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異世界で結ばれる縁【7】

 数度彼らの顔を見回してみても二人は無言で見つめ合ったままだったので、仕方なしに口を開くことにする。


「すみません、柊一郎様。少々失礼いたします」

「え? あ、はい」

「いらっしゃい蓮、組紐って今着けている物以外にもう一本ってこと?」

「あ、ああ。今日から試しに二本で行ってみようと思ってな。昨日の夜言うつもりだったんだが、すっかり忘れていた」

「それはまあ、あれだけ飲めばね」


 昨日の夜に持ち寄ったお酒はどちらも美味しくて、二人揃っていつもよりも杯が進んでしまった。

 私はある程度のところで飲むのをやめたが、蓮は妖怪ということもあって酒には強いからと結構な量を飲んでいたはずだ。

 飲んでいた時も酔っぱらった様子はなかったし、今日も二日酔いにはなっていない様子なので強いのは確かなのだろう。


「それもあるが、監視期間が終わったからな。少し良い気分になっていたんだ」

「え、そうなの?」

「数か月前から時間も徐々に短くなってはいたんだが、今回完全に必要ないと判断されて監視が終わったんだ。しかしお前に言うのも忘れていたのか俺は……さすがに浮かれすぎたな」

「言ってくれればとっておきのお酒とか豪華なつまみとか出したのに」

「……一気に損をした気分になったんだが」


 監視ついでに私の事も判断してもらえれば、なんて思っていたがどうやらそれは無理になってしまったようだ。

 だが確かに時系列的には彼が監視付きになってから一年以上は経過しているし、この世界の人々のお人よし具合を考えればそろそろ取れても良い頃合いなのかもしれない。

 私の評価については柊一郎様が何とかしてくれると信じて、蓮の自由を喜ぶとしよう。

 そしてその柊一郎様だが、私と蓮の会話を驚いた様子で見つめていた。


「……どういうことかお聞きしても?」

「何がだ?」


 じっとこちらを見つめながら問いかけてくる柊一郎様に、全部わかっているであろう蓮はしれっとそう返している。

 柊一郎様が敬称を付けていないくらいだし、それなりに仲はいいのだろうか?

 そういう部分はゲームには出てこなかったし、私の知識の範囲外の事で……それが少し嬉しい気がする。

 まさかわからないことがあって安堵する日が来るとは思わなかった。


「あなたは私以上に来訪者という存在を嫌っていたはずでは?」

「まあ、利用する目的以外では視界にすら入れたくなかったな」

「え、そうなの?」


 二人との初対面を思い出してみるが、明らかに柊一郎様の方が来訪者という存在への嫌悪感が目立っていたように思う。

 蓮が来訪者という存在を嫌っているのは知っていたが、そこまで嫌悪していたのか。

 嫌悪していながらもそれを感じさせずにあんな風に言い寄ってくるとは……ある意味凄いと感心してしまう。


「紫苑が無害なことにはもう気が付いたからな。こいつを今までの来訪者と同じ扱いにする必要は無い。周囲からの視線は飛んでこないし、組紐や傷薬の恩恵にもあやかれるこの店に通わない理由はないだろう? こいつと飲むのも楽しいしな」

「まさか監視時間が短くなったと同時に夜中まで帰ってこなくなったのは……」

「紫苑の家の離れで休んでいたからだ」

「えっ、誰にも報告してないの?」

「城の外で休憩しているとは言ってあるぞ」

「……組紐の事は伝えてあるって言ってなかった? 受け取った人は私のお店に来るかもっていうくらいだし、蓮が来訪者である私の家に出入りしてる事も知ってるのよね?」

「そいつらには伝えてあるが、俺の事を一切気にせずに関わって来る連中だぞ。全員一癖も二癖もある奴らだ。面白がって他の人間には詳しい事を話していない可能性の方が高い。そもそも地位のある奴らばかりってわけでもないし、お偉い方に報告できる立場の奴は少ないしな」


 その人達がお店に来てくれるのが楽しみなようなそうでないような、微妙な気分だ。

 蓮の言葉を聞いた柊一郎様は一瞬唇をひくつかせてからため息を吐いた。


「入院している間に色々変わりすぎではありませんか? 報告書を読むだけでも数日必要だというのに、報告書に無い事もどんどん追加されていく……」


 なんだか苦労性な人だな、と同情心が湧き上がる。

 頭を抱える柊一郎様とは対照的に、蓮はいつも通りの余裕の笑みだ。

 この状況を見ているとよけいに柊一郎様への怒りなんて感じない。

 そんな柊一郎様だが、ふと何かに気が付いたようにこちらを見た。


「組紐、とおっしゃいましたが、何か報告が必要になるような特殊な事でもありましたか?」

「まあな、紫苑が影の落とす勾玉を増やす効果が付いた組紐を作れることがわかっただけだ。それを提供してもらう代わりに俺の取ってきた勾玉をすべて渡している。特級の勾玉でしか作成できないらしいからな」

