異世界で結ばれる縁【8】
「……ありがとうございます。一度城へ戻り相談してまいりますので、明日またお邪魔させていただいてもよろしいですか?」
「はい、お待ちしております」
「……話は終わったか?」
お互いに苦笑しつつそう約束したところで、横から蓮の声が飛んでくる。
そうだ、彼に組紐の追加をお願いされていたのだった。
もう少しすればお客様も入りだすだろうし、それまでに柊一郎様と話を終えなければならない。
蓮も他のお客様からの視線が気になるだろうし、と急いで店に出していない組紐の入った箱を持って来る。
この箱の中身は効果がかなり高い物で、特級の勾玉を使用して作った物の中で勾玉を増やす効果では無いものだ。
こちらはそれなりに値が張ってしまうので店の棚には並べずに、効果の説明と共に必要な方はご相談下さいと書いた張り紙をして対応している。
「蓮、どんな効果が良いの?」
「俺は防御は気にしないからな、力が上がる物の方が良い。回復はそれこそお前のおかげで良い傷薬が使い放題だしな」
組紐を入れている桐の箱を開けると、効果ごとに分けた組紐がずらりと並んでいる。
これも彼の取って来てくれる特級の勾玉の恩恵だろう。
それにしても傷薬などを提供するのは構わないが、怪我はなるべく減らして欲しいものだ。
「少しは怪我をしない方向に気を使ってほしいわ……」
「戦っている以上それは難しいが、俺もこいつのように倒れては自分でも困るからな。数日に一度は戦場に行かない日を作っても良いかもしれん。戦いに行く間は監視の目が無かったから快適だったが、もう監視は終わりだ。早く戻っても監視以外の視線はどうしようもないから長く戦場にいたが、ここに来ればそれもないしな」
「ぜひそうしてちょうだい。せっかく出来た友人が常に怪我だらけなんて心臓に悪いから」
そう言った直後、私の言葉を聞いた二人が目を見開いた。
じっと見られてなんだか居心地が悪い。
「えっと、なにか?」
「……いや、意外と悪くない気分だと思っただけだ」
そう言っていつもよりも幼く見える表情で笑った蓮と、少しだけ瞳を伏せた柊一郎様。
少し気まずい空気になったが、蓮は上機嫌で組紐の入った箱を覗き込むので説明を始める事にした。
「純粋に力を上げるならこれ。刀の切れ味を上げるならこっち。どれも複数あるし効力は同じくらいだから、好きな色で選んでも良いかも」
「力を上げる物が欲しいとは思っていたが、長時間戦うなら切れ味の方も良いな……切れ味が上がる方を一本くれ」
「色はどれが良い?」
「どれでも……いや、お前が一本選んでくれ」
「私?」
「ああ、俺にはどれが似合うと思う?」
そう言って色気全開で顔を近づけてくる蓮の顔に軽く手を当てて止める。
ぺしっ、という間抜けな音が店内に響いた。
ぎょっとした柊一郎様とは違い、蓮はずっと楽しそうなままだ。
「これで何度目? なんで今更私に色仕掛けなの?」
「なんとなくだ。いつかは効く日が来るのかという興味もある」
蓮は数日前から時々こうして変に迫ってくるようになったが、初日とは違ってどう見てもふざけてやっているだけなので嫌悪感は無かった。
もしかしたら妖怪ということを一切気にしない人間とのじゃれ合いが楽しいのかもしれない。
そう思うと変に抵抗するのも違う気がして、こちらも友人とのちょっとした掛け合いとして軽く流している。
本音を言えば紙面の藤也さんに同じポーズで同じセリフを言ってほしい。
もしもそんなイラストを見る事が出来たら……確実にそのときめきで一か月は笑みを崩さずに張り切って仕事ができると断言できる。
なんだったら出来る組紐すべてに狙った効果が付くなんて奇跡すら起こせそうだ。
しかし言ってくる相手は現実の男性、しかも友人。
……今晩イラスト集でも見直そう、紙面も購入したのだが、それが無くなってしまった今、電子版も追加で購入していてよかったと心底思う。
「だから別にときめかないんだってば。組紐、勾玉増加の方が黒なんだし、羽織と合わせて赤でどう? こっちの少し暗い感じの赤、蓮には似合いそう」
「ああ、それが良い。結んでくれ」
