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変わり始める夏【3】

 子狐と出会ってから数日間はあっという間に過ぎていった気がする。

 妖怪復活の話は国中に知らされ、国は今まで徐々に進めていた妖怪に関わる制度や設備などを急いで完成させるために動き出している。

 しかし子狐以外の妖怪はいまだ発見されておらず、蓮が言うには戦場でも影の数が減ったという感覚はないそうだ。

 本当に復活の入り口に立っただけなのだろう。

 子狐は私の家にすっかりなじみ、夜行性なのか夕方から夜にかけて庭で遊びまわり、蓮が戦いに行っている昼間はお店に来て私の傍で眠っている事が多かった。

 夜中は離れで蓮の布団に潜り込むか家の方で私と眠るかで自由に動き回っている。

 お店ではやはりお客様には驚かれてしまったし、多少怯えさせてしまったけれど。

 私の後を早足で追いかけて来たり膝の上に乗せろと要求していたり、店内に入ってきた蝶々を楽しげに追いかけていたり……そんな所を見ていると毒気も抜かれるらしい。

 この世界の店はだいたい動物が入り放題な状況だったこともあって、狐が店内にいること自体は問題になっていないのは救いだった。


「ほらコンちゃん、土産だぞ」

「いやあ、懐かしいなあ。戦争前はうちの店にもよくこんな子が群れを成して来てたよ」

「あたしんとこもさ。うちの油揚げは狐たちにも評判だったからね」

「うちは狸の方が多かったぞ。ご丁寧に葉っぱのお金を置いて行くんだ」

「そういう時は大概親が近くからこっそりのぞいてたなあ、会釈までしてくるんだから笑っちまうよ」


 今日もお客様からおやつをもらって嬉しそうに二本の尻尾をぶんぶん振っている……狐ってあまり尻尾は動かさないんじゃなかったっけ?

 いつの間にか呼び名までついていたし、子狐もその名前に反応している。

 親が復活した時の事を考えると勝手に”コンちゃん”なんてどの狐にも該当するような名前で呼ぶのはまずいのでは、なんて思ったのだが。

 どうせならばもう少しかわいい名前を付けたかった気もする。

 やはりコンちゃんでは狐すべてに当てはまってしまうし……いや、蓮には当てはまらないな。

 コン吉、とかならまあ似合うか。

 可愛さのかけらもない友人を思い出しつつ、お客様との会話を楽しむ。

 お客様方から戦争以前の話が聞けるのも興味深いし、お店での話題が増えて私も助かっていた。

 どうやら昔から町に来る完全に獣型の妖怪はコン太だのポン助だの熊太郎だの好きに呼ばれていたらしい。

 野良猫や野良犬も人それぞれで好きに呼んでいるようだし、似た扱いなんだろう。

 ……それにしても熊太郎?

 妖怪だから知能も高いし人間にも友好的とはいえ、いきなり熊が店に入ってくる方が私は怖い。

 事前知識を得たのでもう平気だけれど、何も知らずに熊が入ってきたら大パニックになっていたところだ。


「まだ数日しか経ってないけど、すっかり紫苑さんとこの看板狐になっちまったな」

「そうですね。私はお客様が減ることを覚悟していたんですけど」


 現にこの子が私の店にいる事は次の日には広まっていたし、三日間ほどは目に見えてお客様が減っていた。

 柊が真っ青な顔で謝って来た上に保証まで口にしていたくらいだ。

 そのあたりはある程度覚悟して子狐を受け入れていたので、柊には特に必要ないと伝えたけれど。


「怖がってる連中はまだいるけど、しばらく経ったら客足も前と同じくらいに復活するさ。そもそも客足は落ちても売り上げは落ちちゃいないだろう?」

「あはは。そうですね、おかげさまで」


 そう、客足が落ちた三日間は確かに売り上げが落ちたが、お客様の数は減っても売り上げは減っていない。

 私の目の前でからからと笑うお客様方の手に購入済みの商品が入った袋があるが、全員確実に三家族分ほどの量を持っている。

 妖怪がいる事を知って戸惑っている人たちに一緒に買って来てくれと頼まれたそうだ。

 心底拒絶してる人はおらず、様子見の人ばかりらしいので今は何とかなるだろうと楽観視している。


「この店にしかない商品も多いからねえ。むしろ生活には必須な物ばかりだし、一回店に来れば問題ないとわかるさ。むしろ最初に出てきたのがこの子で良かった。紫苑さんの店って事で利用客は多いし、見てすぐに害がないのがわかるからね」