「……はい? ちょ、ちょっと待ってください。勾玉を増やす効果? そんなもの今まで見たことも聞いたこともありませんよ?」

「詳しく書いた報告書なら、お前の部屋に積み上がった書類の山の下の方に挟んでおいたぞ」

「それを私が読めるのはおそらく数日先ですよね、何故わざわざ優先順位の低い方の、それも下の方に差し込むんですか! 確実に重要書類に分類されるでしょうに!」


 この人本当に色々と大変そうだな、なんて思いながら二人のやり取りを見つめる。

 頭痛でも起こしたのか頭を押さえる柊一郎様を見て、また倒れるのではないかと少し心配になった。


「早々に事が露見すると俺が渡したい相手になかなか渡らなくなりそうだったからな。戦場に行く時間が多い奴になるべく多く渡したいと思って、そいつらに行き渡った頃に読まれる位置に差し込んだ。だが紫苑が想定していたよりも多く提供してくれたからな。俺の渡したい相手には渡り切ったから、明日以降にでもお前に報告しようとは思っていたんだぞ」

「確かにそのような物が本当にあるのならば、戦える者に平等に行き渡らせますが……」

「なんだ疑っているのか。ほら、これだ」


 いぶかしげな顔をする柊一郎様に向かって、蓮が自分の刀を鞘に入ったまま持ち上げて見せる。

 その鞘に下げ緒として結ばれている組紐に触れた柊一郎様の瞳が、信じられない、と言わんばかりに見開かれた。


「本当だ……まさかこんなことが」

「紫苑」

「え、何?」


 眼鏡を押さえながら何か思案しだした柊一郎様を見つめていると、横から蓮に声を掛けられる。

 いつもの様に襟元から腕を出して顎に触れている彼は、ちらりと柊一郎様を見てから口を開いた。


「今度から出来た組紐は柊に回すことになると思うぞ。俺が信用して組紐を渡せる相手は少ないからな。これからは柊に渡して戦える人間に行き渡らせた方がいい。お前が嫌だと言うなら俺が窓口になっても良いし……俺との契約はそのままにしてもらえるとありがたいが」

「柊一郎様に嫌悪感がある訳では無いから、話次第では別に構わないけど。契約をそのままにしてほしいのは私の方だし」

「契約?」

「俺と紫苑の間で契約している。俺が取ってきた勾玉をすべて渡す代わりに、紫苑からは治療や休憩に使うための離れを借りて、勾玉増加の組紐を含めた戦闘で使えそうな物や傷薬を貰っているのさ」

「私としましても特級の勾玉は組紐以外の商品を作成するためにも必要な物ですので。その……特級の影討伐を依頼出来る城の前の広場には私は近づけませんから」

「……あ、ああ、そうですね。なるほど」

「まあその辺りの細かいやり取りは柊としてくれ。紹介する手間が省けて助かった。柊、紫苑の作る道具は町の人間に必要とされている。あいつらが復活した時のためにも、特級の勾玉を店の商品にも使えるような契約にしてやってくれ」

「ええ、もちろんです。彼女が問題無く店を営業しているというのに、一方的に不利な条件を飲ませるなどいたしません」


 そう即答した柊一郎様は、今度は私の方をまっすぐに見つめて来る。

 契約……今度は組紐をこの人に渡すことになるのか。


「申し訳ありません、あなたに大きな制限を掛けている身でお願いするのは本当に心苦しいのですが、妖怪たちの復活のため、組紐の提供をお願い出来ないでしょうか? もちろん代金はお支払いいたしますし、私もあなたの誤解を解くことに尽力いたします。組紐の効果で取得した勾玉も種類関係なくすべてあなたにお渡しいたしますので、どうかお願いいたします」

「…………」


 どこまでもまっすぐにこちらを見つめてくる視線に少したじろいでしまうが、だからこそこの人はこうして言ったことは守ってくれるだろうという信用はある。

 それに城からの信用も多少はあった方が良いのは確かだし、勾玉がもっと安定して手に入るのはこちらとしてもありがたい。


「謝罪なら先ほど一生分言い合ったじゃないですか。私としてもありがたい申し出ではありますので、詳しくお話を伺いたいです」


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