異世界の友人達【4】
そこから色々と打ち合わせをしながら、蓮に頼まれた道具を確認してもらう。
先ほどまではふざけ合っていたが、戦場に持ち込む物なのでここはおふざけなしだ。
「傷薬は少し良い物が出来たからこっちを持って行って」
「ああ、助かる」
「それと手袋も新しい物が出来たから、良かったら使ってみる?」
「一度着けて戦ってきてもいいか?」
「うん、二種類出来たけど指先が出る方と出ない方どっちが良い?」
「今と同じ方が良いな。出せる方を試してみる」
「じゃあこれを……」
蓮と話している間、柊一郎さんはお店の商品を見ているようだった。
棚に並んだ生活用品や戦いに使う道具を見て、今はかんざしや帯留めなどの女性向け装飾品を見つめている。
恋仲の相手にでも贈るのかもしれない。
地位もある、顔立ちも整っている、性格も真面目、恋人がいてもおかしくはないだろう。
蓮も顔立ちは整っているが、やはり妖怪という事で今は恋人はいないらしい。
来訪者の件で嫌になったので、しばらく恋愛はごめんだとため息を吐いていた。
妖怪が復活すれば同族の恋人でも作るのではないだろうか。
復活した際には是非とも友達になれるような同年代の女性妖怪を紹介して欲しい。
蓮の準備が整ったところで、店内を歩いていた柊一郎さんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「すみません、実はこれから少々忙しくなってしまうのです。採取に関しては最優先になっておりますので声を掛けていただきたいのですが、こうして組紐を取りに来るのは早朝ではなく夕方か夜になってしまいそうでして」
「大丈夫ですよ。どうせ店を閉めた後も蓮と飲んでますし、閉店してからでも私の方は問題ありません。もしも店が閉まっている時間でしたら、家側から声を掛けていただけますか?」
「はい、ありがとうございます。非常識な時間にはまいりませんので」
「祝言が近いからな。本格的に準備が始まって城は慌ただしいのさ」
「ああ、そういうことなの」
だから余計に柊一郎様が申し訳なさそうなのか。
私は城にいるゲーム主人公の子と扱いが違うことは気にしていないのだが。
城で偉い人に囲まれて緊張しながら過ごすよりも、ここでお客様と気軽に会話している方が良い。
それにしても結婚か、水無月に結婚とは狙った訳では無いだろうが、現代のジューンブライドだ。
「今から準備という事は今月中には結婚されるんですか?」
「ええ」
「良い時期ですね。私たちの世界には六月……水無月の花嫁は幸せになれるという言い伝えがあるんですよ。水無月に結婚式を挙げると一生幸せな結婚生活が送れる、っていう」
「ほう」
「……一生、幸せに」
「柊一郎さん? どうかなさいました?」
「い、いいえ、なにも。世界が違うと言い伝えも違うものですね」
一瞬何か考え込んでいる様子だった柊一郎さんも、言い伝えは気になるらしい。
しかし感心している二人には悪いが、これは確かブライダル会社が雨の多い梅雨時期に結婚式をしてもらうために広めた説が濃厚だったはず。
まあ気分は上がるし、すべてが嘘だという訳ではない。
「後は古い物、新しい物、青い物、借りた物の四つを身に着けるといい、なんて言われてもいますね」
「色々あるもんだな。しかしよく知ってるな紫苑」
「え? ま、まあね」
言えない、二次元のキャラとの結婚式を考えて調べたことがある、なんて。
適当に笑ってごまかしてから軽い雑談をして、二人が帰って行くのを見送ることにした。
私はここで商売が出来ればもうそれで良いのだが、城での祝言が終わったらまた少し生活が変わるのかもしれない。
まあせっかくなのでこのまま柊一郎さんとも友人として仲良くなれれば嬉しいな、とは思う。
今私の知り合いの中で同年代の独身者は彼らくらいだし。
活動時間が短いこの世界では家族と過ごす時間を大切にしている様なので、元の世界よりもずっと既婚者は忙しく、遊び歩いている人も少なかった。
