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異世界の友人達【8】

「……大変、申し訳ありませんでした!」

「え、いやいや、私の方こそこっそりお酒なんて盛って……」


 柊が本音を吐き出した日、仮眠から目覚めて二人を泊めた部屋に行った私は、真っ青な顔をした柊に土下座せんばかりの勢いで謝られることになった。

 もとはと言えばだまし討ちのようにお酒を盛ったのは私たちなので、結局今までの様に謝罪合戦にはなってしまったのだが。

 ぺこぺこと頭を下げ合う私たちを蓮が呆れたように見ている。

 起きたばかりで着物がずれて肩が見えている蓮は、未だ布団の中に入ったまま上体だけを起こしていた。

 しっかりとした着物姿で正座する柊との差がすごい。


「お前らほんとに謝罪しかしてないな」

「……あなたはもう少し私に悪びれても良いのでは?」

「結果的には助かっただろう?」


 一切悪びれる様子もなく大あくびをしている蓮を見た柊の額に怒りマークが見える気がする。

 昨日の件がなければ一発殴られていたのではないだろうか。

 何かを言おうとしたのか口を開いた柊だが、ため息とともに一度閉じた。


「ありがとうございます」


 とても小さな声だったが、私の耳にも聞こえたのだから妖怪である蓮にはもっとしっかり聞こえただろう。

 途切れたあくびをそのままに、驚いた顔を柊に向けて言葉を探している。

 その様子を一切無視するように柊は眼鏡を軽く直し、もう一度溜息を吐いた。


「この気持ちを表に出すことは許されないとわかっていました。だからこそ自分の中にしまい込んでいましたが……おかげさまで自分がどうしたいのかもわかりましたし、昨日よりもずっと胸の中は軽いです。彼女を想う気持ちは変わりませんが」


 私たちに話しただけで変わるような気持ちなら、柊はあそこまで追い詰められないだろう。

 今の彼はずいぶんとすっきりとしているようで安心した。

 誰かに話して聞いてもらうだけでも気持ちが軽くなることはあるし、今回の柊もそうだったのだろう。


「ですので、ありがとうございます。ご迷惑をかけてしまって申し訳ありません」

「別に迷惑だとは思っちゃいないが」

「柊にはお世話になってるしね」

「それはお前だけだ」

「え、でも昨日……」

「いやお前だけだ。今回俺が協力したのはちょっとした気まぐれだからな」


 あくまでもそう言い張る蓮に少し呆れてしまうが、男の人には色々あるのだろう。

 不自然に私と目を合わせようとしない蓮は放置して柊に向きなおる。


「別にどんな話題でもいいから、自分で解決できなくて煮詰まってるくらいなら話してよ。いくらでも相談に乗るし、昨日みたいに聞くだけっていうことも出来るしね。私も何かあったら二人に相談するから」

「はい、ありがとうございます……ですがあの酒はもう勘弁してください。回避できるはずの醜態を晒すのはもうごめんです」

「ああ、うん。そうだね。ごめん」


 昨日の涙が止まらない様子を思い出す。

 確かにあれは人前でどころか一人でも口にしたくはないだろう。


「一つお願いを良いですか?」

「良いけど、何?」

「休日に申し訳ないのですが、お店の方に並んでいる商品でほしい物があるのです。少し選ばせていただけないかと」

「え、うん、良いよ。今から行く?」

「ええ、お願いします」

「俺はもう少し寝る」


 そう言って布団に潜り込んだ蓮を置いて、柊と二人でお店の方へと向かう。

 店舗部分に足を踏み入れた彼が向かったのは、男女がペアで持てるような品物を並べている机だった。

 夫婦で買い物に来て下さる方も多いので組み合わせに出来そうな物を隣り合わせに並べているのだが、恋人や伴侶を大切にするこの世界では想定したよりもずっと好評だ。


「……本当はずっと前から色々な店で探していたのですが、なかなか良い物が見つからず、心から買いたいと思う物も見つからずで」


 そう話しながらいくつかの品を手に取っている柊は、いつもよりも目を細めて笑っている。

 嬉しそうというか楽しそうというか……でも少し寂しそうにも見えた。


「二人の婚姻が近いので私も友として彼らに何か贈りたかったのですが、ずっと決められずにいました。頭の中が整理できた今、その原因もわかりましたが。彼女への想いを整理できずにいるのに、決められるはずがなかったのです」

