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第四章 異世界の友人達【1】

 蓮と春の終わりを感じながら飲んだ次の日、前日と同じ様に朝に来た柊一郎様から組紐買い取りの許可が出たことを聞いた。

 それも採取の際はこれからも柊一郎様が協力してくれるという、こちらにとってはありがたい条件付きで。

 彼いわく、この組紐の件に関して柊一郎様が責任者になったそうだ。

 まだ確定ではなく、他の条件などについても具体的に話し合いたいとの事で、次のお店が休みの日に午前中は採取、午後は様々な説明でどうでしょうか、と持ち掛けられて肯定の言葉を返しはしたのだけれど……どうも簡単に決まりすぎではないだろうか。

 私が来訪者だという事には変わりはないし、だからこそ城の方々も柊一郎様の意見に反対して私を近づけたがらないはず。

 それなのに国の重要人物、それも今までの来訪者のターゲットだった柊一郎様が担当として採取にも付き合ってくれる?

 目の前に置いてある勾玉増加の組紐を手に取ってじっと見つめてみた。

 これは国にとってそこまで価値のあるものなのだろうか、それとも他に何か理由があるのだろうか。

 蓮と仲良くなったことや柊一郎様が私に対する態度を軟化させたことで、別の意味で監視が必要だとでも判断されたのだろうか。


「……いや、もしかして」


 色々裏を読む事は出来るが、もしかしてちょうど良いと思われていないだろうか。

 妖怪復活への近道になる道具が手に入り、柊一郎様を仕事から離してリハビリさせる事もできて、そして来訪者の監視も可能という、向こうにとっては良い条件が揃っている。

 監視ならば柊一郎様以外の人間を出した方が良いのではとも思ったが、来訪者のターゲットにならない人間を送ったところで意味が無い。

 これ、私と柊一郎様が一緒に行動する時は監視がついているのではないだろうか。


「……まあ、いいか」


 監視が付くのは元々覚悟していたことだし、後ろ暗いことはないのだから堂々としていればいいだけ。

 私にとっても採取に柊一郎様がついて来てくれるというのはありがたいし、そこで何か問題があればそれこそ蓮に頼むか常連さんに依頼してついて来てもらえばいい

 常連さん達は私の事をもう疑っていないし、近場の採取場所なら特級の影は出ないので問題無く行ける人ばかりだ。


「監視……世界観的に忍者とかいるのかな?」


 それは見たい、是非見たい。

 現実での恋愛に興味はないが、この世界の文化には興味がある。

 どうせなら妖艶なくの一さんとか見てみたい。

 いや、もしもいたとしても監視対象の私の前には現れてはくれないだろうけれど。


 そんなわけで何の問題もないと判断し、柊一郎様との約束の日の早朝、店で着ている着物とは違うものを着ようと箪笥を開ける。

 着物には大分慣れて何の問題もなく作業することが出来ているが、色々と採取するのにいつものしっかりと帯を締めた袖の長い着物では歩きにくい。

 店に立つ身として意識して華やかな着物を着ているので、そのままでは外で動き回るには不向きだ。

 藤色の小袖に飾り気のない紺色の帯を締め、店でつけているものとは別の前掛けを着ける。

 後は採取かご等の必要なものを持てば準備完了だ。

 いつもとは違い店には向かわず家の方の扉から外に出ると、これまで来た時と同じ様にピシっとした着こなしの柊一郎様が待っていた。

 彼もいつもよりは動きやすそうな装いだ。


「おはようございます、今日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、色々と受け入れていただき感謝いたします」


 ゆっくりと頭を下げ合って、さっそく目的地へと向かう事にする。

 午後は組紐に関しての話をしなければならないし、私も初めての採取なので時間はいくらあっても足りない。

 少し薄暗い町並みの向こう側で、空が二色に染まっていた。

 夜の名残を残す黒い空を橙色の光が押し上げていっているような、美しい光景。

 そろそろ日の出だ。

 町からはすでに煙が立ち上っており、生まれた世界と違う時間帯で生きていることを実感する。

 私もすっかり早寝早起きが身に着いたものだ。


「町が気になりますか?」

「ええ、私の生まれた世界は夜にも眩しいくらいの明るさがありましたから。こうして太陽と月に合わせて生活する人は少ないのです。月明かりが無くとも昼間の様に明るければ活動時間は伸びますから」

「……以前の来訪者たちが遅くまで起きて昼頃まで寝ていた原因はそれですか」

「今までの生活習慣はなかなか変わりませんからね。私はここに来てすぐは少し戸惑いましたが、今ではこの生活に慣れてすっかり早寝早起きですよ」

「それは何よりです。ですが夜遅くまで明るく出来るというのは少し羨ましくもありますね。日が沈めば活動するのは難しくなってしまいますし、防犯の面でも明るいのは良い事ですから」

