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異世界で結ばれる縁【9】

 柊一郎様を見送ってすぐにお客様が訪れ、そこからはいつもの様に少し忙しい時間が始まった。

 最初のお客様がろうそくや紅を手に取って見ている間に、いくつか完成した風鈴を店内に作った専用の販売スペースに引っ掛けていく。

 この風鈴もオンライン版のイベントで登場した物、つまりあの組紐と同じ様にこの世界に今は無いものらしい。

 まだ五つほどしか完成していないが、以前あの奥さんに頼まれた紫陽花の風鈴だけは店に出さずに保管してある。

 残りの四つをぶら下げると、涼やかな音が店内へ静かに広がっていく。

 綺麗な音色……風通しのいい場所を選んだ甲斐があった。


「風鈴? 新商品かしら?」

「ええ。風鈴が揺れると涼しい風が出ますから、これからの季節にはぴったりかと」

「あら、いいわね。うちは赤ちゃんがいるから、暑くならないうちに一つ買っておこうかしら」

「もう少ししたら同じ効果を持った扇子も売りに出す予定ですよ。仰ぐと涼しい風が出る物です」

「……紫苑さんったら商売上手ねえ。扇子は一つ予約させていただきたいわ。風鈴も一つ頂ける?」

「ありがとうございます。 風鈴はどれになさいますか?」


 金魚、朝顔、花火、蛍、すべて絵柄を変えてみたのだが、お客様は少し悩んだ後に金魚の風鈴を手に取った。

 透明なガラスの上で泳ぐ赤と黒の二匹の金魚。

 少し意外な気分になる。

 このお客様は常連さんの一人なのだが朝顔が好きで、朝顔のかんざしや風呂敷などをよく買って行く方だ。

 だからこそ朝顔の風鈴を選ぶだろうなと予想していたのだけれど。


「うちの子、最近周りがしっかりと見え始めているみたいでね。金魚が好きみたいなの。だからこれにするわ」

「ではお包みいたしますね」

「ええ、それと……あら」

「おはよう、紫苑さん。失礼するよ」

「ええ、いらっしゃいませ」


 話している最中に暖簾が捲られ、一人の男性が店内へ足を踏み入れてくる。

 その手には赤ん坊がしっかりと抱かれており、まん丸な瞳が店の中をキョロキョロと見まわしていた。

 この人も常連様の一人で、今目の前にいるお客様の旦那さんだ。


「あら、起きちゃったの?」

「ああ、だから俺も一緒に買い物に行こうと思ってな。この子もご機嫌みたいだし少し散歩して帰ろう」


 男性から赤ん坊を受け取った女性と、代わりに商品を受け取った男性が笑い合う。

 どうやら寝てしまった赤ちゃんと共に旦那さんが留守番していたようだ。

 商品の中に風鈴を見つけた男性が奥さんから説明を受けて、風鈴を軽くゆする。

 チリン、という涼やかな音、そして金魚の絵が見えているのかそれを見てご機嫌に笑う赤ん坊。

 穏やかに笑い合う三人、これがきっと彼らの日常なのだろう。

 ……家族、というものの理想の形はこういうものなのだろうか。

 胸の中はほんのりと温かくなったが、私にはまだよくわからない感情だ。

 結局ご夫婦は奥さんが持っていた物以外に、戦いに出ることのある旦那さんのための組紐や、女性では重いであろう燃料などを購入し、寄り添うように店を出ていった。

 優しくて良い人たちで、温かい家庭というものを築いている人達。

 ……家族というものを、私は今も受け入れられずにいる。

 この世界を現実のものとして思えるようになった今でも、ああいう家族の光景を見た時だけは紙の上の出来事を見ている気分だった。

 家族が出ていった店の入り口をしばらく見つめてから、道具作成の作業をすることにして勘定台の方へ歩を進める。

 きっとこの感覚だけは、ずっと変わらないのだろう。

 それから新商品の扇子や追加の風鈴を作りつつ、訪れるお客様達と交流しながら商品を売っていく。


