異世界の友人達【5】
それから何度か夜の飲み会に柊が顔を出し、三人で飲むことが当たり前になってきた頃だった。
蓮と二人で飲んだり、一人で過ごしたり、三人で飲んだり、と日々楽しく過ごせていたのだが。
「……店の前に大量に物を放置するのはやめてくれる?」
「いえ、違うのです」
「なんで俺まで……」
夜になりそろそろ閉店だと店の前に看板を取りに行ったのだが、店から出た瞬間にドン、と音を立てて目の前に大きな木箱が一つ置かれたのだ。
驚いて顔を上げれば少し息を切らした柊と目が合い、その後ろにはどこか疲れた様子の蓮が同じような木箱を三つほど抱えて立っていた。
「……すごい力だね」
「妖怪だからな。だがもう限界だ」
言うが早いが大きな音を立てて地面に木箱を置いた蓮は、両手を軽く振って大きなため息を吐いた。
店の前に抱えるほどの大きさの木箱が四つ……何事?
「なんで俺がお前の倍以上の数を抱えなければならないんだ」
「あなたの方が私よりも力がありますので。助かりました、私一人では城と店を数度往復するようでしたから」
「これ全部お城から持って来たの?」
木箱はどれも物が大量に入っているらしく、置いた時の音からしても相当重そうだった。
ここは城下町ではないし、城からはそれなりに距離があるのだが。
「勾玉……ではないよね、さすがに」
「これ全部勾玉だったら俺も大助かりだがな」
「とりあえずこれはあなた宛てですのでお店に入れても良いですか?」
「私宛てっ? い、いいけど、何これ?」
もうお客さんも来ないだろうし、と店内へ木箱を運び込んでもらって店を閉める。
行燈の明かりに照らされた店内は少し薄暗いが、夏だという事もあって視界には困らない。
通路を塞ぐレベルで木箱が積み上がっているので移動には困るかもしれないが。
「これ何? どうしたの?」
「城の連中からだ」
店の長椅子にドカリと座った蓮が呆れ混じりに言った台詞が良く理解できない。
城の人?
注文分の風鈴や扇子を渡し終えたことと何か関係があるのだろうか。
「城の方からあなたへのお礼の品です。結局あなたに不便を強いたままこちらの希望を聞いてもらったので、と。国の決定には従わなくてはいけませんが個人でなら問題無い、と判断した方が私の部屋に渡してくれと持って来まして。菓子や店で使える道具など色々ですが、それが繰り返されて集まった結果、こうなりました」
「えっ……これ全部?」
「複数人でまとめたりもせずに、全員が個人的に買ったらしいからな」
「城の人間からの気持ちですので受け取っていただければ」
「さすがに店の商品を売っただけで品物を貰うのはちょっと……」
「いいじゃねえか、くれるっていうんだから貰っておけば」
「私が持って来る菓子と同じですよ。国から商品に対するお礼というわけではなく、買った人間それぞれからあなた個人への謝罪とお礼だそうです。一人の人間からお礼ですと直接差し出されたら受け取るでしょう? それがまとまっただけです……まさか朝から晩までひっきりなしに『これをお礼として持って行ってくれ』なんていう方々が訪れ続けるとは想定外でしたが」
「示し合わせた訳でもないだろうに……一人くらい自分で持って行けよ」
木箱の中を覗けば様々な物が入っており、なんだか申し訳なくなってくる。
普通に正規の値段で買っていただいているし、契約に関しても本気で城周辺に用事がないため一切気にしていない。
「というか、そもそもだけど私この店の敷地を無料で貰っちゃってるんだけど。いくら国で持て余していた土地だとは言っても、十分に国から恩恵は受けてるのに」
「初めて来訪者のために何か出来る事はないか、と話し合った際、もしも来訪者が自立して商売や農業をするのならば土地や金銭に関してはこちらで援助しよう、という話になっていたのです。過去の来訪者たちは一切必要としてはくれませんでしたが……あなたが初めてまともに使ってくれていると考えると、その制度を固めた私としても嬉しいです」
「……だから四の五の言わずに受け取れってよ」
軽く笑みを浮かべたまま木箱をこっちへ軽く押した柊を見て、蓮が呆れたようにそう口にした。
確かに私が拒否したところで持って帰るのはこの二人だし、お礼の品を拒否するというのもあまりよくないのかもしれない。
「わかった。城の方々にお礼を伝えておいてもらえる? それと、店にも気軽に買い物に来てください、って」
「いいのですか?」
「気にしてないんだってば。それに常連さん達ならともかく、初めて来たお客様がお城の人かそうでないかなんてわからないよ。初めてのお客様とは会話したとしても『今日は暑いですね』くらいだし」
「まあ……そりゃあそうか」
「だから何も気にせずに来てくださいね、って伝えてもらって良い?」
「ええ、必ずお伝えいたします」
嬉しそうに笑う柊と、相変わらず面倒そうな蓮。
木箱の中身の整理は二人が手伝ってくれたのであっという間に終わり、結局その日はいつもの流れで三人で食卓を囲んで一日は終わった。
店でお客様と交流し、新しい道具を作ったりして、そうして夜に蓮や柊と他愛ない話で笑い合う日々はとても楽しい。
……あれ、と疑問が浮かんだのはそれからしばらく経った時だった。
「ねえ、蓮」
「なんだ?」