「柊……」

「不思議です。気持ちは何一つ変わっていないはずで、ただ誰かに聞いてもらっただけだというのに。今は少し選ぶのが、渡した時の彼らの笑顔を想像するのが楽しいです」


 いくつかの品物を手にとっては置いてを繰り返していた柊が、紙入れの前で思案し始める。

 長方形の布で出来た入れ物で、財布や紙を入れて持ち歩くための小物入れのようなものだ。

 机に並んでいるものは一般の人々が持ちやすいようにあまり派手では無い物が多い。


「紙入れ、もしよかったら好きな布で作れるけど」

「良いのですか?」

「そこに並んでいるものだと祝言の贈り物にはちょっと地味でしょう? 今できるのはこういう感じの……」


 布の端切れを本に貼り付けてカタログ状にした見本を取り出し、近くまで見に来た柊の前でそれを捲りながら、彼が気になったデザインのところに栞を挟んでいく。

 しばらくああでもないこうでもないと話しながら柄や色を決め、形や紐の色などを決め、とやっている内に時間はどんどん過ぎていった。

 どこか遊び心のある男性ものと、明るく可愛らしい女性もの。

 二つを選んだ柊から期日を聞いて、作成の工程を考える。


「これなら十分間に合うよ。出来上がったら取りに来てもらっても良い?」

「ええ、ありがとうございます。おかげさまで二人をしっかりと祝ってあげられそうです」

「力になれたのなら良かった」


 昨日までの空気が嘘みたいに違和感のない穏やかさが漂っている。

 柊の依頼品と同時進行で、私も何か贈り物でも作ってみようか。

 この世界で唯一、生まれた世界を同じくする彼女への結婚祝いを。

 まあ来訪者である私が贈れるとは思わないが、駄目と言われたら自分で使えばいいだけだ。

 若い子なら向こうの世界の結婚式に憧れていたりもするだろうか、ブーケでも作ってみようか。

 拒否されたらそれこそ店に飾ればいいだけだし。

 そんなことを考えながら柊と二人で家の方へと戻る。

 祝言が終わり城の人と和解出来るならば、以前よりもお客様が増えるかもしれない。

 少し忙しくはなるかもしれないが、平和な日常が送れるならばそれが一番だ。


「もうお昼か、急ぎの用事が無いなら何か食べていく?」

「いっそ町へ行っても良いかもしれませんね、ちょうど昼時ですし。しかしまさか自分がこんなに日が高くなるまで眠る日が来るとは……」

「今日は特殊だったし仕方がないよ。それに蓮なんてまだ寝て……あ、起きた?」


 話をしながら部屋の障子を引けば、ちょうど蓮が起きあがって大きく背伸びをしているところだった。

 心地よい二度寝を満喫したようで、ちょっとうらやましい。


「蓮、お昼だけど町に食べに行く?」

「ん? ああ、まあお前達と一緒ならいつまでも視線を気にしなくても良さそうだしな」


 そう言いながら布団から這い出てきた蓮。

 布団の中に収納されていたふさふさの尻尾を何となく視線で追っていると、ふと違和感を覚えた。

 一瞬目の錯覚を疑って、じっと彼の方を見つめる。

 違和感が確信に変わったところで、思わず布団の隣に膝をついて彼の尻尾を掴んだ。


「いっ、何だいきなり?」

「紫苑?」


 勢いよく掴んだせいか一瞬痛みを感じたらしい蓮と、驚いた柊の声が飛んでくる。

 私の手の中に収まった尻尾、そして真正面を見る私の視界の中をユラユラと揺れる尻尾。


「……二本?」

「え?」

「なに言って……は?」


 私の手に収まった一本の尻尾と、その横に揺れるもう一本の尻尾。

 三人でそれをじっと見つめた後、驚きの声が三つ揃う。

 今まで一本しかなかったはずの蓮の尾は今、二本になって私たちの前で揺れていた。


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