 そうしてあっという間に日は落ちて、静まり返った店内を見回して最終確認をしてから家の方へ向かう。

 中庭への扉を開けると、いつもの様に蓮が来ていた事に気が付いた。

 離れの縁側に腰掛けた蓮の手には煙管が握られており、細い煙が上がっていた。

 蓮はたまに離れの縁側で煙管を吸っている。

 月明かりの中でユラユラと上がる煙……あいかわらず絵になる人だな、なんて感想を抱きつつも、こんばんはと口にする。


「ああ、邪魔してるぜ」


 私が来たからか、すぐに煙が来ないように火を消してしまい込むあたり、結構気を使ってもらっている。

 離れたところで吸われる分には煙たくもないし、煙管と和服の組み合わせは素敵だなと思っているのでそこまで拒否感は無いのだけれど。


「別に吸ってても良いよ」

「ちょうど吸い終わるところだったんだ」


 そう言った蓮が隣に置いていた包みを持ち上げる。

 蓮が包みを開けると中には桶が一つ、そこに大きな魚の切り身が一つ入っていた。


「初鰹売りが来たらしくてな、城で切り身にした物を配っていたんだ。特殊な桶だから腐ったり痛んだりはしてないぜ。今夜のつまみにどうだ?」

「えっ、嬉しい! じゃあ私はとっておきの一本を出してくるね」

「そりゃあ良いな、ついでに包丁を貸してくれ。後、飯が欲しい」

「はいはい、喜んでお出ししますよ。こっちの縁側で良い?」

「ああ、鰹はこのまま食うか? 炙るか?」

「せっかくだから炙ってたたきにしようか。それとも半分ずつにする?」

「そうだな、半々にするか」

「じゃあ金網も出してくるね」


 これは本当に嬉しい贈り物だ。

 蓮が刺身の形に切ってくれている間にお酒やご飯を用意して、またいつもの様に二人で飲み始める。

 目の前の金網に乗せられた鰹の身を良い感じにひっくり返しつつ、まずは刺身の方を頂くことにした。

 透明感のある赤身の鰹は、食べる前から美味しいですよと主張してきている。


「お、美味しい……さすが初物」

「城の連中から向けられる視線を我慢してでも貰ってきた甲斐があったな。美味い」


 醤油と生姜、そして手作りのポン酢を用意してみたが、どれをつけてもすごく美味しい。

 臭みのないあっさりしている刺身を噛み締めつつ、お酒を口に含む。

 そうこうしている内に良い感じに焼けた鰹を火からおろして、用意していた氷水へと静かに落とした。

 冷えたら水気をきって、こちらも刺身の形に切っていく。


「蓮、そこのネギ取って」

「ああ、すだちも使って良いか?」

「良いよ。そこの薬味はどれでも好きに使って」


 黒く焦がした鰹の固まりに刃を入れれば、中から真っ赤な身が顔を出す。

 こちらも本当においしそうだ。

 贅沢だなあ、なんて思いながらふと顔を上げれば、青い葉が生い茂る木に視線が吸い寄せられた。

 蓮が盛大にお腹を鳴らしたあの日、新しい友人が出来るきっかけになったあの日はまだ桃色の花が混ざっていたのに、今はもう綺麗な緑色に変わっている。

 手元にある初鰹も、季節はもう初夏なのだということを示していた。


「春、終わっちゃったね」

「ん? ああ、そうだな。もう桜も終わりか」


 この世界に来て初めての季節が、春が終わる。

 なんだかあっという間だった気がするけれど、頑張った分は報われていると思う。

 これから暑い夏が来る、今度はどんなことが起こるのだろうか?

 夏だけではない、その先の秋も冬も、私はここで生きていく。

 平和な日々になると良いな、なんて思いながら、ご機嫌にお酒を口に含む蓮とカツオのたたきを食べながら他愛もない話で笑いあう。


「夏は野菜が美味しいよね」

「つまみには事欠かんな」


 楽しみだねと笑って、鰹を一切れ口へ運ぶ。

 どうやらこの先の季節も、友人との楽しい飲み会は続くようだ。


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