「そうですね。ですが、私はこうして季節ごと、時間ごとに自然を楽しむことが出来て嬉しいです。朝起きて朝焼けと日の出を見て、真っ青な空の下で動き回って、夕焼けと共に一日の終わりを実感して、月明かりと共に眠るこの世界、私はすごく好きですよ。町の方々も優しくて良い方ばかりですし」


 どんどん橙色が広がり、空のコントラストが変わっていく。

 今日は少し雲が多いのだろうか、日々変わっていく毎日の空がきれいで、この世界に来てからは一日に数度空を見上げている。

 明日の空はまた違うもので、今日と同じ空は二度と見られない。

 じっと朝焼けを見ていると、少しの間を開けて隣から穏やかな笑い声が聞こえた。

 少し高い位置にある柊一郎様の顔を見ると、笑い声と同じ様に微笑んでいる。


「今まで来た来訪者たちは人の事ばかり見ていました。私を含め数人の人物たち相手に好きなのだと大騒ぎされる日々には嫌悪感しかありませんでしたが、この世界を好きだと言っていただけるのは嬉しいものですね」

「……とても素敵な場所だと思っていますよ。今は妖怪たちが復活した光景を見られるのを楽しみにしています」

「ええ、私もです」


 穏やかな会話に、やはり大丈夫だろう、と出発前に色々と考えていたことを振り返る。

 優しいこの世界が好きだし、お店もお客様も好き、だからきっとこれからも何も問題もない。

 そして話していて気が付いたのだが、柊一郎様とは蓮とは別の意味で話が合った。

 努力家な彼の知識は多岐にわたり、様々な疑問を解消してくれる。

 私にとってこの世界は知らないことばかりで、深い知識を持つ柊一郎様のお話は楽しく聞くことが出来たし、彼にとっても私の元の世界の話は興味深いらしく、会話は途切れる事無く続いた。

 もしも今までの来訪者とこういう話が出来ていれば、こうして来訪者というだけで警戒されることもなかっただろうに。


 そうして穏やかな空気を保ったまま、空が明るくなった頃に目的地へとたどり着いた。

 青々とした木々、色とりどりの花、湧き水や木の実も見える。

 髪を揺らす風は心地よく、吸い込んだ空気も美味しい。

 行楽にでも来たいと思えるような場所だが影が出る間は無理だろう、今は採取しか出来ない。

 冬になると取れなくなるものもあるし、秋までには色々と取って保存しておかなければ。

 早速しゃがみ込んで薬草や組紐の元になる花や草などを採取していく。

 隣にしゃがみ込んだ柊一郎様も同じように摘んではかごへと入れてくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、せっかく来ましたし。もしも影の気配がしたらそちらを優先いたしますので、その時はその場で動かずにじっとしていてください。あなたは私が必ずお守りいたします」

「……はい、よろしくお願いいたします」


 頼りがいのある人だが、さらりとかっこいい事を言ってくれる。

 藤也さんのボイスで同じセリフを聞きたいなあ、と思ったのだがふと一つ思いついた。

 蓮と友達として過ごし始めて気が付いたが、彼は私をからかう時以外でも自然に人を口説くようなことを言う。

 無意識に甘い台詞が出るというか、元の世界ならば勘違いしてしまいそうな言葉をサラリと口にするのだ。

 柊一郎様もそれは同じで、例えば先ほどの必ずお守りいたします、という言葉だって、向こうの世界では恋人でも言ってもらえる確率は低いだろう。

 基本的に乙女ゲームのキャラクターは現実世界で口にしたら寒いと思われそうなクサい台詞を言うし、それを素敵だと思いつつ恋が出来るのがゲームだと思っている。

 そして現実になったこの世界でも、彼らは甘く聞こえる言葉を口にする事が多い。

 お店に来るお客様も男女関係なく伴侶や恋人に対して、聞いているこちらが照れてしまいそうな甘い言葉をサラリと口にしていた。

 基本お人好しなこの世界の人々は、最初の来訪者にも優しかっただろう。

 いきなり住む世界が変わってしまった可哀想な人、として気を使っていたはずだ。

 つまり最初の彼女は彼らの優しさや言葉遣いで勘違いをしたのではないだろうか、乙女ゲームの世界で攻略キャラクターたちが自分を口説いてくる、と。

 そうして優しい彼らが甘い言葉を口にしながら接してきていたところに、別の似たタイプの来訪者が来たら……後はもう、競争の様になってしまった可能性がある。

 別の来訪者に取られまいと、更にべったりになり、しかしこの世界の人々は優しさと同情からの態度だったので不快になる、その繰り返しだったのではないだろうか。

 勘違いと独占欲が暴走して、もしかしたら集団ヒステリーのように一人の焦りがみんなに伝染していったのかもしれない。

 欲しいものが重なってそれを取られまいと争っている内に、全員周囲が見えなくなっていったのだろう。

 それにしても見た目が一緒なだけで恋愛感情って湧くものなのだろうか?