早朝、戦場に行く前に傷薬を取りに来たという蓮と店の中で二人になったところで、最近気になり始めたことを問いかけることにした。
こうして蓮と二人だけで会話するのは久しぶりだ。
「何と言うか、別に嫌って訳では無いんだけど……最近、柊が毎日ここに来てない?」
「……そういや、あんたと二人だけで話すのも久しぶりだな」
「蓮は毎日来るけど、柊は二日置きとかで来てたじゃない? 忙しくなるから夜に来る、って言ってからしばらくは夜だけだったけど、最近はまた朝にも来てるし、一度お城に戻ってもまた夜に来てるよね。祝言も近いし、忙しいんじゃないの?」
なんだったら休日に町の甘味屋にも連れて行ってもらったし。
物凄く美味しかったけれど、町の人にはひどく驚かれてしまった。
……そこでまた来訪者が柊一郎様に近寄った、とはならずに「良かったね」と言ってくれるあたり、この世界の人達はお人好しなだけでなく悪意に鈍いのでは、と思ってしまうが。
「城の連中なら忙しそうだぞ。少し前の柊ほどとはいかないまでも、目の下に隈をこさえた連中ばかりだ。ただ柊が仕事をためている様子は無いし、他の人間も夜まで仕事はしていても休日はしっかり取っているから、そこまで酷いわけではないだろうが」
「柊には採取にも何度か付き合ってもらったんだけど、仕事が終わっていないとは言って無かったね」
むしろ採取の時はずいぶんとリラックスしているようだった。
とっておきだという綺麗な景色の採取場所まで案内してくれたぐらいだ。
遠くに見える町、雲一つないおかげで良く見える山脈……とても綺麗だった。
「あ、でも柊にしては珍しくもう少しゆっくりしていきましょう、って言ってたなあ。いつもは『していきますか?』って聞かれるんだけど。あの日は私が逆に気を使って帰らなくて大丈夫か聞いたし」
「あいつがか? 仕事と自分の時間はきっちり線引きしてるはずだが」
「だよね。採取の最中も雑談はしてるし休憩もするけど、それでも私が採取終わったよ、って言った時点で午後の仕事のために帰って行くのに」
ちょっとしたことだ、これが蓮だったら一切気にならないくらいの。
けれど真面目な柊がやっているからこそ、少しの違和感が気にかかる。
「なあ、あいつ酒の量も最近多くないか?」
「え、あれ蓮じゃないの? 最近減りが早いから、てっきり私がお店にいる間に蓮が飲んでるのかと思ってた。飲む優先度が高いお酒はまとめて離れに置いてるし」
「俺はそこまで飲んでないぞ。休みにした日以外は戦場に行ったら夜まで戻ってこないからな。一人で昼から飲むよりも夜にお前と飲む方がつまみも出るし楽しく飲めるのに、先に飲む理由も無い」
「私もお昼はお店にいるから飲まないしなあ……言われてみれば確かに最近は柊がお猪口を持っている時間は長いかも。まあお酒もつまみも全員で持ち寄ってるし、柊はお酒強いから酔って暴れる訳でもないから、どれだけ飲んでも構わないんだけど」
二人で顔を見合わせる。
一つ一つは大したことでなくても、目に見える異変が重なっているので不安になってきた。
「何か心にため込んでないと良いけど」
「……正直、心当たりはなくもない」
「え、そうなの?」
「だがなあ……」
蓮にしては珍しく頭を抱える様子で考えだしてしまったのを、どうしていいかわからずに見つめる。
彼がここまで悩むほどの理由なのだろうか。
少しの間悩んでいた蓮は一度私の顔を見て、さらに深く考えだした。
しばらく眉間に皺を寄せた状態で目を閉じて、ため息とともに目が開く。
赤い瞳がじっと私の方を見てきて、少し居心地が悪い。
「先に謝っておく、すまん」
「えっ? やだなに? 怖いんだけど」
「いや、そうなると決まった訳では無いが、可能性が高くてな」
「だから何?」
「悪いが、柊の悩みを引き出したい。あいつにはまあ世話に、少しは世話に……小指の爪の先ほどは世話になってるからな」
「認めたくない感じがすごいね」
「ともかく、俺の考えが正しければあまり時間がない。あいつの本音を引き出す手段はあるから協力してくれないか。お前にとって嫌な話題が出るかもしれないが」
「……まあ柊にはお世話になってるし。いいか」
私にとっての嫌な話題がどんなことかは知らないが、家族という大きな問題が解決した今、特に深く傷つくようなことはない……はずだ。
時間がないというのも気にかかるし、初めて会った時のように柊に死にかけられても困ってしまう。
あの時は初対面の男性でしかなかったが、今はこの世界で出来た数少ない友人なのだから。
「で、どうするの?」
「前に言っただろ。あいつはいくつかの種類の酒では一気に泣き上戸になって愚痴を垂れ流す、ってな」
にやり、と蓮が笑う。
こういう笑顔を見ると、普段は忘れがちな彼が妖怪だということを思い出す。
日常で忘れてしまうほどに、彼の耳と尻尾に対する違和感は私の中でもう薄れて来ていた。
それにしてもあの柊が泣き上戸になるところなんて想像も出来ないけれど……蓮は自信満々だし、大丈夫と判断しても良いだろう。
「こっそり飲ませるの?」
「ああ。愚痴を吐くだけで体調には何の影響も無いから、遠慮せずに飲ませられるしな。俺が買ってくるから、今日の夜に徳利にでも移して出してくれるか?」
「……わかった」




