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異世界の友人達【2】

 しかし元の世界に未練がない、この世界の方が好き、それだけを知られてしまうと、今までの来訪者の様に警戒されてしまわないだろうか。

 初対面に近いこの人に込み入った話をするのはどうかと悩んだが、柊一郎様はともかく彼から繋がる城の方々は私の情報を集めているだろう。

 隣に座る柊一郎様の顔を見る。

 彼と関わった時間は短いが、誠実な人だという事はわかった。

 私が身の上話をしたとしても、おそらくだがこじれる形で報告したり、自分に都合のいい部分を切り取って利用したりはしないだろう。


「……一応、お伝えしておきます。まず私は家族というものと不仲で、幼い頃から構われることもなく、働けるようになってすぐに金銭を取り上げられた状態で家を出されています」

「え……」

「十年近く連絡すら取っておりませんでしたが、この世界に来る直前に自分の倍以上……正確には六十代後半の年齢の方との見合いをしろ、という連絡が来ました。行けば家のためにと強制的に結婚させられることは目に見えておりましたし、拒否はしましたが向こうは強引にでも私を見合いさせたいようで……地位のある家でしたから、逃げても居住地は見つけられてしまうでしょう。どうしようかと悩んでいた時にこの世界に来まして、私にとっては渡りに船だったのです。そもそもその家族の目から逃れるためにひっそりと生きておりましたので、向こうには親しい友人の一人もおりません。ですから、未練もほとんどないのです」


 まっすぐに彼の方を見てそう告げる。

 事実だし、そもそもその件に関して傷つくような段階はとっくに過ぎ去った。

 ただ自分が生きてきた時間の一部について説明しているだけだ。


「その、申し訳ありません」

「いえ。私、というよりも来訪者の情報は必要でしょう。私が元の世界に何の未練もなくこの世界を楽しんでいては、お城の方々も不安でしょうから。もしかして隠しているだけで、他の来訪者と同様にあなた方目当てなのでは? とか」

「……申し訳ありません」

「謝らないでください。むしろ監視でも聞き取りでも、しっかりとやっていただいて構いません。私は後ろ暗い事はしていないです、ですから堂々としています。堂々と、この世界での暮らしを楽しみながらお店をやって行きます。この世界、というよりもあの町が好きですから」


 言い切った私を目を見開いたままの柊一郎様がじっと見つめている。

 しばらく無言の空間が続き、彼は静かに、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、それと、ありがとうございます」

「こちらこそ、偉そうなことを言ってしまって申し訳ありません……私たち、謝ってばかりですね」

「……そうですね」


 なんだかおかしくなってしまったのはお互いに同じだったようで、少しの間二人で笑い合う。

 彼らの私を疑う気持ちもわかるし、今はもう特に気にならない。

 一年もすればきっと私の周りの環境も変わるだろう。

 異世界だろうがそうでなかろうが、知り合いのいない新たな地でお店をやって行く時に信頼を得るところから始めなければならないのは変わらない。

 単純に先に来た余所者がやらかして警戒心が強い時に来てしまっただけだ。

 常連さん達がそうであったように、時間をかけてわかってもらえばいいだけの事。


「城下町へお連れする事は出来ませんが、もしもあなたが興味を引く物があれば代わりに購入して持ってまいります。後で城下町の店一覧を書いた紙をお持ちしますね」

「え、いいのですか?」

「はい。城下町は栄えていますし、きっと好みの物もあるでしょう。城下町以外の場所……他の町やいい採取場所もご案内いたします。欲しいものや必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください」

「ありがとうございます」

「あなたの店にはとても興味深いものが多いですし、私も楽しみにしております。風鈴や扇子の事も噂になっておりましたし」

「噂ですか?」

「紫苑さんの店に新商品が出ていた、夏に向けてぜひ欲しい、無くなる前に買わなければ、と」

「それは、嬉しいですね。なるべく多く作らないと……柊一郎様もいかがですか?」

「私が購入してもよろしいのですか?」

「ええ、もちろんです。お客様は歓迎いたしますよ。蓮なんて私と契約して数日後には便利そうな道具すべて購入して行きましたよ」

「……彼が部屋から今まで以上に出て来なくなった理由がわかりました。空き時間はほとんどあなたの家にお邪魔しているようですし」

「あはは……」

「ですがきっと、それも良い事です。あなたの様に妖怪であることも気にせず、そして今までの来訪者の様に好きだと騒ぐこともなく、蓮の事を友だと言って下さる方がいるのは」


 優し気に目を細めて笑う彼は、やはり蓮のことを心配していたようだ。

 最近家ではずいぶんリラックスして過ごしている様子の蓮だが、以前はきっとそうでなかったのだろう。


「そろそろ戻りましょうか、契約をしなければなりませんし」

「ええ。もしもこの内容では無理だという事がありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 大量の素材を抱えてお店へと戻る。