 私はずっと、それこそ初めて漫画で彼が登場した時から藤也さんの事が特別に大好きだけれど、もしも飛ばされた世界があの漫画をベースにした世界ならば今の様に冷めていただろう。

 私が好きになったのはあの漫画の中の彼であって、漫画をベースにした世界の藤也という人間では無い。

 以前の来訪者たちの心中は察する事が出来たが、やはり理解は出来なかった。

 現実での恋愛事ってよくわからない。

 そんなことを考えつつ、草花や石を採取したり泉の水を汲んだりしてどんどん手を動かす。

 集中している間はお互いに口数も減り、時折素材の確認をしつつも採取用に持って来た篭はどんどん重くなっていく。

 いい具合に素材が集まったところで、帰宅前に少し休んで行こうという事になった時だった。

 私が竹筒に入れて持って来たお茶を差し出し、それを笑顔で受け取ろうとしていた柊一郎様の表情が、不意に厳しいものへと変わる。

 私が、え、と声を出す前に柊一郎様の姿は目の前から消え、気が付くと数メートル先で刀を振り上げている彼の姿が見えた。

 私が視線を向けた時にはすでに黒い影が霧散していくところで、最後にポトリという音が響いてその場に勾玉が一つ残される。

 影はもう跡形もなく消えており……つまり私は影が倒されるまでその存在に気づくこともなく、柊一郎様に助けられたということだ。


「すごい……」


 刀を鞘に収めてこちらへ歩いてくる彼を見て、思わずそう呟く。

 実際に刀を振るうところを見るのは初めてだが、振った瞬間のピリリとした空気感はわかった。

 どうやら私は、本当にすごい人に護衛についてもらっているらしい。


「お怪我はありませんか?」

「はい、ありがとうございます」

「こちらはあなたがお使い下さい。私には納めている店などはありませんので」


 差し出された勾玉をお礼を言って受け取る。

 影……あれが妖怪達が強制的に植え付けられたという悪意。

 完全な状態ではないとはいえ初めて目にした事で、私の中で影の存在が現実味を帯びる。

 あの影がすべて無くなった時、蓮の願い通りに妖怪は完全復活するのだろう。


「……私、組紐の作製頑張りますね。影が出なくなる日が早く訪れるように」

「はい、よろしくお願いいたします」


 本当に、あの初対面の日は夢だったのではないかと思うほどに穏やかだ。

 親友や国への想いが強い人なのだろう、私がこの世界が好きだといった時の穏やかな笑みを思い出す。

 平らな石の上に腰掛け、二人で冷たいお茶を飲む。

 普段お店でお客様達と過ごす忙しい時間も大好きだけれど、こういう自然の中でゆったりとした時間を過ごすのも大好きだ。

 真っ青な空、遠くの山脈には少し雲がかかっているが、それも美しい。

 町では視線はあるものの家族の事を一切気にせずに歩き回れて、見える景色は全部綺麗で。


「……この世界に来られて良かった」

「え?」


 解放感と充実感で思わず口をついて出た言葉、それを聞き取った柊一郎様が少し驚いた声を出す。

 そんなに驚かれる事を言っただろうか、私がこの世界を好きだという話は今朝したばかりなのに。


「あ、すみません。来訪者だということであなた方に迷惑をかけているのに、こんな事を言ってしまって」

「い、いえ。迷惑をかけて来た来訪者はあなたではありませんし。むしろ来訪者だというだけで何もしていないあなたを拒否しているというのに、こちらに都合のいい契約を結んでいただいているのが申し訳ないくらいです」

「そう言っていただけるとありがたいですが……」

「ですがその……向こうに残して来た物もあるでしょう? 友人や家族、他にも大切な方はいたのでは?」

「……そう、ですね。まったく未練がないというと嘘になってしまいますが」


 藤也さんのグッズが買えないとか、藤也さん関連のイベントに参加できないとか、他のゲームはもう楽しめないとか、後は元々持っていた藤也さんのグッズがもう手元にないとか。

 ……未練、これだけしかないな。

 藤也さん、と口の中でだけ呟いて、残してきたプレミア付きのフィギュアの存在を思い出す。

 手に入れるの、物凄く苦労したのに。

 ケースに入れて大切に大切にして来たあのフィギュア、そしてその他のグッズも。

 どれも今どうなってしまったのかすらわからないのが、少し悲しかった。



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