「はいはい」
受け取った刀を慎重に机に置いて、邪魔にならないような長さにしつつ結んでいく。
これが彼の命を預かる物だと思えば、ほんの少しでも手を抜きたくはなかった。
これは蓮だけでなく、お店で組紐など戦いに関わる物を買って行く人全員に共通することだが。
こういった調整は道具作製よりも緊張するかもしれない。
「こんな感じでどう?」
「問題無い。助かった」
数度調整して蓮に手渡し、実際に腰に着けてもらって確かめてもらう。
こればかりは使い手に直接確認してもらうしかない。
たかが紐一本、されど紐一本。
鞘の重さが変わったり伸びる紐がいつもとは違う位置にあったりするのは、場合によっては命取りになってしまうだろう。
「何か違和感があったらまた調整するから言ってね」
「それはありがたいな。じゃあ俺は行ってくる、また夜に来るからな」
「はいはい、気を付けてね。いってらっしゃい」
「……ああ、行ってくる」
「……っ蓮、戻ったら報告していただきますからね!」
「へいへい」
一瞬固まったように見えた蓮はすぐに踵を返して後ろ手に手を振りながら店を出て行き、店内には私と柊一郎様が残される。
蓮に一声かけた後は私と同じ様に彼の背を見送っていた柊一郎様だが、一度目を伏せた後に私に向き直った。
「少々お時間いただいてもかまいませんか? 組紐について詳しいお話をお伺いしたいのです」
「ええ、お客様が入られるまでもう少し時間はありますので。柊一郎様はお時間大丈夫なのですか?」
「仕事の大半を取り上げられている身ですので。それでも重要な書類はすでに優先して片付け終えて……いたはずなんですがね。蓮のおかげで帰ってからすぐに書類の山をひっくり返す作業が追加されましたが、時間はあります。組紐の件は最重要事項ですし」
「あ、はは……」
先ほどのやり取りの空気感からして嫌いあっているわけではなさそうだし、むしろ言いたいことは言いあえるような親しい仲に見えた。
だがその分この人が苦労しているのは間違いなさそうだ。
それにしても、特に何も考えず蓮に見せた組紐が最重要事項になるとは。
人生って本当に何が起こるかわからないな、なんて思ったが世界ごと変わったことを思えば大した変化ではない気もする。
一通り作り方なども説明しなければならないので彼に腰掛けるように勧めてからお茶を出し、材料の入った箱を取りに行くことにした。
組紐を大量生産し始めたため材料の入った箱は軽く、柊一郎様の前で開けた時にも中身はスカスカで、後二十本ほど作ったら無くなってしまいそうな量しか残っていない。
他の商品を作るための材料でもあるので、これは少しまずい状況だ。
蓮に採取に付き合ってもらえるように頼むか、少し高くつくが町の店で材料を買って来るかのどちらかだけれど、とりあえず今は説明してしまおう。
「おそらく他のお店でも作り方は同じかと思いますが、この材料を組み合わせて組紐を作り、そこに勾玉の力を加える形ですね。勾玉の等級によって付く効果は変わりますが、いくつかある効果の中のどれかが付く形で、それを指定することはできません。組紐を飾り結びにする時や何かに加工する際は私自身の手で追加の作業をしております」
「なるほど」
お店での営業中は常に人がいる訳でもないので、空き時間は商品作りの作業をしている事が多い。
むしろお客様がいる時に仕上げ作業をすることで、完成したばかりの商品が気になったお客様がそのままお買い上げして下さることもあるので、これも宣伝の一つだと思っている。
こういう細かい作業は好きだし、趣味と実益を兼ねた作業だ。
「詳しい材料の必要量などもお聞きしてよろしいですか? それと組紐を作成した際にどのくらいの割合で勾玉増加の効果が付くのかなど、細かいことが分かれば尚良いのですが」
「効果が付く割合は毎回違っているので何とも言えませんが、今まで作製した組紐に関してはすべて記してありますので、そちらをお見せする形でどうでしょうか」
「はい、ありがとうございます。助かります」
出して来た記録用の巻物を広げると、柊一郎様はそれを真剣に読み始めた。