 採取の結果も柊一郎様とのお話も有意義なものだった。

 店に戻って交わした契約も私にとって損になることは何一つなく、むしろ本当にお城の人達は私を疑っているのかと疑問に思うくらいのもので。

 疑いはあれど、この辺りはこの世界のお店との契約を基準に考えてくれたらしい。

 本当に何と言うか……この世界の人達が詐欺に遭いやすそうで逆に心配になってくる。

 柊一郎様は契約を交わした後、蛍柄の風鈴と落ち着いた深緑色の扇子を購入してお城へと戻っていった。


「……有意義な一日だったな」


 一人になった店内でそう呟き、契約についての説明を受ける間に出した二組の湯飲みと茶菓子を乗せていた皿を片付ける。

 もう外は橙色に染まり始めていて、あっという間に過ぎた一日だったな、と窓の外を見つめた。

 最近はこんな風に時間の流れを早く感じる一日一日がとても楽しく、大切に思える。

 そろそろ家の方に帰ろう、そう思って中庭へ続く扉を開ければ、離れの縁側で蓮が寝転がっていた。

 ずいぶんリラックスしているようで、あおむけの状態でだらりと腕を伸ばした状態で転がっている。

 蓮は数日前まではそれなりに格好は整えていたのだが、最近になってこうしてまるで自分の家のように力を抜いている事が増えた。


「ああ、おかえり」


 私を見た蓮からそう言われて、言葉に詰まった。

 真っ赤な瞳が返事をしない私を不思議そうに見ている。

 おかえり……そうだ、おかえりと言われたのだから同じように挨拶を返さなければ。

 なんと返せばいいのだったか、と戸惑って、すぐに思い出した。


「……た、だいま」


 十年以上言われていなかった言葉を聞いて、同じように十年以上口にしていなかった言葉を発して、不思議な気分に胸元を押さえる。

 何かがあふれ出してきそうで、それごと押さえるように手に力を込めた。


「休むのは良いけど、だらけ過ぎじゃない?」

「人目を気にしなくていい場所だからな」

「私の目はあるんですけど……まあ、いいけど」

「だろう? ここで……友人の家でくらい心置きなく休みたいからな。土産ならあるぞ、城の畑で大量に採れたとかで配られていた新鮮な野菜だ」


 そう言って傍に置いてあった桶から一本の茄子を取り出して持ち上げる蓮。

 茄子は立派で嬉しいものだが、仰向けに寝転がったまま持ち上げられたことにどう反応をしていいのかがわからない。

 逆さまになった蓮の顔の下から伸びる長い銀色の髪が、縁側から落ちて地面についている。

 ……柊一郎様にもぜひこの光景を見てもらいたいものだ。

 こんな風に蓮が何も気にせずにごろごろしているところを見れば、心配のほとんどは吹き飛んでしまうだろうから。


「味噌も貰って来た。焼いて食わないか?」

「……そうだね、いい茄子を持って来てくれたお礼に調理はするよ」

「頼んだ。網さえ出してもらえれば焼くのは手伝うぞ」

「最近金網使う頻度高い気が……もう縁側の傍に専用の置き場所でも作ろうかな」

「そうしてくれ、俺も好きな時に使える」

「頼むから昼間お客様が来ている時に焦げた匂いを発生させないでね?」

「……やめておくか」

「あ、そうだ蓮、扇子買わない? 風鈴と同じで涼しい風が出る物が出来たんだけど」

「俺相手に営業か?」

「お店に出すと一気に売れそうだから、一応先に声を掛けておこうかと。柊一郎様も風鈴と一緒に買っていったし」

「ちゃっかりしてやがるな。まあいい、俺も暑いのは苦手だからな。あいつと同じ様に風鈴と扇子で一つずつ買って行くさ」

「お買い上げ、ありがとうございます!」


 確かにあのふさふさした大きな尻尾を背負っていては暑いだろう、冬はとても暖かそうだけれど。

 夏のために色々な商品を作り始めてはいるが、きっとあっという間に初めての夏も終わってしまうだろう。

 秋も冬も、その先の春も、ここで色々な道具を作り、たくさんの人と関わりながら過ごしていく。


「ねえ蓮、このまま順調に影を倒していけば、いつか妖怪が復活して影がいなくなるんだよね?」

「おそらくな。もしくは徐々にあいつらが復活して、影がその数を減らしていくかだ」

「そっか。じゃあさ、影の心配が無くなったらお弁当持って出かけようよ。今日行った採取場所がすごく気持ちのいい場所だったから」

「……そうだな、その頃には俺も視線を気にせずに歩き回れるようになってるはずだしな」

「やった! そういう事やった事無いから、今から楽しみ」

「……柊が行けない日の採取の時なら付き合うぞ。弁当がそっち持ちならな」

「でもそうすると周囲の警戒とかで蓮が心底楽しめないでしょう?」

「まあ、そうだが」

「だからこれは、平和になるまでの楽しみに取っておく。それまではこの中庭で楽しむよ」

「ここも良い環境だからな、しかし、今日は少し暑いな」


 起き上がった蓮が空を見上げて髪をかき上げた。

 確かに今日の夜は昨日よりも暑くなりそうで、いつもの厚めの布団では少し寝にくいかもしれない。


「もう初夏だからね」

「梅雨が来ると面倒だ。毛は跳ね放題でまとまらなくなるし、戦場の足場も視界も悪くなるから天気によってはしばらく行けなくなる。今年はまだこうやって視線を気にせずに過ごせる場所があるから良いが」

「確かにその尻尾は湿気を含みそうだね」

「髪の毛もな。丸刈りにしたいくらいだ」

「そこはせめて短髪で堪えてほしい」

「俺が丸坊主だと何か問題でもあるのか?」

「見た瞬間に蓮の過去の気取った話し方を思い出して、現実との差異で笑い転げる自信しかない」

「……そうだな、お前はそういう奴だった」

「え、じゃあ尻尾の毛だけ刈ってあげようか?」

「やめろ、それこそみすぼらしいだろうが」

「蓮がいきなり丸坊主にした時の方が周囲の人の衝撃は強いと思うけど……」


 そんな会話を交わしながら、今日も一日が終わっていく。

 初めての採取も上手くいったし、お城の方々が柊一郎様から今日の報告を受ける事でまた何かが変わるかもしれない。

 ただ採取の問題も無くなったし、勾玉もこれまで以上に手に入ることは確定したので、今まで以上に仕事に集中できるだろう。

 材料にも余裕が出来たし、他にも何か夏に向けての道具を作りたいところだ。



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