「復活の一歩目にこうして人に受け入れられやすい子が来てくれたのはありがたい事だしな。酒屋の店主も紫苑さんとこの冷やし飴が飲みたいって騒いでたぞ。行きたいから妖怪の様子を見てきてくれって俺に頼んできたんだ」

「あのでかい図体でこんな小さな子に警戒してんのかい? 肝っ玉が小さいねえ」

「冷やし飴は暑い時期限定なのでもうしばらくしたら終わりです、って伝えていただけます?」

「そりゃ大変だ、店主もすっ飛んでくるよ。冷やし飴が終わったら何かやるのかい?」

「温かい甘酒とお茶でも出そうかと」

「そりゃあいいな。こりゃあ冬場も店に居座るようだ」


 快活な笑い声が店内に響く。

 やはり私の心配はあまりする必要のないものだったようで、子狐はお客様方に撫でまわされて嬉しそうにしている。

 そうしてそんな会話をお客様と交わしてから三日ほど経つと客足はすっかり元通りになり、狐が私の家や店にいる事は町の人にとって当たり前になっていた。

 


 そんな風に日常には少しの変化が訪れたものの、私は今日もいつも通り店を開け、そして夜になり……今日は蓮や柊と飲む事もなく一人で部屋でストレッチをしたり新商品を考えたりしつつ、寝る時間になったので布団を敷いてうつ伏せに寝転がった。

 少しだけ、と決めてスマホを起動し電子書籍を開く。

 最初から読んでいると確実に朝になってしまうので、藤也さんが活躍する一番好きなシーンを読む事にしてページを捲っていく。

 危機的状況でも変わらず笑顔でいる藤也さんを見ていると自然に私も笑顔になってくる。

 不敵な笑顔ではなく、ただいつも通りの頼れる優しい兄としての笑顔。

 しばらく読み進め、話が一段落した所でスマホから顔を上げた。

 うつ伏せで読むと首と腰が痛くなるのが難点だが、推しからの供給を受けて気分は最高なのでとても良質な睡眠がとれそうだ。

 強張った体を軽く伸ばしながら余韻に浸っていると、部屋の障子がガタガタと音を立てて開いていくことに気が付いた。

 最初にやられた日は心霊現象かと思い一瞬意識が飛ぶほど驚いたが、開く理由を知ってしまえばそれもなくなる。

 細く開いた障子の隙間から若干無理やりではあるものの体を押し込んでくる子狐を見て、読書中とは違う意味で笑みが浮かんだ。


「コンちゃんは器用だねえ」


 体をフルフルと振ってから嬉しそうに私の布団へ近づいてくる子狐を撫でる。

 前足で開けた隙間に鼻先を突っ込んで障子を開ける術を覚えたらしい。

 お店からは出ていかないように一応見張ってはいるものの、本人も出ていく気はないようだと蓮が言っていたので脱走の心配はなさそうだ。

 近寄ってきた子狐は私の持つ端末が気になったのか、じっとのぞき込んでくる。

 画面には最後に私が見ていたコマ、藤也さんの笑顔が画面いっぱいに映っていた。


「……これが、私の大好きな人だよ。今日は夢に出てきてくれるといいんだけど」


 胸の中がいっぱいなので是非とも出てきてほしい。

 そうしたら明日も張り切って仕事が出来るだろう。

 子狐を遊んでやりながらふさふさとしたしっぽの感触を楽しんでいると、この子が入ってきた隙間から遠慮がちな声が聞こえてきた。


「紫苑、狐は来てるか?」

「うん、来てるよ」

「悪い、縁側にいたのに気が付いたらいなかったからこっちかと思ってな。明日一度城に連れていくことになってるから今夜は俺が預かる。明日の夜にはここに戻すことになるが」

「了解。じゃあコンちゃん、また明日の夜に会おうね」


 障子には蓮のシルエットが映っている。

 この子が入ってきた隙間はそのままだが、彼は私への気遣いからか室内が見えない位置で立ち止まっていた。

 月明かりに照らされた狐の妖怪の影が不思議な雰囲気を醸し出していて、なんとなく視線が離せない。

 障子の向こうから呼ぶ声に反応して、子狐は自分が入ってきた隙間から出ていった。


「寝てるところに悪かったな、おやすみ」

「良いよ、起きてたし大丈夫。おやすみ」


 大きな狐の特徴を持つ人影がしゃがんで、小さな狐を抱き上げる。

 人影の手が狐の出てきた隙間に向かって伸ばされて、静かに障子を閉じて去っていく。

 全部を障子越しに影絵で見ていたのだが、なんだか良いものを見た気分だ。

 今も脳内に残る藤也さんの活躍も含め、良い夢が見られそうだった。


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