そう思うと蓮とこうして友人になって頻繁に飲み会が出来ているのは運が良かったのだろう。
……初対面の印象はお互いに最悪だったけれど。
「紫苑ちゃーん、おはよう。冷やし飴貰える?」
「はーい、いらっしゃいませ。おひとつでよろしいですか?」
少し離れたところから手を振ってこちらへ向かってくる行商の女性に返事をして、準備をするべくお店の中に戻る。
あの人は水菓子の行商の人だ、売っている果物はどれもとても甘くておいしい。
「お待たせしました、どうぞごゆっくり」
「ありがとうね。いやあ、涼しいし休めるし良い場所が出来たよ」
長椅子に腰掛けて明るく笑うおばさまに笑顔を返しつつ、彼女が抱えていたたらいの中を見せてもらう。
中にはみずみずしい西瓜がいくつか入っていて、皮の上についた水滴が日の光を反射していた。
この世界の食材は時代設定に合わないくらい良い物が多いのが本当に嬉しい。
「美味しそう、この大きいの一つ頂けますか」
「お、ありがたいねえ。毎度あり!」
夜まで冷やしておいて蓮と一緒に食べよう。
抱えるほどの大きさのそれを気合を入れて持ち上げれば、ずしっと両腕にかかる重み。
……これを複数個抱えながら満面の笑みで売り歩くこの世界の女性たちを心底尊敬する。
最近色々な行商の方が来られるので、町に買い物へ行かずとも色々手に入るようになった。
ただ私という来訪者に慣れてもらうために、なるべく町の方へは行くようにしているけれど。
訪れるお客様に商品を売ったり、色々な行商品を購入したりしている内にあっという間に日は暮れていく。
夏になって日が伸びたとはいえ、やはり活動時間は元の世界よりも短い。
暗くなって店じまいを終えてから少し経つと蓮が来たので、切り分けた西瓜をたらいに並べて家の方の縁側に持っていく。
こっちはいつもの中庭に面したほうでなく、川に面した方の縁側だ。
蓮と交わしたこちらに立ち入らないという契約はこの間正式に破棄をした。
お互いに信頼が生まれた事もあるし、蓮が私の家で悪さをする理由も無いからだ。
もっとも今日いるのは蓮だけではないけれど。
開いた障子の向こうに見える二人分の背中がなんだか新鮮で、少し笑ってしまう。
「西瓜どうぞー。しっかり冷やしておいたので」
「へえ。そういや今年はまだ食ってないな」
「すみません、私まで」
そう言って謝るのは蓮が引きずるように連れてきた柊一郎さんだ。
珍しく中庭に直行せずに店から入って来た蓮が、嫌そうな表情で柊一郎さんの腕を引いて連れて来た。
「いえ、遠慮なさらずどうぞ。それと城からの依頼であっても私は何も気にしませんから、そちらも遠慮なく言って下さい」
「……申し訳ないです」
ちょっと縮こまって座る柊一郎さんの背中に哀愁が漂っている。
今朝城に戻った柊一郎さんが風鈴や扇子を売ってもらえる、と告げた途端に城の人達が歓喜し、あっという間に注文が集まったらしい。
夕方には柊一郎さんの元へ書類が届き、持って行ってくれと城を出されたそうだ。
今朝承諾を貰ったばかりだというのに急すぎると抗議したそうだが、これで暑さが和らぐと喜ぶ城の人々の耳には入らなかったらしい。
……平和な世界だなあ、本当に。
途方に暮れていた柊一郎さんをここに来る前に城へ寄った蓮が発見し、ため息交じりに引きずって来たそうだ。
「城の連中でもこの町出身の奴らは風鈴も扇子も使い始めてるからな。涼しくなるのは全員知っているし、羨ましく思っていたんだろう」
「ああ、お店のお客様にも謝られた事あったなあ……」
「最近ますます暑さが増して来ましたし、これから雨が多くなると蒸し暑くなりますから。早く欲しい、と城を追い出される勢いで外に出されてしまって」
「大丈夫です。早めに注文いただいた方が作成の予定が立てやすいですし」
「お人好しだな、紫苑」
「……この世界の人にそれを言われる日が来るとは思わなかったよ」
襟元から出した手で西瓜を持って齧り付く蓮に手ぬぐいを手渡す。
同じように西瓜に齧り付いた柊一郎さんはどこか品があるのにすごい差だ。
この二人、どうやって仲良くなったのだろう?
