をぬぐいながら、差し込んでくる木漏れ日を見つめる。

 周囲には目当ての花や薬草がたくさん生えており、目的の物はここですべて手に入りそうだった。

 昼頃になるともっと暑くなってしまうし、さっさと採取を終わらせなければ。

 影を警戒しながらも柊が手伝ってくれて、必要なものを見つけては籠や袋に放り込んでいく。

 何度も一緒に来ているせいか柊の手付きが慣れたものになっているのが嬉しいような申し訳ないような……品質の高いものを見分けて取ってきてくれるので本当にありがたいのだけれど。


「この辺りの花っていつ来てもたくさん咲いてるよね。採っても採っても終わりがないというか」

「群生地ですからね。ある程度採っておかないと来年に凄まじい事になりますので好きなだけ採って下さい。咲いている数から見てもまだまだ多すぎるくらいですので」

「もう少ししたら向日葵の種も欲しいなあ。道具にも使うけど油作ったりおつまみにしたりも出来るし」


 本当に店の作業場は何でも出来て便利だ。

 色々と会話しながらも二人で手を止めることなく作業を進めていく。

 しばらくして十分な量が採れたため、少し休憩してから帰ろうと木陰に腰を下ろした。

 もう少ししたら帰り道の暑さが増してしまうので、休めるとしても少しの間だけれど。

 風呂敷に包んでいた竹筒を二つ取り出し、一つを柊に手渡す。


「柊、これ甘酒なんだけど良かったら飲んで。今日は冷やしたけど秋になったら温めてお店に出そうと思ってて」

「ありがとうございます。秋の楽しみが一つ増えましたね」


 酒粕ではなく米こうじから作った物だが、夏バテにはちょうどいいだろう。

 数口飲み込めば独特な甘みが体の熱を冷ましてくれる気がする。


「冷やした水もあるから好きに飲んでね」

「……やはりこの風呂敷、買わせていただきますね。数枚まとめ買いしたいくらいです」

「まだ店頭には並べないから一枚あげる。追加分の購入は自費でよろしく」


 気心の知れた友人との会話は変な遠慮が無くていいので楽しい。

 なんとなく周囲の花を摘んで花冠を作りながら会話を続けていく。

 この辺りの花は綺麗なものも多いし、出来た花冠はリースのように飾っておいて、枯れてきたら道具の材料にすることもできる。

 手持ちの籠や袋は埋まってしまったが、輪っかにして腕にかけていけば追加で持って帰れるし、と二つ三つと作っていく。


「器用ですね」

「結構簡単だよ。子供が手遊びで作ってたりするし」

「紫苑も子供の頃に覚えたんですか?」

「作れるようになったのは大人になってからだよ。その、上手に作っている人を見て、ちょっと興味がわいて作り方を調べたんだ」


 まあ藤也さんのことなのだが。

 漫画内で藤也さんと主人公が競うように幼い妹に花冠を作っては頭に乗せて、を繰り返すシーンがあったので興味を持ったのがきっかけだった。

 幸せそうに笑う兄弟たちの姿が眩しく見えて、自分でもやってみようと思っただけ。

 ……我ながら推しキャラのおかげで増えた特技が多いな、と苦笑してしまう。

 けれどあのシーンを思い出せば苦笑はすぐに普通の笑みへと変化した。

 少しだけ笑い声が漏れてしまって、ごまかすように花冠を柊の頭の上へと乗せてみる。

 生真面目な顔の上に載った花冠が妙に浮いていて、せっかくこらえた笑いは別の意味のものへと変化して口から漏れてしまう。


「ちょっと似合わない、かな」

「……似合っていると言われた方が困りますね。これは帰って蓮の頭の上にでも乗せておきましょう」

「コンちゃんが噛んでばらばらにしちゃいそうだなあ、蓮の髪が花だらけになりそう」

「それはそれで面白いかもしれませんね」


 少ししかめた顔は花冠をかぶせられた気恥ずかしさからだろう。

 それでも振り落としたりはせず、壊さないようにそっと花冠を外した柊は今度はそれを私の頭の上に乗せた。


「似合う?」

「少なくとも私や蓮よりは似合いますね」


 わざとらしくおどけながらそう聞いてみると、柊は一度笑った後に同じようにおどけながらそう返してくれた。


「良かった。二人に負けるのは解せないし」

「一番似合うのはあの子ですね」

「あの子?」

「あなたの店にいるあの子狐ですよ」

「確かに。間違いないね」


 ふざけ交じりのやり取りをしながら立ち上がり、着物についた葉や土などを軽く払い落とす。

 本格的に暑くなる前にお店へ帰らなくては。


「もし帰った時にまだ寝転がってたら蓮の頭にも乗せてみよう」

「でしたら花冠よりも一輪だけの方がいいのではありませんか?」

「え、どうして?」

「明日まで気づかれなければそのまま城に来そうなので。この一番可愛らしい花にしましょう」

「……乗せた瞬間に気が付かなければいけそうだね。今日はもう戦いには行かないって言ってたし、もうお風呂も入ってたし」

「後ろ髪を一房束ねて差しておけばより気づかれにくいでしょうか?」

「今日は暑いって言って自分で一つに束ねてたよ」

「でしたら……」


 小さな悪だくみをしながら森を出るべく歩を進めていると、柊が突然立ち止まる。

 同時に片手が制止するように私の前に伸ばされたので、同じように立ち止まった。

 隣に立つ彼の顔を見上げれば目線は前方に向けられており、その視線を辿ってみると少し離れた位置にわずかに揺れる草むらがある。

 よくよく見れば不自然に見えなくもない揺れ方だけれど私一人なら絶対に気づけない……これが戦える人との差か。

 制止されるまま視線を揺れる草むらの方に向けていると、揺れはどんどん大きくなっていく。

 緊張感が増してきたが、揺れる草むらからぴょこっと顔を出したのは三匹の子猫だった。

 みー、と可愛らしい声が揃うように発せられる。


「え、可愛い」

「……そうですね」


 同意しつつも柊の警戒が解けないので、大人しくその場に留まっておく。

 こういう時に勝手な行動をするのは迷惑以外の何物でもないだろう。

 そうして三匹の子猫が完全に姿を現した後、草むらが今までよりも大きく揺れて親猫が姿を現した。

 草むらから親猫の体が完全に見える位置まで出てきたところで、私の視線は一点に引き寄せられる。

 ひゅっ、と息をのむ音が柊と揃った。

 こちらをじっと見つめる親猫の尾は二又に分かれており、ゆっくりと左右に揺れている。

 なんと言っていいのかわからず言葉を探していると、頭の上からがさがさと音が響いた。

 慌てて見上げるとちょうど私たちの上にあった木の枝に”酒”と書かれた大きな徳利を持った狸が人間のように腰かけているのが視界に入る。

 妖怪の特徴を持つ彼らは、ただじっと私たちの方を見つめていた。


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