眼鏡の両脇に着けられた飾り紐が彼が下を向いている事で垂れ下がり、顔の横で少し揺れている。
以前店に来た時に着けていたものと同じだ、と思った時、それがゲーム中に主人公が贈った物と同じデザインであることに気が付いた。
恋愛イベントというよりは、親交を深めるための初期のイベントで主人公が贈った物だったと思う。
ならばこの飾り紐もこの世界にいるというゲーム主人公が贈った物なのだろうか。
ゲーム主人公は城主様と結ばれたのだから、城主様の側近で親友でもあるこの人とも仲が良いのだろう。
そう結論付けたところで彼が顔を上げ、眼鏡越しの瞳と目が合った。
「材料ですが、もしもこちらが組紐を引き取らせていただく場合は一本当たりの材料費も含めて買い取り金額を決める形になるかと思います。材料の方は町で購入ですか?」
「今までの物は元々持っていた物で作っていました。材料が少なくなってきたのでそろそろ蓮に付き合ってもらって取りに行くか、町で購入しようかと悩んでいたところです。出来れば買うよりも採りに行きたくはあるのですが、そこは蓮の都合次第ですね」
「でしたら次に採取に行く際は私が付き合いましょう」
「えっ?」
「先ほど言った通り近場で影が出る場所を周る予定なのですが、こちらの材料でしたら採取場所はそのすぐ側ですし。しばらくはその近辺を歩き回って体力を取り戻しつつ、影が出た際には戦って勘を取り戻していく予定ですので。とはいえ、あの辺りの影相手でしたらあなた一人を守りながら戦う事に何の問題もありませんから、そこは安心していただいてかまいません」
「それはありがたいですけど、大丈夫なんですか?」
「組紐を国で買い取るという形になりますので、材料の採取の様子を見させていただけるのはこちらとしてもありがたいのです。蓮や私が個人で購入するのであれば問題無いのですが、国の妖怪復活のための予算を使う事になりますので、細かな調節のために様々な情報が必要でして」
国で専用の予算があるのか、と驚いたが、確かに向こうは調査が出来る、私は材料が手に入る。
お互いに得をすることではありそうだ。
「採取した材料は組紐以外にも使用する予定ですが、問題はありませんか?」
「ええ、もちろんです。ただこちらの記録と同じ様にこれからも使用した分の材料などは書き記していただき、そちらを提出していただく事でこちらが支払うという形になりますが」
「なるほど、記載内容は今のままで問題ありませんか?」
「ええ。とても丁寧に記されていますので、むしろこのままでお願いしたいです。他の商店にも参考にしていただきたいほどの出来ですし」
「あ、ありがとうございます」
組紐作成以外にも様々な記録を取っているが、これはネットショップを運営していた時の名残だ。
運営中に作った記録用紙をそのままの形で手書きにして記録している。
それを優秀だと評価されているこの人に褒められるのは、やはり嬉しかった。
そうして細かい打ち合わせを終え、一度城へ戻り相談して来るという柊一郎様を見送る。
初対面であれだけ険悪なムードになったというのに、お互いに笑顔で別れているのが少し不思議だった。
「……まさかの護衛が付くことになったなあ」
彼の地位の高さを考えて思わずそう呟いた。
城主の親友で、右腕とも呼べる人の護衛……豪華すぎないだろうか。
彼と蓮の口振り的に、柊一郎様は妖怪関連での責任者の様な立ち位置ではあるらしいのだが。
これなら城の人達からの誤解が解ける日も近いかもしれない。
やはり地道に、そして誠実にやって行くのが一番だ。
さて、と見送りのために外に出ていた足を店内へ向ける。
そろそろお客様が訪れるだろう、そう考えた瞬間に後ろから呼びかけられて振り返った。
「おはよう、紫苑さん。お店はもう開いてる?」
「おはようございます。開いていますよ、いらっしゃいませ」
常連さんの一人がにこやかに歩み寄って来るのを見て笑顔を返す。
次の採取の件は一応解決しそうだし、どんどん順調に進みだしている。
今日も無事にお客様と楽しい時間を過ごす事が出来そうだ。