疑問に思いつつも柊一郎さんにもお酒を勧めると、一度は断られたものの蓮に促されて口をつけた。
縁側に三人で腰掛けてしばらく世間話をダラダラと話し続ける。
目の前の川には蛍が飛び始め、元の世界では見られないほど多くの光が飛び交っていた。
じっとその光景を見つめる。
文明が進んでいないことで不便に感じる事も多いけれど、こういった自然の光景が当たり前のように日常にあるのがとても好きだった。
「……あなたも、そうやって蛍を見つめるのですね」
「え」
「あ、いえ、その」
「楓が……城にいるお前と同じ世界から来た奴が、お前みたいに蛍やら空やらを見ていたからな」
「ああ。私たちの世界にではここまでたくさんの蛍を気軽には見られないからね。空もこの世界の方がずっと綺麗だし」
城にいる子はどうやら楓という名前らしい。
蓮や柊一郎さんの雰囲気的に彼らとも仲が良いようだ。
二人の雰囲気がゲームよりもずっと柔らかいのは彼女のおかげなのかもしれない。
「……あの、紫苑さん。私にも普通に話していただいて構いませんよ」
柊一郎さんが苦笑しながら発した言葉は少し以外で、思わず彼の顔を見つめる。
一瞬目を逸らした彼はすぐにいつもの様に私を見て、更に笑った。
「蓮と私を同時に相手にした時に敬語と通常の話し方を交えて話すのは大変でしょう? 私がこの店の担当になった以上は、これからも頻繁にこちらへお邪魔することになってしまいますし。お気になさらず普通に話して下さい」
「あ、ありがとうござ、ありがとう」
「はい」
まさかこの人とこんな風に話す日が来るとは思っていなかった。
不思議な気分だが少し嬉しい。
「じゃあ、柊一郎さんも普通に頼み事はしてきてね」
「はい。ありがとうございます、紫苑さん」
「……めんどくせえ、普通に話せって言うならお互いにさん付けぐらいとりゃ良いだろ」
手酌で注いだ酒に口をつける蓮は心底嫌そうな表情だ。
柊一郎さんと顔を見合わせるが、彼も蓮の言葉に嫌な感覚は覚えていないようだった。
「恋愛はごめんだが友達は欲しいとか言ってたんだからちょうど良いだろ。こいつで妥協しておけ」
「妥協とは失礼ですね」
「欲しいのは同年代で未婚の女友達らしいからな」
「それは、なかなかいないのでは……」
「いいの、妖怪が復活したら蓮に女性の妖怪を紹介してもらうから」
「おい何勝手に決めてんだ」
蓮のつっこみは無視して、柊一郎さんと向き合う。
「じゃあ改めてよろしく、柊一郎……柊?」
「柊で良いですよ。こちらこそよろしくお願いします、紫苑」
「うん。柊もいつでも家に遊びに来てね。大体はこうやって蓮と飲んでるから」
「ええ、是非お邪魔させていただきます」
「こいつ基本的に酒は強いが、特定の酒では一気に泣き上戸になって愚痴を垂れ流すから面白いぞ」
「え、そうなの?」
「もう絶対にその酒は飲みませんからご安心を」
ちょっと見てみたい、そう思ったことに気付かれたのか、私と蓮をじっとりとした視線で見つめる柊には適当に誤魔化すように笑っておく。
春に夜桜の下で蓮と仲良くなって、夏にこうして蛍の光の中で柊と仲良くなれた。
秋には女友達が出来ると良いな、なんて思いながら夏の夜空を見上げる。
明日からも楽しく過ごせそうだ。




